第47話 大学訪問

 ――【飛新ひしん大学】。


 災害時に避難場所として設定されている場所だ。 

 建物すべてが耐震改修もされており、規模も広いということから、住民たちの頼れる柱として昔から存在している。


 偏差値もかなり高い私立でありながらも、毎年行われる文化祭ではテレビ取材なども入るくらいに大盛り上がりになる伝統をも有していた。


 そんな大学に足を運ぶと、大きなグラウンドには仮設住宅などが設置されていて、すでにある程度の生活感も溢れているようだ。

 建物に住むという選択肢も当然あるが、仮に建物がダンジョン化した場合、逃げることができなくなる危険性を考えて、こうして開けた場所で住居を構え過ごしているのだという。


 確かに体育館で過ごしていた場合、突如ダンジョン化してモンスターが出現した時、出口は限られているので、咄嗟に逃げられる人は少ないかもしれない。またパニックになって大勢の者たちが出口を塞いでしまうということも考えられる。


 その点、外ならすぐに四方八方へ逃げることができるだろうし、正門からも近いので場所としては利点は多い。

 とりあえず俺は、そんなグラウンドに足を踏み入れると、そこではキャンプ施設のように調理場も設置されていて、女性たちが料理を作っていた。


 男性たちは、新たに仮設住宅や家具などを作ったり、主に力仕事を任されている。

 子供たちも親を手伝い、小さい子の面倒を見たりと見る限りでは平和がそこには広がっていた。


 ただ……この数は結構すげえな。


 この大学にはグラウンドが三面あり、大小様々ではあるが、どれも広いのは確かで、その三面とも使用しているのだから、ここに移り住んでいる人たちの規模が分かるだろう。


「それだけダンジョン化が進んでるってことだろうな」


 するとその時、


「うるっせぇよ! いいからさっさとそれ寄越せって言ってんだろうが!」


 そんな怒号が響き渡り、そちらに視線を向けると調理場でいざこざが発生していた。

 少しガラの悪い男が三人と女が三人。全員が若者っぽい。しかも男たちは警棒のようなものやナイフなどの武器を携えている。


 調理場で働く人たちに向かって、作った料理を優先的に渡せなどと言っているようだ。


「だからさっきも言ったじゃない! 食事の時間は決まってるって言ってるって! ここのルールなんだから、ちゃんと守って!」


 調理場のおばちゃんが勇気を出して、若者たちに注意する。


「そうよそうよ! それにここに住むなら、ちゃんと仕事をしなさい!」

「働かざる者食うべからずって言葉を知らないの?」


 おばちゃんに追従して、他の女性たちも声を上げ始める。

 しかし若者の一人が、傍に置かれていたゴミ箱を蹴って威嚇しながら言う。


「黙れよババアどもっ!」


 その剣幕に、女性たちはさすがに怖くなったのか押し黙ってしまう。


「安心しろって。ここにモンスターが現れたら、俺たちが退治してやっからさ。だからそのためにも腹が空いてちゃ戦えねえだろ? な?」


 良く言う。どうせ本当にモンスターが現れたら真っ先に逃げるくせに。


 何事だと、仕事をしていた男性たちも集まってきたが、相手が武器を持っている危ない連中だってことを知り、下手に手を出せなくなっている。


 こういう奴らは簡単に子供らを人質にだってするのだ。賢いのは、さっさと食事をさせて追っ払うってことだが。コイツらのことだから、必要以上に食料を要求しそうだ。

 そうなれば自分たちの分が減ってしまう。イコール、子供たちも苦しむことになるのだ。そんな安易なことをすぐに行えるわけがない。


 しかしこれは……都合が良い。精々利用させてもらうとするか。


 俺は真っ直ぐアホどものもとへと向かっていく。


「おらっ、さっさとそれを――っ!?」


 若者の一人が警棒を持った右手を振り上げた直後、俺がその手を掴んで止めた。


「なっ!? だ、誰だてめえっ!」


 当然若者は俺を見て驚愕の声を上げた。


「いけませんよ、そんな危ないものを振り回しちゃ。子供たちに当たったらどうするんです?」

「は、はあ!? うっせえよ! てか放しやがれ……って、動かねえっ! 何だコイツ、すげえ馬鹿力してやがる!?」


 軽く握っている程度だが、《パーフェクトリング》の効果は大したものだ。


「調子に乗ってんじゃねえぞ、てめえっ!」


 そう言いながら、俺の頭目掛けて後ろにいた奴が木刀を振り被ってきた。

 だからすぐに捕まえている男と立場を入れ替えてやる。


 ――バキィィィッ!


 仲間のフレンドリーファイアにやられ、額をかち割られた男は血を流しながら白目を剥く。


「た、たかしぃっ!」


 自分でやっといて、そこまで慌てるとは。あ、コイツ、たかしって名前なのな。

 俺は意識を飛ばしたたかしから手を放すと、そのままたかしは倒れてしまった。


「て、てめえっ! よくもたかしを!」

「いやいや、やったのはあなたでしょうに」

「うっせぇっ! おい高須! 二人でコイツをやるぞ!」

「あ、ああ、分かった天川!」


 高須……天川?


 何やら聞き覚えのある苗字がした。

 そこで改めて、ここにいる連中の顔を見ると、何となく見覚えがあったのである。


 ……! そうだ。コイツら……学校の連中じゃねえか。 


 クラスは違っていたが、俺をイジメていた王坂にフリフリと尻尾を振って、同じようにイジメを行っていた奴らだった。

 たかしと呼ばれていた奴も、恐らく堀内という名前だったはず。


 よく見れば、女たちも確か同級生にいたギャル軍団だ。俺に陰口をよく叩いていたビッチどもである。名前は知らんが。

 どうやらあの騒動で死なずに生還していたらしい。


「いけいけ、真司!」

「あれ? でも結構イケメンじゃん! タイプかもー」

「ちょ、アンタね、彼氏のたかしがやられたんだよ?」


 女どもは、まるで緊張感がない。高須たちが負けるとは思っていないようだ。

 まあ武器を所持しているし、数も上だから普通はそう認識するだろう。


 だが……相手が悪い。


 バキッ、ドゴッ、ゴキッ、バコッ!


 周囲に乾いた音が響き、数秒後――。


「う、噓ぉ……!」

「え? え? マジで?」

「三人とも……やられちゃってるんですけど……!?」


 女どもが信じられないという面持ちで固まってしまっている。

 無理もない。自分たちの彼氏が、全員大地に倒れているのだから。


「――さて」


 俺の言葉に、ハッとした女ども。


「次はあなたたちですか? ああ、安心してください。俺はこう見えて男女平等主義者なので。ちゃんと拳で顔面を殴ってあげますから」

「「「ひ、ひぃぃぃぃぃっ!?」」」


 殺気を漲らせながら宣告すると、女どもは彼氏を見捨て慌てて逃げ去っていった。


「「「「「おおぉぉぉぉぉぉっ!」」」」


 直後、住人たちから盛大な歓声が湧く。


「えと、あんた、見ない顔だけど、ありがとうね!」


 率先して堀内たちに意見をしていたおばちゃんだ。恰幅が良く、肝っ玉おっかちゃんって感じか。


「いえいえ、僕は旅をしている者で、たまたまこちらに多くの人が集まっていると聞いて、様子を見に来たんですよ」

「旅? 珍しいねぇ」

「ねえねえ、それより君、名前は何て言うの?」

「あ、私も知りたい! 私の名前はね――」

「ちょっと、何抜け駆けしようとしてるのさ! ていうかあんたは旦那がいるでしょうが!」


 女性たちに囲まれてしまい、さすがの俺もどう反応を返していいか分からない。

 三十代の女性から十代に至る者まで色めき立って、キャーキャーと黄色い声を上げている。


 すげえな、この圧。鳥本がイケメンだからこそ成せる技だろなぁ。


 きっと素顔の俺じゃ、こうはいかないはず。


「はーいはい。あんたたち、まだ仕事が残ってるんだよ。それにそこでぼ~っとしてる男連中もだよ。さっさと仕事に戻りな」


 さすがは肝っ玉おっかちゃん。一言ビシッと言ったところで、特に男連中はすぐさま散り散りになっていく。その際に、俺の肩や背中にポンと触れ、「ありがとな」などの礼を言ってくる。

 女性陣も、叱られたことで仕事に戻る人もいるが……。


「ほらほら、良かったらこっちに座っててよ! 茶菓子くらい出すしさ!」


 女性たちに手を引かれ、調理場にあるテーブルへと着かせられた。

 目の前には緑茶とせんべいが並べられる。


 だがそこへ、小さな女の子二人が俺の傍に来て、せんべいを物欲しそうに見ていた。

 双子だろうか、とてもよく似ている。




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