第41話 取引成功

 ――翌日。午後二時前。


 久しぶりに自宅で寝泊まりした俺は、円条の《コピードール》を作って、『平和の使徒』との約束の地へと向かっていた。

 埠頭にある第三倉庫で、そこなら誰にも邪魔されずに取引ができる。


 ただ俺は、第三倉庫から結構離れた建物の陰で待機し、以前と同様に、モニター越しで円条の様子を確認していた。

 自宅で様子見でもいいが、何かあった時に素早く対応できるのと、商談が終わったあと、できるだけ早く金を回収しやすくするためである。


 集合時間よりも一時間以上前に来て、誰もいない間に円条にはある作業をしてもらう予定だ。

 一応円条の傍にはソルにもいてもらい、人の気配があれば円条に知らせることになっている。

 円条は第三倉庫ではなく、第四倉庫へと赴き中に入った。


 倉庫は薄暗くて、鉄パイプやら鉄骨などが入った木箱がそこかしこに詰められている。

その中を突き進むと、かなり広い空間へ出るのだが、そこには何も無い……ように見えるだろう。


 しかし円条が、空間の半ばほどにまで進んだあと、しゃがみ込んで何も無いはずの空間を触るように手を動かし始め、そして何かを掴む仕草をして立ち上がる。


 すると奇妙なことに、何も無かったはずの空間に車のフロント部分が現れたのだ。


 実は今、円条が掴んでいるものは《保護色シート》といって、対象物に被せるだけで、周りの景色と同化し、透明に見える代物で、隠し物などをしたい時に便利なアイテムである。

 つまりこのシートの中には、『平和の使徒』の依頼品が隠されているというわけ。


 昨日のうちにここまで来て、この細工を施しておいたのである。

 円条には、荒らされていないかの確認と、《保護色シート》がちゃんと作用しているかの確認と回収をしてもらうつもりで来てもらったのだ。


 円条はシートを折り畳むと、背負っているバッグの中へと収納した。

 そのまま時間が来るまでそこで待機してもらい、ソルから『平和の使徒』の来訪を確認してもらったあとに、第三倉庫へと向かっていく。


 倉庫で円条が待っていると、時間通りに大鷹さん率いる『平和の使徒』たちがぞろぞろとやってきた。

 仲間の数人が、大きなバッグを二つ持っているが、恐らくその中には金がギッシリ詰まっているのだろう。


「お待ちしておりましたよ、大鷹さん」

「ああ。金はちゃんと用意した。そっちの首尾は?」

「問題ありません。ちゃんとご用意してあります」

「この短期間でか……とても信じられんが」

「では信頼してもらうためにも、実際に見て頂きましょう。どうぞ、僕についてきてください」


 そう言いながら第三倉庫から出て、第四倉庫へと入って行く。

 そして例の依頼物を保管している場所へ辿り着くと――。


「「「「お、おおぉぉぉぉっ!?」」」」


 大鷹さん以外の者たちが、自分たちが依頼した車両や銃器類などが目前にあることを知り感動気に声を上げた。


「お前ら、ちょっと落ち着け!」

「で、でもボス! マジですげえよ! 戦闘車両もちゃんと三台あるし! しかも新品っぽいぞ!」

「わーったから落ち着け! まだ取引は終わってねえだろうが! いいか、お前らも大人しくしてろ!」


 子供のようにはしゃぐ仲間たちを嗜めてから、大鷹さんが改めて円条の方を見る。


「大したもんだ。マジでこれだけの代物をたった二日程度で用意するなんてな。どうやって……って聞くのはヤボってもんか」

「ええ、それは企業秘密ですから」


 円条が胡散臭そうな笑みを浮かべて答える。


「だな。まあいい。俺らにとっちゃ、入手経路なんてどうでもいいしな。問題は本物かどうか、だ」

「では大鷹さんだけに許可します。どうぞ、触れて確かめてみてください」


 すると大鷹さんが、車両や銃器類などを手に取り、ササッと確かめ始めた。


「コイツはマジにすげえ。どれも新品だし、見たところ不備もねえ」


 満足したのか、再び依頼物から離れて円条と対面する。


「文句なしだ」

「では商談成立ということで」

「ああ。おい、渡してやれ」


 円条のもとへ、二つのバッグが置かれる。

 俺はモニター越しで《鑑定鏡》を使い、中にあるものを確認した。


 どうやらこちらの指示通り、一億三千万、キッチリ入っている。

 一応円条もバッグを開けて中身を確かめるフリをした。だが数えることはせずに、バッグを閉じた。


「ちゃんと確かめなくてもいいのか?」

「今後も親しいお付き合いをしてくださると信じていますから」

「取引で下手を打つようなマネはしねえよ。それに俺もお前とは長い付き合いになりそうだしな」


 それはそれは。存分に俺に金を落としてもらいたいものだ。


「ボ、ボス! もうあれは俺らのもんなんすよね!」

「触ってもいいよな!」

「俺も我慢できねえよ!」

「わーった、けどグレネード系には触れるなよ。扱い方はまだ教えてねえからな。それと銃に弾は込めるな。車もまだ走らせるな。それを守れるならいいぞ」

「「「「よっしゃあぁぁぁ!」」」」


 仲間たちが水を得た魚のように武器を手にして騒ぎ出す。


「悪いな。騒がしくしちまってよ」

「いえいえ、喜んで頂けたならこちらとしても嬉しいですから」

「ていうかその金、結構重てえぞ? 一人で運ぶつもりか?」

「ご心配なく。こう見えても力持ちですから」


 それに一億円といえばたかが十キロ程度。別に一般人でも持て歩けない重さじゃない。

 円条がバッグを両手に持つと、大鷹さんに向けて今後について説明し始めた。


「次から取引したい時は、ココに書置きでも残しておいてください。そうですねぇ……月末に一度ココへ様子見に来ますから」

「了解した。その時はまた頼む」

「はい。……ああそれと、一つだけお聞きしたことがあります」

「何だ?」

「『平和の使徒』はダンジョン攻略だけじゃなく、暴徒の壊滅も行ってるんですよね?」

「まあメインはダンジョン攻略だけどな」

「昨日、ある高級住宅街が暴徒に襲撃を受けました。ご存じですか?」

「ああ、情報によるとそいつは『イノチシラズ』っていう連中の仕業だな」

「命知らず? 無謀な連中ってことですか?」

「は? ……ああ、カタカナで『イノチシラズ』らしいぞ。組織名ってことだな」


 なるほど。しかし何でそんなアホな名前にしたのだろうか。


「ここんとこ勢力を伸ばし始めた連中だ。女や食料を他人から奪うのは他の暴徒集団も同じだけどな、そいつらは高級住宅街のみをターゲットにして、住宅に押し入り強奪を繰り返してるらしい」


 なるほど。そういう趣旨のもと動いている連中もいるってことか。


「それに奴らのリーダーをしてるのが、これまた問題のある奴らしくてな」

「ご存じなんですか?」

「崩原才斗

ほうばらさいと

。ガキん頃に殺人事件を起こして、二か月くれえ前に少年刑務所から出てきた札付きの悪らしい」

「うわぁ……」


 うわぁ……。


 あ、さすがはコピーといえど俺だ。ついハモっちまった。


 しかしそんな奴が徒党を組んでるとなると、確かにヤバイ連中でしかないだろう。


「何でもガキん頃に一緒になって悪さしてた連中を集めてバカやってるようだぞ。俺らも何とか接触して駆逐してやろうって思ってんだけどな」


 だがメインはダンジョン攻略でもあるので、そちらに手を回している余裕がなかったのだという。


「けど武器も手に入ったし、これならまた人手も集めることができる。この街を守るためにも、俺らは戦うつもりだ。……ま、本当はもう戦うのは嫌なんだけどよ」

「……もしかして過去に戦場を走り回ってたことでもあるんですか?」

「ああ、俺は元傭兵でな。まあ傭兵なんてクズそのものだ。金のためにゃ人だって平気で殺す。俺はそれに嫌気がさして止めたってのに……またこうして武器を持ってる。皮肉な話だ」

「そう、ですか。でもあなたのお蔭で救われてる者たちもいますよ」

「……だといいがな」

「僕も儲かりますし」

「はっ、言いやがる。ま、そういうことで俺はこれからもコイツらを守るためにも戦う。今後ともよろしく頼むぜ」

「ええ、こちらこそご贔屓にお願いします。では武運を」


 円条はそう言うと、そのまま倉庫を出て行く。

 当然俺の方に来るわけじゃない。まだ誰かが監視している可能性もあるからだ。


 一応ソルの目から逃れられる人間がいるとは思えないが、念には念を入れて動く必要がある。

 円条にそのまま埠頭から出て行かせ、ソルに護衛としてついて行かせる。


 そして俺は帽子をここに来た時と同じように、深々と帽子を被って、ある場所へと先回りしていく。

 そこは公園の中に設置されている男子トイレの一室だ。


 しばらくすると、遠回りしてここへやって来た円条と合流し、金や《保護色シート》などを受け取り《ボックス》に片付ける。

 同時に円条も人形の姿に戻してポケットに突っ込んで、そのまま何事もなかったかのようにトイレを出た。


 それから自宅へ辿り着くまで、何も問題は起きずに本日の大口取引を成功できたのであった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る