第45話 暴徒

 新たなキャラクターである虎門を利用し三日が経った頃、福沢家でもとうとう話題に上がった。

 それは皆で朝食を取っている頃だ。


「そういえば最近、袴姿の女性がダンジョンを一人で攻略しているという噂があるらしいですわね」


 そう口に出したのは丈一郎さんの妻である美奈子さんだ。


「えっ、それほんと!?」


 同じ女性だからか、嫌に食いつきが良い環奈。

 しかし丈一郎さんは渋い表情のまま「とても怖いことだがね」と発言した。


「どうしてパパ? ダンジョンを攻略してくれるなら、モンスターがいなくなって助かるでしょ?」

「そうだな。確かに環奈の言う通りだが、たった一人で、しかも女性が危険の中に突っ込んでいることを思うとね」


 ここらへんは医者の考えなのかもしれない。 


「あ、そういえばそうだね……大丈夫なのかな」


 環奈も優しい子なので、虎門の心配を心からしている様子。


「それに最近では『平和の使徒』と名乗る武装集団のお蔭で、大分街に出るモンスターも少なくなってきている。できればそのような人たちとともに行動してくれれば、幾らか安全だろうが」


 大鷹さんたちも頑張っているようだ。お得意様なので、是非ともどんどん武器を消費し続けてもらいたい。


「何で一人で行動してるんだろう? ねえ、鳥本さんはどう思う?」

「ん……そうだね。例えば集団行動が苦手とかかな。まあ一人が好きという考えもできるけどね」

「なるほど。他には?」

「一人の方が都合が良いから」

「うん? どういうこと?」

「これはその人の背景を知らなければ何とも言えないけれど、これまでもずっと一人で戦ってきていたとして、その方が動きやすいし、他人なんて足手纏いと思っているかもしれない」


 実際に俺がそうだからな。ソルたちはもちろん別だが。


「あー……」

「他にはそもそも他人を信用していないかもしれない。もしかしたら人間嫌いとか?」

「えー、だったら他人を助けたりしないんじゃない?」

「その分、ちゃんと見返りをもらってるかもしれないよ?」

「見返り?」

「食料とかタメになる情報とか」

「食料は分かるけど、情報?」

「例えばモンスターに恨みがあって、だからこそダンジョンの情報とかを得るために戦っているのかも」


 そういう設定の漫画とか結構あるしな。別におかしなことじゃないはずだ。


「なるほど。モンスターに復讐か……考えられない話ではないね」


 丈一郎さんが難しい顔で言う。きっとそういう人たちを病院で多く見てきたのだろう。

 モンスターに家族を傷つけられ、殺され、住処を奪われ、恨みを持っている人たちなんて掃いて捨てるほどいるはずだから。


「あ、でもさ、もしこの家がダンジョン化したら、その女の人に言ったら助けてもらえるかもね!」


 無邪気な環奈の言葉。別に誰もが簡単に思いつくことではあるが……。


「環奈、そんな不吉なことは言わないでくれ。それに……誰かが命の危険に晒されてしまうようなことを私は出来る限り選択したくはない」

「パパ……ごめんなさい」


 美奈子さんも、環奈の気持ちが分かっているのか、苦笑しながら彼女を見ている。

 力の無い者は、力ある者に頼らざるを得ない。


 それは至極自然なことであり、別に歪な感情でもなんでもない。環奈の意見は普通の人間にとって真っ当な考えの一つだ。

 しかし丈一郎さんの考えもまた人間として正しいことである。


 自分たちのために誰かを傷つけたくないというのは立派な志だ。


 ただもし、ダンジョン化した家に環奈や美奈子さんが取り残された時、それでも丈一郎さんは強き者に頼ろうとはしないのか?


 いや、その時は頼らざるを得ないだろう。何故なら失いたくはないからだ。

 だが丈一郎さんは、そのような理不尽なことを考えたくないから、環奈を嗜めただけに過ぎない。きっと彼も分かっているのだ。


 頼りたくなくても、頼るしかない時だってあることを。

 たとえそのせいで、他人が傷つこうとも。


 大切な家族を守るためなら、他の何をも犠牲にすることだって一つの正しさなのだと。

 朝食後、丈一郎さんは休みということもあって、家族で明人さんの自宅に行くらしい。


 環奈には俺も一緒についてきてほしいと頼まれたが、どうしても外せない私用があると言って断った。

 環奈は残念そうだったが、お土産を持って帰ってくると言うと嬉しそうに笑みを見せ、丈一郎さんたちと一緒に車で出かけていったのである。


 俺はもちろん、最近毎日の日課となっているダンジョン巡りだ。

 想像通りなら、そろそろ何かしらのアプローチが起きてもおかしくはない。


 そう思いながら、虎門の姿で街中を探索していた時、傍を通過した車が目の前に停止、そこから二人の人物が下りてきた。


 あちゃあ……こういうアプローチは望んでなかったんだけどなぁ。


 俺は顔には出さないが、心の中ではガッカリとしていた。

 何せ目前に停まったのは、パトカーだったのだから。


「ちょっと君、話を聞かせてもらってもいいかな?」


 そう言いながら俺へと接近してくる。明らかに警戒しているような表情だ。

 無理もない。こちらは刀を所有しているし、仮に噂を聞いているのだとしたら、あまり友好的に接してはこないだろう。


「……何か?」

「いや、それ……刀でしょ? 許可は申請してるの?」

「おかしなことを言いますね。この世界で、まだ法を口にしますか?」

「は……はあ? ここは日本で、法治国家なんだよ?」


 それは知ってる。だが現状を見てみろ。法が誰かを救ってくれているか?

 ただ気になる。職務質問にしては、少し物々しい雰囲気を出し過ぎだ。後ろに控えている一人なんて、手には警棒を持っているのだから。

 しかも俺の身体……いや、虎門の身体を舐め回すように見てくる。


「許可など頂いていないと言ったらどうされますか?」

「無論署まで連行させてもらう」

「……もしかして私の噂を聞き、探されていたのですか?」


 その直後、明らかに図星を突かれたような表情を確認できた。


 コイツら……顔に出過ぎ。分かりやす。


「……はぁ。ですが警察の方々なら、私一人相手にしている暇などないのでは? この街だけでもダンジョンは多く、モンスターによって苦しめられている方々もまた多い。その方たちを救うためにも、私のような矮小な存在に人材を割く余裕などないかと思われますが?」

「っ、いいからさっさとパトカーに乗りなさい! それ以上抗弁すると、公務執行妨害で強制逮捕するぞ!」

「これはこれは、物騒なお話ですね。しかしすみませんが、まずは警察手帳を見せて頂けないでしょうか?」


 俺が素直に従わないことに業を煮やしたのか、二人は顔を見合わせ頷くと、


「いちいちうっせえんだよ!」


 質問をしていた男が、俺の右腕を取る。

 なるほど……問答無用で来たか。ならこちらも手加減はするまい。

 逆に左手で相手の腕を掴み、その握力で骨を砕いてやる。


「あぎぃっ!?」


 男は掴んでいた手を放さざるを得なくなり、砕かれた腕の痛みに尻もちをつく。

 当然仲間がそんな状況に陥ったことで、もう一人の男が俺に向かって警棒を振り回してくる。


 俺は刀で一閃し、警棒を真っ二つにしてやると、及び腰になって俺から距離を取ろうと後ずさっていく。


 しかし逃がすつもりはない俺は、そのまま相手の懐まで一足飛びで近づくと、掌底で相手の顎を打ち抜き、跳ね上がった顔にハイキックをぶち込んだ。

 男はその先に立つ電柱に衝突して意識を失った。


 あ~あ、頭から血を流して……死んじゃったか? ま、別にどうでもいいが。


「……さて」

「ひ、ひぃぃぃっ!?」


 残りは腰を抜かして怯えている男一人。

 俺は刀を抜いて、その切っ先を男に向ける。


「答えてもらおうかしら、私を拉致し何を企む?」

「ゆ、ゆゆゆゆ許してくれぇ! お、俺らはただ頼まれただけなんだっ!」

「また常套句のようなことを。それで? 一応聞くけれど、誰に頼まれたの?」

「崩原さんって人にだよっ!」

「崩原……?」


 その名前、確かどこかで……。


 そこでハッと思い出す。確か最近この街で暴れ回っている暴徒集団――『イノチシラズ』のリーダーだったはず。

 ただ一応確かめておくか。


「『イノチシラズ』のリーダーのことかしら?」

「そ、そうだ! お、俺らはまだ下っ端で! 幹部になりたかったら、最近噂の女のモンスターハンターを連れてこいって!」


 おお、モンスターハンターなんて呼ばれてるのか、俺。


 確かにダンジョン攻略と同時に、街に出てきているモンスターも狩っているから、そう呼ばれても不思議じゃない。


「何故崩原は私を?」

「い、一番は多分……戦力としてだ。ただ崩原さんは女好きでもあるし、あ、あんたくれえ綺麗なら、きっと可愛がってもらえるぞ! どうだ? 俺と一緒に『イノチシラズ』に入らねえか!」


 うげぇ、誰が悲しくて男に可愛がってもらわないといけないんだ。マジでキモイ。

 さて、ここはどうしたものか。このまま殺して、虎門のキャラクターを色づけてもいいが、さすがにまだ殺すのは尚早か? 


 ただコイツらを生かしておいたら、きっとまた無意味な殺人が起きる。別に他人がどうなろうとどうでもいいが、金ズルを消されていくのは正直面倒。

 そうだ。コイツらは幼い子供までも手に掛けるような連中だった。王坂と同じように……。


「……救いようがない、か」

「へ……何をんぺっ――」


 刹那、男の首が宙を舞った。

 無論それを成したのは俺だ。


 そしてその足で気絶している男の方にも向かい、軽く首を刈ってやった。


「悪いなんて思わねえぞ。お前らは殺されて当然のことをしてるんだからな」


 それに……田中家には稼がせてもらった。少しは彼らの気が晴れることをしてやろうと思っていたのでちょうど良い。


「さてと……ソル」

「はいなのです!」


 空を飛行して様子を見守っていたソルを呼びつけた。


「お前は『イノチシラズ』について探れ。どうせこのことはいずれ崩原の耳にも入る。奴が支配者を気取ってるなら、必ず俺と接触してくる。その前に、奴の情報を得たい」

「畏まりましたのです! シキ、ご主人の護衛、しっかり頼むのですぅ!」

「任された!」


 影の中からシキがそう返事をすると、ソルは目にも止まらない速度で消えていった。


 ……にしても、先にこういう連中に目を付けられるとはな。


 できればダンジョン攻略を依頼する輩の方がありがたかったが、当然崩原のような暴徒たちが接触してくることも視野に入れていた。

 何せ奴らは力を欲し、力で排除するような連中だ。

 前者は戦力アップを図るため。後者は、害になりそうな者を殺すため。


「奴らの思い通りになんてなるかよ。逆に強者を気取るバカに教えてやる。この世には理不尽な存在がいるってことをな」


 力で何でも押し付ければ言うことを聞くと思っている奴を見ているとイライラする。

 また力に、あっさり屈する奴らに対してもだ。


 俺はたとえどんなに強い力に圧迫されようが、決して心を折ることはない。

 最期まで抗い続ける。それが俺の生き様においての信念なのだから。





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