第36話 死の武器商人

 本当にこの世はこれからどうなっていってしまうのか。

 俺はそのことを考えるだけで憂鬱になってしまう。ほんの一ヶ月ほど前は、あんなにも子供たちの笑顔が溢れる街が広がっていたというのに。


 せっかく戦場から脱却し、平和な日本で子供たちを導く教師として再出発していたのだが、まさかこんな災厄に見舞われるなんて誰が思うだろう。

 俺にはしょせん戦場でしか生きていけないという神からの通達とでも言うのか。


「……はぁ」

「ボス?」


 無意識に出た溜息を聞いて、仲間の一人が心配になったのか、俺の顔を見てきた。


「何でもねえさ。それよりもてめえら、今日も気を引き締めていけよ!」


 俺の……いや、俺たちの目前には、一つの建物がある。五十坪くらいの一軒家だ。

 仲間からの情報で、ここがダンジョン化してモンスターが出現していることは分かっている。


「いいか? 決して単独行動はするな。常にコンビで動き、互いにカバーできる間合いを取れ」

「「「「おう!」」」」


 連れてきた六人の仲間たちが一斉に返事をした。

 全員、元はサラリーマンだったり、本屋の店員だったり、ちょっと前までは普通の暮らしをしていた一般人だ。


 それが今では、軍服を着て手に武器を持ったソルジャーと化してしまっている。

 ああ、本当に嘆かわしい時代が来たものだ。


 しかしこうでもしなければ、人間がどんどん殺されていってしまう。いずれ俺や俺の家族もまた犠牲になるだろう。

 それだけは許容できない。守るべき存在がいる以上は、俺はこの身を兵器と化して戦うしかないのである。


 そう、たとえ元傭兵という胸を張って言えない職業をしていた過去で培った経験を最大限利用してでも。

 しょせんは人殺しの技術。子供たちにはこんな姿、決して見せたくはない。


 だが怯えられようが、避けられようが、この行為を止めるわけにはいかないのだ。


 必ずまた来る平和を信じて――。


「よしっ、突入!」


 俺の経験を活かし、仲間たちを募って武器の扱いなどを教えてきた。

 まだ拙いものの、弱いモンスター相手なら問題なく処理できるくらいにまで成長してくれたのである。


 しかしこれでも油断や罠などにハマり、傷ついたりする者はいる。

 俺がやるべきことは、できるだけ無傷で仲間たちを家族の元へ返すこと。


 そのためには俺が率先して前線に立ち、攻略を進めていく必要がある。

 俺は玄関口の前に立って銃を構え、仲間の一人が扉に手をかけ――開く。


「モンスター無し、クリア」


 次いで俺が先に玄関へと入って行き、あとから仲間たちが続く。

 次に障子に閉ざされた部屋だが……。


 ……おかしい、モンスターの気配がない?


 仲間とアイコンタクトをして、先程と同様に銃を構えたまま障子を開かせた。


「……ク、クリア」


 やはり部屋には誰もいなかった。

 庭にもモンスターの気配はなく、一階フロアを虱潰しに探したが、やはり何も発見できなかったのである。


「どういうことでしょう、ボス?」


 仲間の一人も、おかしさに気づいて尋ねてきた。

 今までのダンジョンならば、一階に何かしらのモンスターは必ずいたのだ。


 それなのに現状、モンスターの気配すらないのは明らかに不自然。

 それに事前調査では、間違いなく一階にモンスターの存在を確認している。


 異常事態? 一旦退避するか? いや、しかし危険な感じはしない。


 これも傭兵時代に培ったものだ。危険が傍にあれば、肌がピリピリとひりつく。それを感じないのである。


「……とりあえず油断はするな。このまま二階へと上がる!」


 そこにダンジョンの要である〝光る石〟があるはずだ。それを壊せば、二度とモンスターが現れないことは分かっていた。

 周囲を警戒し、罠にかからないようにゆっくりと二階へと上がっていく。


 扉は三つあるようだが、まるで誘うように一つの扉だけが開いている。

 やはりこのフロアにもモンスターの気配がしない……か。


 俺は、開け放たれた扉にそっと近づき、タイミングを見計らって素早く中に入り銃を構えた。

 そして銃口の先に見つけた存在にギョッとしてしまう。


「おやおや、遅いお着きで。ずいぶんと待たされてしまいましたよ」


 そこには、悠々とソファに座って紅茶を堪能している人間がいたのである。




     ※



 現在俺は自室にて、一人でモニターを見つめていた。

 そこに映し出されているのは、例の武装勢力数人と、謎の銀髪おかっぱ頭の青年である。


 場所は一軒家の二階、その一室。

 そこで青年と武装勢力が対面しているような形だ。


「よし、これで第一コンタクトは完了だな」


 もうお分かりかもしれないが、この状況はすべて俺が整えたものである。

 あの青年こそ、俺が用意した役者で『死の武器商人』――円条えんじょうユーリ。女みたいな名前だが、一応男でロシア系の血を引くハーフという設定だ。


 ちなみに《コピードール》で模倣させたもう一人の俺でもある。

 そしてこのモニターだが、これもまたファンタジーアイテムの一つ。


 《カメラマーカー》という赤いシールを張るだけで、その周囲半径十メートルの状況をモニタリングできるようになるのだ。

 当然マーカーは、円条につけている。


 これなら遠くにいながら、《コピードール》を通していつでもその周囲の状況を確認することができるのだ。マジで便利。

 こちらの声は届かないが、向こうの映像と声はちゃんとモニター越しに確認することができるので贅沢は言えない。


「お、お前は何者だ? 何故ここにいる!」


 円条と対峙している男性が、銃を突きつけながら聞き出そうとする。見るからに集団のリーダーっぽい奴だ。ソルから聞いていた外見とも一致するので間違いないだろう。

 周りからはボスと呼ばれているらしいが。


「アハハ、何をそんなに警戒しているのか分かりませんが、ほら……僕に敵対意思はありませんよ」


 お茶らけた感じで円条が言う。ちょとキャラを作り過ぎた気もするが……まあいいか。


「答えろ! お前がここのダンジョンを攻略したのか!」

「ええ、その通りです。僕がダンジョンコアを破壊させて頂きました」

「ダンジョン……コア?」

「あれ? ご存じない? クリスタルのような石のことですが」

「! ああ、〝光る石〟のことか……なるほど、ダンジョンコアというのか」


 どうやら名前を知らなかったようだ。仲間にゲームをやる連中がいるなら知っていてもおかしくないが……。

 そう思ったが、どうもここにいる連中はどいつも四十代くらいのおっさんだ。


「もう一つ聞く」

「ええ、どうぞどうぞ。答えられる質問ならば答えましょう」

「……お前一人でモンスターを倒しながらコア……を破壊したのか?」

「プラーヴィリナ! その通りです!」

「……? ロシア人、なのか?」


 今のがロシア語だと分かるとは、学も持っているのか……?


「ハーフですよ。父がロシア人で、母が日本人。おっと、そういえば自己紹介がまだでしたね! 僕の名前は円条ユーリと申します。以後お見知りおきを」

「ずいぶんと砕けた奴だな。そのロシア系ハーフさんが、こんなところで何を? 俺たちを待ってたみてえなことを言ってたが?」

「ええ、ええ、待ってたんですよ」

「? ……何が目的だ?」


 一層警戒が増す。まあキャラがあんな感じだしな。怪しさ爆発で疑ってしまうのも無理もない。

 しかしまあこれでいい。俺は別に仲良しこよしをしたいわけじゃない。


 利害関係を結びたいだけで、そのためには少しくらい警戒してくれていた方が何かと都合が良かったりもする。


「その前に僕の職業をお教えしましょうか」

「職業……だと?」

「はい。改めまして、僕は円条ユーリ――世界を股に掛けるしがない武器商人です」

「武器……商人?」

「あらら、ご存じありませんか? 武器商人とは武器を売って――」

「そんなことは知ってる。お前が武器商人というのが信用できねえって言ってんだ」

「これはこれは、辛辣なお言葉ですね。ではどうしたら信用してもらえるので?」

「……仮にそうだったとして、それを証明することはできんのか?」


 これは少し食いついてきたか。信用できないといっても、武器というワードを出せば興味が出てくるのは当然。

 何故なら彼らは『戦う者』だから。そのために武器の存在は絶対欠かせない。


「そうですね……ではそこの箪笥の中を開けて見てください」

「箪笥?」


 円条が指を差した方角には、結構大きな箪笥が隅に置かれている。

 リーダーの仲間が箪笥に手を掛けようとするが、


「待て! 迂闊に触るんじゃねえ!」


 リーダーが仲間に対して怒鳴った。仲間もビクッとして身体を硬直させてしまう。


「嫌ですね、罠なんて張ってませんよ。大体もし誰かに何かあったら、即行あなたたちに殺されるでしょ、僕が」


 不敵な笑みを崩さずに円条が発言する。

 しばらく逡巡する様子を見せていたリーダーだが、「俺が確認する」と言って箪笥に近づく。


 その間、仲間たちは俺の動きに注目し銃口を向けている。

 そしてリーダーが恐る恐る銃で触れたりしながら様子を見て、静かに取っ手に手を掛けた。


 ゆっくりと引き出しを外に出して、その中身を見てギョッとする。


「こ、これは!?」

「どうかしたんですかボス!」


 リーダーの驚きに仲間たちが一様に案ずるように全員が俺から視線を外す。


 おいおい、円条から視線を外してどうする。ここらへんが素人集団だな。


 モニターを見ながら溜息が漏れ出る。


「《デザートイーグル》に《S&W M500》、それに《カラシニコフ》に《F―2000》まで……他にも手榴弾にスコープまでこんなに……!」

「うおっ、すげ! 俺たちが持ってる武器よりも凄そうなヤツばっかじゃないっすか!?」


 リーダーの言葉に、他の仲間たちも引き出しそれぞれに入っている武器を見てテンションを上げている。

 だが一際冷静なのは、やはりリーダーであり、俺に険しい顔を向けてきた。


「……どこでこれだけの武器を?」

「言ったじゃないですか。僕は世界を股にかけるしがない武器商人だと。そこにあるのは、あくまでも僕が所持するコレクションの一部ですよ」

「こ、これで一部!? こ、この人、何者なんだよ!」


 仲間の一人が、円条を珍獣でも見るような眼差しで声を上げた。


「武器商人……そういえば俺たちを待ってたって言ってやがったな。つまりは……」

「ええ、ご入用でしょう?」

「…………」


 円条とリーダーが目を逸らさず見つめ合う。リーダーは恐らく、円条が何か後ろぐらいことを企んでいるのではと考察しているのだろう。


 しかし彼らにとって、強力な兵器を手にできるチャンスでもある。

 怪しさを天秤にかけても、この商談に乗るべきがどうか悩んでいる顔だ。




「ボ、ボス、コイツを脅して武器を手に入れた方が早くないですか!」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る