第38話 依頼

 俺はモニター越しで大きく溜息を吐き出した。

 達成感と緊張感の緩和が全身を包み込む。


 まだ完全に商談が終わったわけじゃないが、一先ず商売相手を得ることはできただろう。


 ただちょっと円条のキャラはやり過ぎたかなぁとも思う。アニメや漫画にいそうなっていう浅い知識で、あんなキャラにしたが上手くいって良かった。


 まあ別に失敗していても、《コピードール》と少しの銃器類を失っただけなので、それほどの痛手でもない。


 あとはまた少しずつ円条の噂を広げていけば、向こうからこっちに接触してくる連中も増えてくるだろう。

 円条を通して、海馬や鳥本にもコンタクトを願う者たちもだ。そうすればさらに俺の市場は活性化し、どんどん利益が膨らんでいくはず。


 それに伴いリスクも当然上がるが、その都度、注意を払っていけば問題ないだろう。

 しかしソルが常に傍にいるとも限らない。

 あの子には、時折情報収集で出払ってもらっているからだ。


 ……俺の専属護衛役として〝SHOP〟でまた《使い魔》でも購入する……か?


 そうすることで、ある程度は安全は保たれるかもしれない。

 しかしそれ相応の強さが欲しいし、できればソル以上の戦闘能力……いや、護衛力が望まれる。そうなればやはり高値になってくるだろうから、今回の大口商談が終わった際に、購入を考えても良いかもしれない。


〝ご主人、来客なのです〟


 そこへソルの声が頭の中に響く。ソルには、環奈の相手をしてもらいつつ、この部屋に近づく者への警戒も頼んでいたのだ。

 俺はモニターを《ボックス》へと片付ける。


 すると扉がノックされ、俺が入室の許可を出すと、そこから珍しい人物が姿を見せた。


「これは、お久しぶりですね――明人さん」


 現れたのは丈一郎さんの息子で、同じ医者として人々を助けている福沢明人さんだった。


「お久しぶりです。今少し時間もらってもいいですか?」

「ええ、構いませんよ。何か急用でもありましたか?」

「実は――」


 彼が言うには、小学生から親しくしている幼馴染の男性がいて、今も交流を持っているのだが、その男性の家族がモンスターに襲われたのだという。


 ただ命には別状がなかったものの、どうやらモンスターが吐いた酸が顔にかかったらしく、焼け爛れて見るも無残な姿になってしまったらしい。


「なるほど。つまりそれを俺に治してもらいたい、と?」

「……やはり難しいですか?」

「以前にも申し上ましたが、薬も無料で提供できるわけではありません。製薬するにもかなりのコストがかかっていますので」

「ええ、理解しております。先方も、もし治してくれれば言い値で支払うと言っています」


 ……それはいい。ならこの商談も、本人に会って話を聞く価値はありそうだ。


「分かりました。一度お会いしてから決めさせてもらっても構いませんか?」

「おお! そうですか! 是非お願いします! あれだけ酷い状態だと、形成外科でも限界があって……」


 まあどんなに酷い爛れ具合でも、《エリクシル・ミニ》を使えば問題はない。死んでさえいなければ再生させることなんて容易だ。


「もし良かったら、これから……でもいいですか?」


 時間は昼過ぎだ。ちょうど仕事も終わり別の予定も入っていない。

 俺は了承すると、明人さんの車で彼の友人が住む自宅へと向かうことになった。







 友人の自宅はそれほど遠くなく、これまた立派な一軒家に住んでいるようだった。さすがに福沢家には劣るが。

 車の中で、ある程度友人について話を聞いていたが、どうやらその友人は作家らしく、かなり名の通った売れっ子なのだという。


 聞いてみればビックリ。俺でも知っているような人物だったのだ。


「やぁ、よく来てくれたね、明人。……って、もしかしてそちらの人が?」


 出迎えてくれたのは、秋人さんと同じように細面の男性だった。見た目じゃ、とても売れっ子作家だとは分からない。


 俺のイメージ的に、結構固い文章を書いたりするので、いつも着物を纏い髭を生やした文豪っぽい感じだと思っていた。

 しかし蓋を開けて見れば、どこにでもいるサラリーマンみたいな風貌だ。


「ああそうだ。例の『再生師』の鳥本さんだ」


「! お会いできて光栄です。あっと、いきなり失礼でしたね、すみません。初めまして、僕は田中弥一っていいます」

「こちらこそ初めまして。鳥本健太郎です」

「この度は、わざわざ足を運んでくださり、本当に感謝します。どうぞご案内しますので」


 リビングに通されると、そこには二人の子供に、ミイラみたいに顔に包帯をグルグルと巻いた女性がソファに腰かけていた。


「紹介しますね。凛、仁、こっち来なさい」

「「はーい!」」


 まずは子供たちから自己紹介を受けた。

 凛ちゃんと仁くんで、双子の兄妹らしい。五歳のやんちゃ盛りだという。

 こういう頃は、本当に無邪気で愛らしい。


 そして――。


「このような姿ですみません。私は家内の小百合と申します」


 凛とした佇まい。おっとりとした感じで、包容力を感じさせる女性だ。


 なるほど。この人が……。


 俺はテーブルに座らせてもらい、茶菓子を勧められた。

 子供たちは元気にキャッキャと、二人で絵本を読んだりしながら遊んでいる。


 そして対面に座っている弥一さん夫婦が、そわそわしながら俺に視線を向けていた。


「そ、それで明人、本当にその……鳥本さんなら、小百合の……妻の顔を治せるのかい?」


 その言葉を受け、明人さんが俺の顔を見てくる。どうやら俺に説明してほしいようだ。


「ええ、見たところ何も問題ありません。やろうと思えば、今すぐにでも元の綺麗な顔に戻すこともできます」

「!? そ、それは本当ですか! だったら是非! 是非お願いします! どうか家内を……小百合を助けてやってください! お願いします!」


 いきなり席を立ったかと思ったら、急に俺の前で土下座をしてきた。




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