第46話 命を賭ける対価
幸いにも、『イノチシラズ』の下っ端の襲撃から翌日にかけて、奴らからのアプローチはなかった。
ただソルからの情報では、崩原の情報はあまり得ることができなかったのだ。ただ暴れ回っている『イノチシラズ』の連中の溜まり場が、あるラブホテルだということは分かった。
その中に、例の崩原がいるらしいが、警備も厳重なようで侵入するのは難しいという。
それでも攫ってきた女を、ここに連れ込んでいるのが崩原の命令らしいということは分かったのである。残念ながら外出をしなかったので、崩原の顔は確認できなかった。
そしてもう一つ、嬉しい知らせが。
ついにダンジョン攻略依頼が入ったのである。
それは昼前に街中を散策していた時のこと。またも目の前に車が停止したのだ。
てっきりまた鬱陶しい奴らなのではと警戒したが、中から出てきたのは、眼鏡をかけた誠実そうな男性と、赤ん坊を抱えた女性の三人だった。
さすがにこの状況で俺に襲い掛かるということはないだろう。
案の定、彼らからの依頼は自分たちの店がダンジョン化したので、モンスターたちを排除してほしいとのことだった。
彼らは夫婦で喫茶店を営んでいるらしく、一ヶ月前、借金もしてようやく手にした店なのだそうだ。
世界がこんなことになって、店の経営も立ち行かなくなり閉鎖することは決定した。ただそれでもせっかく手に入れた店で、できることなら大切に残したい。
しかし三日前、その店がダンジョン化してしまったのだという。
何とか店を取り戻そうと、武器を手にしモンスターを討伐しようとしたが、さすがに力量差があり過ぎて、結局何もできなかったらしい。
店を諦めるしかないのかと思っていた矢先、俺の噂を耳にし、藁をも縋る思いでこうして探していたとのこと。
なるほどな。しかし……金になりそうもないな。
元々借金までして手に入れた店だ。手元に俺に支払えるような金が残っているとは思えない。
ならここは……。
「すみませんが、その依頼……お断りさせて頂きます」
「!? ど、どうして!? あなたは無報酬でモンスターをやっつけてくれるんでしょう!」
「いいえ。どういう噂を耳にされたのかは知りませんが、私は慈善事業をしているわけではありません。当然ですよね。モンスターと戦うことは命を天秤にかけるということ。それに見合った対価を求めるのは普通だと思いますが?」
「対価…………何を求めるんだ? 食料か? それとも医薬品とかそういったものかな?」
ここで金が出てこないのは、やはり時代の流れがそうさせているのだろう。
「私が求めるのは俗物的な言い方をするならば、金銀財宝ですよ」
「金銀財宝だって? ……お、お金ってことかい?」
「お金でも、高価な代物でも構いません。とにかく相応の価値があるものなら何でも」
男が難しい顔で俯く。まあ、残念ながら今回の依頼は引き受けることはできないだろう。
こうして金を支払えない輩の依頼は断る。そういう噂が広がれば、今度は金持ちが俺を求めてくれるかもしれない。そうなれば望み通りの展開である。
「では私はこれで……」
残酷かもしれないが、俺だって誰も彼も救う義理なんてない。
俺は踵を返し歩き出そうとしたその時だった。
「――待ってください!」
声を張り俺を止めたのは、奥さんの方だった。
「……何か?」
「どうして!? モンスターを倒せる力を持ってるんですよね!」
「ええ、持っていますよ」
「ならどうして助けてくれないんですか! 私たちは弱いんです! それにこの子だっているのに!」
この子って……店があることと赤ちゃんは関係ないと思うけど……。
しかしその時、微かに旦那の方が笑みを浮かべたのを俺は見た。
……なるほど。奥さんと子供を連れてきたのは、断られた時に同情を引くため……だったか?
残念だが……それは悪手だ。
普通の奴なら情が湧いたかもしれないが、これ見よがしに子供を利用するような奴に俺は気持ちを揺さぶられはしない。それこそ身内ならともかく、だ。また知り合いでも何でもないし。
確かに赤ん坊を見捨てることになるのは残酷だろうが、こちらも慈善事業をやっているわけじゃないのだ。メリットがなければ動く理由がない。
「お願いします! どうかこの子のためにも、私たちを助けてください!」
旦那さんが乗っかるように頭を下げてくる。もちろん奥さんもだ。赤ん坊は何のことか分からずに視線をあちらこちらと泳がせているが。
「…………お断りします」
「!? な、何で……ここまで頼んでもダメなのか!? 何でだよ! 助けてくれてもいいじゃないか!」
「そうよ! あの店は私たちの宝なの! どうしても取り戻したいの! その力があるんなら手助けしてくれてもいいじゃない!」
必死に涙目で訴えてくる。
「……はぁ。先程も申し上げましたように、なら対価を支払ってください。それほど大事な店を取り戻すための対価を。そうですね……300万円ほど」
「さんっ、無理に決まってるだろ! そんな金が残ってるなら借金なんてしてないっ!」
だろうな。だから言ったんだよ。
「なら今住んでいる家を差し出すというのは?」
それなら引く受けても構わない。家を売れば十分に稼ぎが出るからだ。
家がなくなっても、店で暮らす覚悟があるならだが。
「そ、それはっ………………できない」
「ではお話になりませんね」
「ま、待って――」
「私は――命を懸けるんです。それとも、私の命は無料だとでも言い張りますか?」
俺のその言葉に、ショックを受けたように二人はガクリと項垂れた。そしてそれ以上はもう何も言わず、ただただ立ち尽くしている。
これで終わったと、俺はその場から歩き出す。
今回のことで、きっとあの夫婦は怒りを交えながらも、周囲に俺のことを吹聴するだろう。
人でなしと心知らずと、あるいは金の亡者とでもほざくかもしれない。
しかしそれでいい。俺のターゲットは、あくまでも俺の利益に成り得る存在なのだから。
悪い言い方になるだろうが、貧乏人には用がないのである。
持たない者より、持っている者を俺は望む。
これが人間を信じ、人間が好きな丈一郎さんだったら、きっと無報酬で他人を救うのだろうが、俺はもう人間に対しそんな思いは持てないだろう。
すべては俺が最上の生活を手に入れるために利用させてもらうだけだ。
「そろそろ実利のある依頼が欲しいところだなぁ」
先程のような噂を広げてくれる者たちではなく、実際に金を落としてくれるような人材を手に入れたい。
これまでの商談は結構トントン拍子で上手くいっていたが、やはり普通はこんな感じで思い通りにはいかないものなのだろう。
虎門が本格的に活動できるまでには、まだそれなりの期間が必要なのかもしれない。
「今日はもう切り上げて、訪問販売の幅を広げてみるのも良いかもな。それとも『再生師』としての名をもっと売るか?」
武器商人の方は、『平和の使徒』から繋がって、次第に名が広まっているだろうから、こちらも他の連中が円条とコンタクトを取れるシステムを構築するべきだ。
「ったく、忙しいったらありゃしねえ。まあ、嬉しい悲鳴ではあるけどな」
それだけ実入りが期待できるというわけだから。
これらの商談の中で、やはり一気に稼げるといったら『再生師』だろう。この世界において怪我人は格段に増えている。
しかも二度と治癒できない、部位欠損や麻痺など重い障害を受けた者たちだって大勢いるはずだ。
それこそ病院に行けば、数限りないほどの客を手に入れることはできる。
ただ鳥本の場合、公として動けば、さっきみたいな連中がもっと増えてくるのは確実だ。
そんな便利な力があるなら、見返りなんて要求せずに治してやれと口にする者は多いだろう。
ハッキリいってそんな連中が寄って来るのは鬱陶しい。だが稼げるのもまた事実。
ここらへんはどちらを取るか、という話になるだろう。というよりも、どの商談も人の口に戸は立てられない以上は、いずれもっと噂は広がり厄介ごとだって増えてくる。
「……まあそうなった時は最悪、衣替えならぬ人間替えで対処していくしかないか」
もっとも別の『再生師』が活躍し始めれば、丈一郎さんたちの耳に入るとこの世にたった一人しかいないといった俺の嘘がバレるので、もう近づけないかもしれないが。
その前に、福沢家にはたくさん稼がせてもらうだけだ。
「そうと決まったら……ビラでも撒くか? ネットが使えれば不特定多数に情報を提示することも簡単なんだけどなぁ。今じゃ口コミが一番の情報ネットだし」
ただそれほど慌てて手を広げなくても良いとも考えている。
少しずつだが、俺の噂は確実に広がっているし、焦る必要はないかもしれない。
「そうだなぁ。今日は『再生師』で避難所にでも行ってみるか」
そこなら家がダンジョン化したという話を聞くことができる可能性がある。そして見返りを期待できそうな人物に対し、虎門のことを伝えてやると依頼を発生させてくれるやもしれない。
向かう先を決定し、幾つか設定されている街の避難所の一つを目指して歩を進めた。
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