第39話 突然の訃報
「田中さん、子供たちの前で、そういうことをしちゃいけませんよ」
それに情に訴えかけられても、俺はそれで動くつもりはない。
ほら、子供たちも何事かと思って、こっちを見てる。
「で、でもっ!」
「いいですから、まずは立ってください。話ができませんから」
弥一さんは「分かりました」と言って渋々立ち上がって、また席に戻った。
「ふぅ。いいですか、確かに俺は奥さんの傷を治す薬を持っています。ですが明人さんにも言いましたが、その薬だってタダで作れるわけじゃありません。相応の手間と資金を費やして生まれるのです」
「明人から聞いて知っています。お金ならあります! こう見えても僕は、作家としてそれなりに多くの本を出版させて頂いていた身ですから!」
「僕も何冊か拝読させて頂いています。まさかあなたが、かのミステリー作家――東尾圭吾さんだったとは」
彼の書いた小説は、軒並みドラマ化や映画化までされているベストセラー作家である。
いつも最後に読者を裏切るような展開が心地好いということで、まだ若手ながらも大注目されている人物なのだ。
彼ならば確かに印税でガッポリ儲けていることだろう。というか下手をすれば、福沢家よりも蓄えは豊富かもしれない。
「ご存じだったとはありがたいです。でもなら話が早いです! お金ならいくらでもご用意できます! ですからどうか! どうか家内を!」
必死に懇願してくる夫を見て、
「私からも、治して頂けるならお願い致します」
夫婦で頭を下げてきた。もしこの人たちが、俺にメリットのない人たちならば、問答無用で断ったことだろう。
たとえ子供たちに頼まれたとしても、まったく知らない他人に身を切るようなことは俺はしない。外道や人でなしと言われてもだ。
ただ彼らには経済力がある。これは利用しなければ損だ。
「……分かりました。ですが俺の薬は一億以上はしますよ? それでも構いませんか?」
一瞬奥さんの方はギョッとして絶句する素振りを見せたが、弥一さんの方は最初から覚悟していたのか、
「問題ありません! 必ずお支払い致します!」
さすがは売れっ子作家、いや、超売れっ子作家、一億なんて屁でもなさそうだ。
ていうか作家ってそんなに儲かるんだな。
前に一冊の本に対しての印税は約10%って聞いたことはあるが……。
確か最近東尾圭吾が出した『著名な殺人者たち』は、120万部超えとか書いてたはず。
一冊の値段が600円として、その10%だから60円。
つまり120万×60ってことだから…………7200万か……え? マジで?
たった一冊の本を書いただけで7200万も儲けたのかよこの人……!
それに彼は出す度に、必ずベストセラーにはなっている。つまり毎回10万部を超えているわけだ。
その中には、ミリオンセラーも何冊かある。
はは……そりゃ一億くらいポポンって出せるわけだな。
これが超一流作家か……とんでもねえ職業だ。ちょっと羨ましい。
何せ家から出ずに仕事ができるし、それで大金を稼げるんだから素晴らしい。
ニート気質な人物なら、才能があれば是非ともなりたい職業ナンバーワンなんじゃないかとさえ思う。
「ではさっそく……とはいっても、難しいことじゃありませんが。どうぞ、コレがお目当ての代物です」
「おお、これが噂の……!」
そう口にしたのは田中夫婦じゃなく、明人さんだ。彼も実際に見たのは初めてだった。
俺はオーロラに輝く液体が入ったガラス瓶を奥さんの前に置く。
「こ、これをどうすればよろしいんでしょうか?」
「一応飲み薬ですから。グイッと一飲みして頂ければいいですよ」
「そ、そうですか……あなた」
不安そうに弥一さんを見つめる奥さん。
「……鳥本さんは、あの環奈ちゃんの足を治した人だ。信じるんだよ、小百合!」
弥一さんが奥さんの手をギュッと握りしめる。
奥さんも覚悟を決めたのか、ガラス瓶を手に取り、恐る恐る蓋を開けてまずニオイを嗅ぐ。
そうだよなぁ。生物ってまずこうやって絶対にニオイ嗅ぐから不思議だ。
臭いものでも美味かったりするし、その逆だって有り得る。
なのにやっぱりニオイで、そのものの美味さを勝手に判断してしまう。結構面白い習性だと俺は思う。まあ、そんなこと今はどうでもいいけど。
そうして奥さんは意を決して、呼吸を止めながらゴクッと一気に煽った。
すると環奈ちゃんの時と同じような現象が起き、次第に奥さんを包んでいた発光現象が収まっていく。
コト……と、ゆっくりとガラス瓶を置く奥さん。
静寂が場を包み、誰もが息を飲んでいる状態だ。
そんな中、まず先に口火を切ったのは弥一さんである。
「ど、どうだ? 小百合?」
「……痛みが……消えました……!?」
「……は? い、痛みが消えた? 痛みが消えたのか!? ちょ、とりあえず洗面台の方に行こう!」
さすがにここでは包帯を取れないのか、奥さんを連れて部屋を出て行ってしまった。
しばらくすると――。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」
突如、弥一さんの叫び声が家中に響き渡る。
子供たちもそちらへと行き、全員が声を上げて喜んでいた。
しばらくすると、勢いよくリビングへと入ってきた弥一さんが、俺の両手を取って頭を下げてきた。
「ありがとうございます、ありがとうございます、ありがとうございますっ!」
彼の様子を見れば、どうやら問題なく事が終わったのは分かる。
そして彼のあとに奥さんも静かに入ってきて、その両目から大量の涙が流れていることに気づく。
へぇ、美人だな。
奥さんは女優でもしているかのような美しさを持っていた。じゃあなおさら、爛れた顔は醜くて辛かっただろう。
しかしあの薬で上手くいって良かった。
実はアレは環奈に施した《エリクシル・ミニ》じゃない。《オーロラポーション》という、傷全般に効果のある上位のポーションである。
値段も1500万円の《エリクシル・ミニ》と比べても、100万円と激安だ。
俺はこれで大金をゲットできると思うと、ついつい込み上げてくる笑いを必死にこらえた。
それからは福沢家と一緒だ。全員から感謝され、田中家に幸せムードが広がっていく。
子供たちも、もらい泣きをしたのか、奥さんに抱き着いて一緒に泣いている。
そうしてひとしきり喜びの儀式が終わったあと、俺は弥一さんだけを呼び出し、どこか二人きりになれる場所を望んだ。
彼から書斎へ案内され、丈一郎さんに提示したように、彼には預金通帳の提示を頼んだ。
何の疑いもなく気分良く通帳を持ってきてくれて、どこか拍子抜けした気分だが、通帳から一億五千万円が消えると、さすがにどうやったのか尋ねてきた。
これも丈一郎さんの時と同様に、鳥本家の秘伝だと言いくるめて無理矢理納得してもらうことになったのである。
それにしても『平和の使徒』といい、続けて最高の商談ができたな。これは良い流れだ。あ、いや、待てよ。こんな時こそ浮かれずに注意する必要があるよな。
こういう時、どうしても流れのままに判断を誤って失敗することが多い。それまで得たメリットをデメリットに返すくらいのマイナスだって有り得るのだ。
上手くいっているからこそ気を引き締めなければならない。
そのあと、お礼ということでご馳走を振る舞わせてほしいと言ってきたが、俺は私用があると、すぐにその場から明人さんに福沢家まで送ってもらった。明日も大事な商談があるので、気を緩めてはいられないのだ。
しかし次の日、再び明人さんが福沢家へと訪ねて来た。その表情は真っ青に青ざめており、たまたま休みを取って家に滞在していた丈一郎さんが理由を尋ねたのである。
理由を聞いて、俺は思わず絶句してしまった。
何故なら――――田中家が襲撃を受けて全員殺されたという話だったから。
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