第44話 袴姿の刀使い
「よし、じゃあまずはコイツを食ってもらう」
俺はソルにも与えた《念話用きびだんご》をシキに食べさせた。これでいつでも頭の中で会話することができる。
「じゃあ普段から俺の影に潜っててもらうことにするか」
「承知!」
それだけを言うと、シキは速やかに影へと身を沈み込ませた。
「ぷぅ、ご主人、シキには《レベルアップリン》を与えないのです?」
ソルの疑問ももっともだ。与えればワンランク上がるんだから、普通は与えるべきだろう。
しかしこれには理由がある。
実はソルに与えた《レベルアップリンⅠ》の効果が発揮されるのはCランクまでなのだ。
Bランク以上は、〝ランクⅡ〟を与えないとアップすることがない。ここらへんはよくできているというか、そう都合よくランクアップはできないようになっているようだ。
ちなみに《レベルアップリンⅡ》は一億円だから、買えないことはないのだが、今はまだ切羽詰まっているような状況でもないので、様子見をしているところである。
どうしても上げなければ勝てないモンスターと遭遇しそうな時に与えようと思っていた。
「なるほどなのです。世の中そう都合良くはないということなのですね!」
「ん、そういうこと。さて……これで護衛は完璧として、あとはダンジョン攻略請負人としての姿だよな……」
俺は《変身薬》を服用し、こんな姿になってみた。
「ほわぁ~、ご主人……綺麗なのですぅ」
今の俺の姿を見て、ソルが目を奪われている。
それもそのはず。
黒髪のボブショートで、切れ長の瞳に白い肌と薄い唇、八頭身のモデル体型、どこか危うく冷たい印象を与えるものの、凛とした佇まいはとても美しい。
胸は戦闘の邪魔になるので、そこそこの膨らみにしている。
そう、俺は初の女性バージョンの姿を取ったのだ。
「名前は
「カッコ良いです! 綺麗です! ビューティフルなのですぅ!」
「ふふ、ありがとう。シキもどう?」
「はっ、どのようなお姿も立派でございますが、今のお姿もとても凛々しいかと存じますぞ」
どうやら二人とも、この女性の姿を気に入ってくれたようだ。
俺は室内にある姿見を確認し、我ながらなかなかに美しい仕上がりで満足した。
「けれどどうして女性のお姿なのですか、殿?」
「あらシキ、この姿の時はそうね……姫とでも呼びなさい」
「はっ、失礼致しました、姫!」
「そうね、確かに戦闘という面において、やはり男の方が強いという印象は拭えないわね」
普段なら女言葉を使うのは恥ずかしいが、こうして変身したあとだと、まるで演劇でもしているかのようで少し楽しい。
「でも強い弱いはこの際どうでもいいのよ。ダンジョン攻略請負人として必要なのは、その話題性」
「話題性……でございますか」
「そう。女性、しかも一見強そうに見えないのにもかかわらず、請け負った仕事は十全にこなす。そういう話題性が、人を呼ぶのよ」
そうすることで多くの仕事が舞い込んできて金になる。
「それに人間相手でも、相手が女だと知れば油断する連中も多いからね」
特に綺麗だと、下心さえ持つ男も出てくる。そういうところを弱点としてつくことだってできるという利点もあるのだ。
「まあでも、一番の理由は、そろそろ女性姿も作っておこうって思ったからかしらね」
単純にいえば興味本位である。
それに坊地日六の時と、身長などはそう変わらないので、リーチなどで戸惑うこともないし、強さだって筋肉量が変わったりするわけじゃないので問題ない。
あくまでもこれは見た目だけの変化なのだから。
「さて……それじゃさっそく仕事をしに行きましょうか」
俺は鳥本の姿になると、外出する旨をメイドに告げ、福沢家を出た。
外に出た俺は、すでに虎門の姿へと変化している。
しかもこれも話題性を生む仕掛けとして、袴姿を起用していた。
この袴は、当然〝SHOP〟で購入したファンタジーアイテムの一つ。
耐熱、耐冷に優れ、クッション性と防御性にも秀でた代物だ。生半可の攻撃では傷一つつけられない鎧のようなもの。
そこに刀まで携えているというのだから、一目見て多くの者が注目することだろう。
俺は《ダンジョン探知図》でダンジョンを探しては、すぐに攻略へと移っていく。
ほとんどはソルやシキに、モンスターの一掃をしてもらい、俺はコアだけを狙う。
何度かダンジョンを問題なく攻略していったのはいいが……人気がないダンジョンばかりを攻略しても仕方ない。
そろそろ人の目につく場所で、実際にモンスターと戦っている姿を見せないと。
そう思っていると、目の前でゴブリン数体に追われている男を発見した。どうやらこちらに向かって逃げてきている様子。
「た、助けてくれぇぇぇぇっ!」
……ちょうどいい。話題作りの一環だ。
俺は刀――《
男とすれ違い、そのままゴブリンのもとへ瞬く間に接近した俺は、鋭い一閃を放ち、ゴブリン一体の身体を真っ二つにした。
仲間が瞬殺されたことで、ギョッと固まった残り二体のゴブリンへ、俺はすぐさま肉薄して一体、また一体と斬り伏せていく。
僅か数秒で、男を襲っていた状況を覆した俺を、男は信じられないものを見るような目を向けていた。
「……お怪我はないですか?」
「……! あ、ありません! えとその……た、助かりました……」
「いいえ。ご無事ならそれで構いません」
俺は自分でも寒気するが、男に向けて微笑んだあと、そのまま何も言わずに去って行く。
これであの男は、確実に今日経験したことを誰かに話すことだろう。
しかし当然誰も信じない。こんな身形の女が、一人でモンスターを数体一瞬で始末したなど、物語の域から出ないだろうから。
しかしそれもあちこちで起こればどうだ?
ありもしない物語はやがて噂となり、徐々に真実へと繋がっていく。
「さあ、この調子でどんどん物語を綴っていきましょうか」
そうして俺は、今日一日、夜遅くまでモンスター討伐とダンジョン攻略に勤しんだのであった。
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