第37話 大口商談成立
そう言いながら、仲間の一人が俺に向かって銃を突きつけ近づいてくる。
まあこういう考えをする輩も出てくるだろう。
「待て。言っただろうが。俺らはあくまでも人間として守るべきもののために戦ってるんだ。罪もねえ人間を殺めるような外道に落ちて何が守れんだ」
「で、でもボス……」
「コイツが根っからの悪党ならまだしも、俺らは何かされたか?」
そう言われて反論できないのか、全員が押し黙ってしまう。
「……一つ聞く、円条……って言ったか?」
「はい。何でしょうか?」
「何故俺らに武器を売る?」
「商人がやることは単純でしょう。それが利益になるからですよ」
「利益……食料か?」
やはり今の世の中は、第一にそれが見返りになるのか。
「いえいえ、あいにく食料に困ってるわけじゃありませんので」
「なら何を望む? まさか無料でくれる……ってわけじゃねえよな?」
「もちろんですよ。僕が望むのは――金銀財宝。とっても分かりやすいでしょう?」
「! ……何でだ? この世の中で、金目の物なんて何の価値もないだろ?」
「そうとは限りませんよ。知ってますか? 最近食料を売り捌いてる訪問販売員がいると」
「……! そうなのか? 誰か知ってるか?」
「あ、そういえばボス、俺聞いたことあります。何でもここから少し離れた高級住宅街に現れた訪問販売員が、金目の物と引き換えに食材とか日用品とか売ってるとか」
「そんな奴が今の時代にいるのか?」
「ええ、いますよ。実際に僕は取引をしてますから」
リーダーの疑問に円条が間もなく答えた。
「だから金目のものさえあれば、食材を手に入れることができます。他にも奇特な人がいて、薬品などを売ってる人もいますよ。この人も同じように金を対価としています。ですから僕もまた金目の物を求めるんですよ。その者たちと交渉するために、ね」
「…………なるほど」
どうやら一理あると納得してもらえたようだ。
俺はこの作戦を取る前に、ここら周辺に情報を流しておいた。鳥本と海馬のしていることを、だ。
そうすればこの男たちの耳にも入るだろうと思って。案の定、仲間の一人が噂を聞いていたようで説得力が増した。
「さて、それでどうします? 僕から武器を買って頂けますか?」
「……金目の物ならば何でもいいのか?」
「無論商品に見合うほどのものならば、ですが」
「……武器はここにあるだけか?」
「ハハハ、武器商人を舐めてもらっては困ります。言われたものを、言われた分だけご用意致しましょう。それがどんな武器……兵器でもね」
「! ……なら戦車でも用意できるのか?」
「言ったでしょう? どんな兵器でも、と」
戦車でも戦闘機でも用意できる。当然それに見合った対価を提示してくれれば、だが。
「今日はお近づきの印に、そちらの武器は差し上げますよ」
「「「「おおっ、マジかぁ!?」」」」
仲間たちは嬉しいようでガッツポーズしながら、さっそく武器に手をかけている。
ただし銃弾は少ない。これは今後、俺から購入してもらうための保険だ。
「お前ら……ったく」
リーダーは仲間たちの興奮した姿に呆れているが、どうやら少しずつ円条への警戒が解けている模様。良い傾向だ。
「……ありがてえ話だが、マジで良いのか?」
「構いませんよ。今後、長いお付き合いを約束して頂けるなら」
「…………分かった。ならさっそく頼みてえことがあんだけどよ」
「何でしょうか?」
「ちょっと待ってくれ。今紙に欲しいものをリストアップするからよ」
そう言いながら、リーダーが懐からメモ帳のようなものを取り出し、そこに書き込み始めた。
しばらくして、それが円条に手渡される。
「……ほほう、これはまた欲張りですね」
そこには通常手に入りにくい兵器の数々が書かれてあった。しかし確かにそれらがあれば、今後ダンジョン攻略にも十分に通用できる代物だ。
「用意できるか?」
「問題ありませんよ」
「……マジか? マジで手に入るのか?」
「何度も言わせないでください。どんな兵器だろうが、ご用意してみせますよ。何なら原爆でも欲しますか?」
当然渡したあとは、この街から去らせてもらうつもりだが。まあさすがに何十億クラスを要求するつもりなので、おいそれと用意できるとは思えないが。
「っ……一体何者だよお前さんは……」
「しがない武器商人ですよ。ところでボス? さんのお名前をお聞きしても?」
「あ、ああ……俺はコイツらの纏め役をさせてもらってる大鷹蓮司ってもんだ」
「纏め役……ですか?」
「俺らはダンジョンを攻略するために集まったんだよ。一応組織名として『平和の使徒』って名乗ってるけどな」
「…………厨二病ですか?」
「う、うっせえわ! 俺だってこんなハズイ名前は嫌だったんだよ! けどコイツらの子供がそれが良いって言ったから仕方なく許可しただけだ!」
「えー、ボスも響きが良いって喜んでたじゃないっすか」
「そうそう。てか俺らの子供らと一緒になって考えたのボスじゃん」
「だ、黙れてめえらっ! それ以上言うと軍隊格闘術の餌食にしてやっからな!」
真っ赤な顔で大鷹さんが仲間たちに向かって発言を止めている。
あーどうやらこの人、思考はガキっぽいんだな。まあ嫌いじゃねえけど。
「おほん! えーもう一つ、聞いてもいいか円条?」
「どうぞどうぞ」
「何で俺らに接触したんだ? 俺らみてえに、武装したコミュニティは次々と出来上がってる。それなのに何で俺らを商売相手に選んだ?」
確かにソルの調べによると、一般人たちがコミュニティを作ってモンスターたちや、以前の王坂たちのような暴徒に対抗しているのは理解している。
そうでもしないと個人や少数では太刀打ちできず殺されてしまうからだ。そうでなくとも守りたいものを奪われてしまう。
だからこそ人々は集団を構成し、自分たちの安全を守っているのだ。
「特に理由はありませんよ?」
「は?」
「強いて言うならば、一番近くにいた……からでしょうかね」
「そ、そうなのか?」
「それに僕は商人ですから。金を払ってくれるなら、どんな相手とだって交渉のテーブルには着きます」
「……一人で危険じゃねえか? さっきのコイツじゃねえが、問答無用でお前から武器を奪おうとする連中だっているはずだ」
「そうですね。いるかもしれません。ですが……」
円条はそう言いながら自分の服を脱ぐ。
そしてその下に隠されていたものを見て、その場にいた全員が絶句してしまった。
何故なら何本ものダイナマイトが身体に巻かれ、物々しい機械まで身につけられていたのだから。
「この爆弾は、僕の心拍数に応じて発動するようになっています。当然死んだり気絶したりしても、爆弾は瞬時に……ドンッ、です」
「な、なななななななっ!? お、お前は自分の命を何だと思ってやがんだっ!」
……おお、そういう怒り方をするか。なるほど、この人は思った以上に真面目な人らしい。
それに先程円条を脅そうとしていた男は真っ青の顔でブルブル震えていた。無理もない。彼のせいでここに居る全員が弾け飛んでいたかもしれないのだから。
「僕は商売に命を懸けています。商品は僕の子供のようなものです。それを理不尽に奪おうというのなら、親として子供と一緒に心中する覚悟くらいありますよ」
不気味に光る円条の瞳。その重過ぎる覚悟に、大鷹さんたちは確実に引いてしまっている。
「……てか、子供っていうなら、売ったりすんじゃねえよ」
「おお、ナイスツッコミですね、大鷹さん。これは一本取られてしまいましたよー、ハハハハハ」
毎度毎度思うが、俺って俳優にでもなれると思うんだよな。だってこれ、俺が演技しているのと同じだし。
海馬、鳥本、そして円条。いろんな人物を使い分けられているんだから、自分でもちょっと凄いんじゃねって思う。
「けれど僕の商売への覚悟は理解して頂けたかと思います。こんな世の中です。いつ死んでもおかしくない。ならばできるだけ自由に、面白おかしく過ごしたいって思ってるだけです。まあ武器商人も、先代の父から引き継いだだけのものですがね」
「父? ……継いだってことは……」
「ええ、死にました。モンスターに殺されてね」
「それは……すまない」
「いえいえ。ですからモンスターにも恨みは少なからずあるんです。だからこそあなたたちのような武装勢力に武器を売り、多くのモンスターを殺してほしいんですよ。無論僕自身も殺してはいますけどね。この家のように」
はい、まったくもって嘘の情報ですけどね。ただ少しでも円条の行動に理由がつけばいいと思い設定しただけだ。
「それに最近じゃ、強盗集団まで出てくる始末。そういった連中への牽制のためにも、あなたたちみたいな正義の集団が力を持っていてほしいんですよ」
実はソルの情報によると、王坂が組織していたような暴徒たちもまた増えてきている。
問答無用で住宅を襲撃し、食料だけでなく女性なども攫っていく馬鹿どもの集まりだ。子供も簡単に殺すような血も涙もない連中なので、さっさと駆逐されてほしい。
放置していては、いずれ俺の周りにも現れかねないから。
「もう聞きたいことはありませんか? 無いなら武器を用意しに行きたいんですが?」
「あ、ああ……いつ取引はできる?」
「そちらの都合の良い日時で構いませんよ。ただこれだけの兵器数となると、相応の金額にはなります。ご用意できますか?」
「……幾らだ?」
「ざっと見積もって――――一億三千万ってとこですかね」
「「「「いっ、一億ぅぅぅっ!?」」」」
大鷹さん以外の連中が歯を剥き出して驚愕している。
しかし大鷹さんは、特に驚いている様子がないところを見ると妥当だと思っているのだろう。
「まあ、銃器類だけならまだしも、軽装甲機動車を三台も御所望ですから」
いわゆる戦闘車両の一種だ。5.56ミリ機関銃や01式軽対戦車誘導弾(肩に担いで射撃するタイプのミサイル)で、移動したまま攻撃することができる。
値段にして約3000万円。ただしこれは通常の価格。〝SHOP〟ではもっと安く購入できるので、その差が俺のプラスになる。
「一億三千……か。少し勉強してくれると嬉しいんだがな」
「ハハハ、ご冗談を。以前、大鷹さんたちがダンジョン化した銀行を攻略した際、たんまりとゲットしたものがあるでしょう?」
「! ……なるほど、やっぱ食えねえ奴だなお前さんは。何が近くにいたから接触しただ。それが一番の狙いだったんじゃねえか」
「金のニオイがするところに湧くのが商人ですから」
ちゃんと時間をかけて調べた結果だ。やはり情報収集は何よりの武器になる。
「……しゃあねえ。バレちまってんなら誤魔化しも通じねえか」
「ということはきっちりお払いくださるんで?」
「おうよ。耳を揃えてな。けど、そっちも一つも不備なく頼むぜ」
「もちろん。何か不良品でもありましたら、その都度対応させて頂きますよ」
円条はスッと立ち上がり、右手を大鷹さんへと差し出す。すると大鷹さんもまた、商談成立といった感じで握手に応じてくれた。
こうしてまた、一つの大口商売相手を確保できたのであった。
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