第40話 久々の自宅で

 明人さん曰く、昨日俺たちが田中家を後にしてすぐに、暴徒に襲われたのだという。

 最近、食料をたんまり持っているであろうと予想される金持ちが暴徒に狙われる事件が勃発している。


 その被害にまさかの田中家が……!


 今日、明人さんが再度田中家へ向かったら、家の中で冷たくなっている弥一さんと子供たちの姿があったのだという。

 食料や衣類などは根こそぎ奪われていて、奥さんの姿もなかったらしい。


 情報では、暴徒たちは女性も攫うらしいので、美しいルックスをしていたせいか、きっと慰み者にするために連れ去られていったのだろう。もしかしたらもう殺されている可能性もあるが。

 ただ皮肉なことだ。奥さんの顔が爛れたままだったら、攫われて苦痛を味わうこともなかったかもしれないのに。


 その事実を知り、弥一さんの親友である明人さんは、すべてを説明したあとに気疲れからか倒れてしまった。

 福沢家のリビングでは、話を聞いた俺、丈一郎さん、美奈子さんが一様に重い空気の中、しばらく沈黙している。


 そして丈一郎さんが、深い溜息のあと口を開く。


「……明人から聞いたよ。君のお蔭で、弥一くんの奥さんが治り、また一つ幸せが戻ったのだと。本当に君は凄いと……しかしまさかこんなことになるとは……!」


 そう言いながら悲しみとともに、怒りに打ち震えている。丈一郎さんはとても優しくて穏やかな人だ。だが暴徒たちは、彼の怒りに触れてしまっている。

 ただ俺は彼らと同じような感情は持っていない。


 残念とは思うが、田中家とは商売を一度だけした仲。特別に思入れなどもない。

 それよりも、昨日浮かれたままご馳走にならないで本当に良かったとさえ思っている。


 もしあのまま、気を引き締めることなく酒でも煽って酔ってしまっていたら、最悪俺も死んでいた可能性だってあるのだ。


 だからホッとしているし、ゾッともしている。

 九死に一生を得たような感覚だからだ。


 やはり良いことばかりが続くわけじゃない。

 この世が理不尽で、人間どもがクズなのは理解しているはずだ。


 俺はもう奪われる存在になるつもりはない。これからは利用し、奪う存在になっていく。

 王坂のような連中に、言い様に扱われるのも、利用されるのもゴメンだ。


 弥一さんたちには悪いが、これをありがたい教訓として学ばせてもらったよ。ただもし、今度俺の目の前に暴徒どもが現れたその時は、少しだけでもあんたたちが気が晴れるようにしてやるから、静かに眠っててくれ。


 それから目覚めた明人さんが、弥一さんの奥さんは無事かもしれないので、どうにか助けたいと口にするが、さすがに丈一郎さんがどうにかできる問題じゃない。

 俺も、そこまで手を尽くす義理もない。


 それに今日は、大事な商談が幾つもあるので、そちらに時間を割くわけにはいかないのだ。

 お得意様巡りをして、地道に稼ぐ時間が、俺にとっては何よりも重要だから。


 同情はするものの、俺は明人さんに捕まる前に屋敷を出た。

 ソルも今日は俺についてきて、ともに情報収集と商談に赴くつもりだ。


 海馬と鳥本を使い分けながら、高級住宅街を回っていく。

 中には値切ってくる連中も当然ながらいたが、その都度口八丁で誤魔化し、満足のいく値段で交渉を成立させた。


 やはり金持ちを相手にするのは良い。財布の紐が緩いし、大金が入りやすい。

 俺の今の所持金も三億を超えて、大分豊かになってきている。


 これならもっと役立つファンタジーアイテムなども手に入るし、久しく食べてなかったファンタジー食材なども購入して食うことだってできる。


「よし、ソル。今日は久々に家に帰って、美味い飯でも作るか?」

「ぷぅ~! 楽しみなのですぅ!」


 商談も滞りなく終わったので、今日はそのまま福沢家ではなく、自宅へと戻ることにした。

 久しぶりの我が家だったが、泥棒などにも入られていないようで綺麗なものである。


「ソル、調理には時間がかかるし、それまでは周囲に飛んで情報収集を頼めるか? できれば例の暴徒に関しての情報があればなおいい」


 近くにまで来ているなら、ここからすぐに退出した方が良いからだ。

 目の前に現れたらやり合うつもりだが、率先して接触したいとは思わない。面倒な戦闘なんて嫌だからだ。


 ソルは俺の言いつけ通り、窓から外へと出て行く。

 その間に、俺は〝SHOP〟で美味そうなファンタジー食材を吟味し始めた。


「やっぱ肉は外せないよなぁ。けど魚も美味そうだし……よし! 今日は魚にしてみるか!」


 扱う食材を決定し、魚をいろいろ物色してみる。


「豚肉のような旨みがある《トンブリ》に、すべてが霜降りの《霜降りマグロ》かぁ……どれも美味そうで悩むな」


 しかし久々のファンタジー食材での調理だから、せっかくだから少しくらい贅沢をしたい。


「…………よし決めた!」


 俺は幾つかの食材を選択し、テーブルの前に出した。


 俺が選んだメイン食材は――《孔雀鮭くじゃくざけ》。

 これは孔雀の羽のように美しい色をした鮭である。


 全長一メートル未満にもかかわらず、値段は驚きの――――250万円!

 ちょっと奮発し過ぎた感は否めないが、たまには良いだろう。


 さっそく調理にかかり始めるが、当然他にもファンタジー食材はたくさん使う。

 ソルの好物であるマッシュポテトに使用する芋も、また格別に美味いらしい《王色芋》という名前からして凄そうなやつを選んだ。


 他にもサラダ用に《クイーンレタス》や《超熟コーン》などを使い、前に購入しようか迷った《不死鳥米》ではらこ飯でも作ろうと思っている。


 そうして調理を開始し、鼻歌交じりに楽しんでいると、ソルから連絡が入った。


〝ご主人、ここら周辺には危険は無いように思えます〟


 どうやら例の暴徒の姿も見当たらないとのことだ。


〝よし、ならもう戻ってきていいぞ。飯もそろそろ出来上がるしな〟

〝わぁ! それは今すぐ帰るでありますぅ!〟


 そう言って《念話》が途切れて数秒後、


「ただいまなのですぅ!」

「はやっ!?」


 さすがはソニックな速度で高速飛行ができるモンスターだ。見事としか言いようがない。

 俺は出来上がった料理を次々とテーブルの上に乗せていく。

 それを見ながらソルは、よだれを垂らしてはすするという行為を何度も繰り返している。


「よーし、坊地日呂特製――《孔雀鮭三昧》の完成っ!」

「おお~! どんどんパフパフ~なのですぅ~!」


 まずは何といっても、シンプルに《孔雀鮭》を頂くとする。


「この刺身はどんな味がするのか……あむ! …………んん~っ! うんまいっ! ていうかもう口に無え! 溶けるの早っ!」


 色鮮やかなサーモンの刺身。口に入れた瞬間に、口内いっぱいに蕩けるようなサーモンの旨みが広がり、同時に舌に吸収されるかのように一瞬で消えた。


「これうめえっ! マジ何切れもイケそうだ!」

「ぷぅぷぅ~! はぐはぐはぐはぐっ! ぷぅ~~~!」


 ソルも気に入ったようで、二十枚はあった刺身がもうなくなっていた。


「お次はこれだ、《孔雀鮭のあら汁》。んぐんぐ…………ふはぁぁぁ」


 これは……あったまる。ストレスなんかも一気に吹き飛ぶほどに穏やかな気持ちになるくらいだ。

 それに切り身も刺身とはまた違った味わい深さがあって、噛む度に旨みが濃縮になっていっているような気がする。


「お次は塩焼きだ。単純な調理だが、それだけに美味さが直に伝わってくる」


 思いっきりかぶりついてみると、脳天に衝撃を受けたかのような感覚が走る。


「すげぇ……! 刺身もそうだったけど、何でこんなに蕩けるようにうめえんだよ。身自体がジューシーだからか? この一口での満足感なんて、牛肉と比べても遜色ねえぞ!」


 決まり切った文句ではあるが、こんな鮭――今まで食ったことがない!

 さすがは250万の価値はあるだろう。店なんかに出したら、ものの数分で完売してしまうはず。


「……これ、次に訪問販売で売ってみるかな。バカ売れ間違いなしだよな」


 ただその分、値が張るので購入できる家庭は限られてくるだろうが。それでもこれだけの食材だ。喉から手が出るほど欲しいという奴だって出てくるかもしれない。


「まあ商売のことは今は良い。次はいよいよ《はらこ飯》だ。やっぱ日本人は米だしな米」


 ちなみにソルは、待ち切れなかったようで、すでにほとんどの料理をたいらげて、最後に大好物のマッシュポテトを口にし恍惚の表情を浮かべている。やっぱりどんな料理よりもマッシュポテトが一番のようだ。


 土鍋で作った《はらこ飯》。蓋を開けてみると、そこには琥珀色に輝く宝石に彩られたご飯が姿を見せた。

 ふわっと、炊き込まれた飯のニオイと《孔雀鮭》の香りが食指を振るわせてくる。


 もう我慢できんっ!


 すぐに茶碗によそって、一気に口へとかっ込む。


「――んっ、んっ、んっ、んめえなチクショウがっ!」


 思わずテーブルを叩いてしまうほど、この絶妙な味に感動する。

 プチプチと口内で弾けるイクラは、食感もさることながらちょうどよい塩っけの他、微かな甘みを有し、白米と見事なコラボレーションを見せている。


 その中に待ってましたと言わんばかりに飛び込んでくるのが鮭の身だ。

 三つが相互に高め合い、最高級の味を演出している。こんなものを食ってしまったら、もう他のはらこ飯なんて食えない。


 それにこの《不死鳥米》は、米としての美味さをぎゅ~っと凝縮したような味で、胃の中に流し込んでもまだ、口の中に美味さの余韻が残っている。いや、むしろ徐々に米の味を強く思い出させてくるのだ。まさに不死鳥のごとく、旨みの復活だ。

 だからこそもっともっとと、脳がしきりに米を要求してくる。何の味付けもしていなくても、この米なら永遠に食べていられそうだ。


「ああもう……サイッコウだな、これは!」


 瞬く間に三合も炊いた米は綺麗に俺の胃袋へと収まった。


「……ふぅぅぅ~、ああ……幸せってこういうことをいうんだろうなぁ」


 ソルも大きくなった腹を天井に向けて横たわっている。その顔はとても満足気だ。

 特製のサラダやマッシュポテトも良かった。


 普通のレタスやコーンとはやはり一味違う旨さを持っていた。

 やはりファンタジー食材、侮りがたし。

 再度認識させられた今日だった。




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