第35話 新たな商売

「しかし奇特な方もいるもんだな。このご時世に食材を売り回っているとは」


 世界が変貌してからすでに一ヶ月が経っていた。

 当初は機能していた店なども、モンスターや暴徒などが怖くてほとんどが閉じてしまったのである。


 また貨幣価値もゼロに近づき、今では金銀財宝よりも食材の方が価値を高めているのだ。

 すべての者たちが、明日を生きるために食材探しに翻弄する。

 コンビニやデパートを襲撃し、問答無用で食材などを奪い去っていく。


 中には人の家にまで強盗に押し入るという者も出ている。

 本来なら警察が動くべき事件ではあるが、彼らはそれどころではない。

 何せ全国各地で建物がダンジョン化しているのだ。その対応に追われていて、たかが強盗に人員を割いている余裕がないのである。


 まさに現在、日本は完全な無法地帯となっており、皆が戦々恐々として日々を生きていた。

 そんな中、最も価値の高い食材を売り捌いている者など普通は存在しえない。生きるために自分の懐で貯めておけばいいのだから。


 しかし海馬という人間は、そんな貴重な食材を、たとえ商売だとしても他人に売っている事実に、ここらでは小さなヒーロー扱いである。


「だが彼が持ってくる食材はどれも新鮮で、味わったことのないほど濃厚な旨みを持つ。一体どこで手に入れているのか……」


 もちろん〝SHOP〟でですが?

 ただ肉に関しては、モンスター肉なども含まれる。


 これは俺だけにしか得られない能力だろうが、モンスターを倒すと、そのモンスターの肉や骨などの部位が手に入るのだ。

 彼らに売っているのは、ほとんどが《オークの肉》なのだが、これがまた普通の豚肉よりもランクが上なのか、とても美味いのである。


 その他にもファンタジー食材を〝SHOP〟で購入し、高値で彼らに売り捌いていた。

 高級住宅街の人たちは、金払いも良く、もう俺にとっては天国のような場所だ。

 もう懐はポカポカどころか熱いくらい。


 ただここに永住するつもりはない。幾つか拠点を設けて、そこらを主軸にして商売をして回ろうと思っている。

 そろそろ別の拠点を作りに福沢家を離れても良いかと考えているのだが……。


 ……うん、ここマジで居心地が良いんだよなぁ。


 何せ金がかからん。あれ? これさっきも言ったっけ? でもマジでこれが一番なんだよなぁ。

 今でも山奥に出向いてひっそりと暮らせるだけの資金と能力はある。


 だがモンスターを相手にするとなると、まだ心許無いものが多い。

 対抗する手段も購入することができるが、当然相応の値段はする。


 モンスターには強さに応じてランクが存在するが、最低は〝F〟だ。

 以前Cランクと戦闘し討伐した時に使用した武器がある。


 それは《爆裂銃》という代物なのだが、これ一丁で一千五百万円もするのだ。

 弾は自動生成してくれるし威力は十分ではあるのだが、連発はできない上、近過ぎると爆発の影響を俺も受けてしまう欠点がある。


 それに恐らくはBランク以上のモンスターを倒すことは難しい。

 それだけ1ランクの差はかなり大きいのである。


 つまりBランク以上のモンスターを倒すには、もっと強力な武器が必要になるというわけ。

 だがこれが高い。


 一応Bランクのモンスターにも攻撃が通じる《ウォーダイナマイト》というものがあるのだが、これは一回使い切りのくせに2000万円もするのだ。

 理解できただろうか。とにかく高ランクのモンスターと遭遇し、無事生還するには金がいくらあっても足りないというわけである。


 それこそAランクやSランクのモンスターと遭遇してしまえば、一億や二億では生き残ることはできないのだ。

 そのために俺は、地道な金稼ぎを毎日毎日行っている。


 まあ、逃げるだけなら今の状態でも何とかできるとは思うが。

 それでもやはり少しでも生存率を上げるためには、俺は努力を怠りはしないのである。








 夕食が終わり自室のベッドで横たわっていると、半分ほど開け放たれた窓から小さな影が部屋の中へと入ってきて、スッと音もなく俺の傍に降り立つ。


「――ご主人」

「!? ……ソルか。いやまあ……ビックリしたわ」

「す、すみませんですぅ!」


 フクロウはただでさえ羽音などがしない。このソルに至っては、超高速飛行をしても音がしないので、まったく気配が分からないのである。

 空気の微かな動きで捉えられるような修行なんて受けてないしな。


「何か収穫はあったか?」

「はいなのです。実はここから東に二キロほどの地点におきまして、五つの建物が一斉にダンジョン化しましたです」

「五つ? 一斉に?」

「その通りなのです。観察していたところ、ほぼ同時に」

「同時に……かぁ。その速度で世界中に広がっていくとなると、そう遠くないうちにすべての建物やフィールドがダンジョン化してしまうかもな」


 そうなれば一気にこの世界は、まさしくRPGそのものになってしまう。レベルシステムは人間にはないけど。


「あるいは世界そのものをダンジョン化させるのが目的……とか?」


 一体誰の仕業か、ただの災害なのか、それは定かではないが、今後人間が淘汰されていく速度は急速に早まっていくことだろう。


「ご主人、そのダンジョン化した建物なのですけど……」

「ん? まだ報告があったのか?」

「はいなのです。実はですね、人間の集団によってどうも攻略されたようなのです」

「! ……どういうことだ?」


 思わず跳ね起きてしまう。


「人間の集団? 自衛隊や警察じゃないんだな?」


 ソルはそれらの組織について知っているので、わざわざ人間の集団とは口にしないはず。


「武装した人間の集団なのです。警察などの国家組織とは別だと思いますです」

「ふむ……興味深いな。つまり一般人たちも狩られる側で大人しくするつもりはないってことか」


 ソル曰く、自衛隊のような訓練された連携などはなく、集団としての力も、個人としての力もお粗末。

 しかしながらそれを数で補って、ダンジョンに押し入りコアを破壊して攻略したのだという。


「コアを破壊すれば攻略できることを知ってる集団ってことか」

「そのようなのです。そして集団を指揮している人物がいたのです」

「まあそれは当然か。どんな奴だ?」

「四十代ほどの男性でしたです」


 指揮するだけじゃなく、そいつは自ら前線に立ちモンスターを討伐していたのだという。

 そしてその男は特に動きに無駄がなく、所持していた銃やナイフなどを駆使していた。


「銃……か。まあ今の世の中、銃を手に入れようと思えばそう難しくねえだろうしな」


 あの王坂だって持っていたのだ。手に入れる手段は幾らでもあるだろう。


「その指揮官の男は、どうやら仲間を募って次々とダンジョンを攻略していっているようなのです」

「なるほどな。つまり臆病な人間たちにとっちゃ、その男はまさに勇者そのものってわけだ」


 ただ聞くところ、銃を持っている仲間も結構いるとのことだが、それだけじゃそのうち頭打ちになるだろう。

 精々FランクやEランクのモンスター相手だけに通じる戦法だ。


 自衛隊ですらDランク以上のモンスター相手には手を焼いているのに、素人集団が勝てる相手じゃない。少なくとも今の戦力では、だが。

 今回、ダンジョン化した建物は、どれも小規模なもの。だからモンスターも弱い。


 奴らが中規模ダンジョンに挑む時、果たしてその理不尽さに打ちのめされないか……それが今後戦っていけるかいけないかの分岐点となるだろう。


「……武器、か」

「ご主人?」

「いや、そういう武装勢力に武器などを売るっていう商売もあるかもってな」

「あ、なるほどなのです!」

「今度は『死の武器商人』とでも名乗るか? はは、けどこの商売は結構リスクが高えかもな」


 一般市民もそうだが、武装勢力にとって武器の保持は何よりも大事だ。それが命綱になるのだから。

 仮に便利な武器商人がいたとして、馬鹿正直に交渉などしてくれるだろうか。


 金なんて用意できそうもない相手だったら、まず力ずくで脅してくるはず。

 死にたくなけりゃ、武器を全部寄越せ……と。


 こういうパターンになる可能性が非常に高い。武装勢力が金持ち集団ならともかく、一般人が集まって徒党を組んでる連中相手には、なかなか真正面から出向くわけにはいかないかもしれない。

 こういう時、ネットがあればマジで助かるんだが……。顔を合わせずにやり取りできるし……。


「そういやそういうアイテムもあったか?」


 俺は〝SHOP〟に入り、俺の考えに合った代物を検索し始める。


「お、これは良いな――《コピードール》。最大で二十四時間、指定した対象物を模倣することができる」


 つまり俺を模倣すれば、もう一人の俺として活動させることができるのだ。

 ただし《ショップ》スキルは使用不可能なのと、二十四時間経てば元の人形に戻ってしまうのは残念だが。


「一体150万円か……段々金銭感覚が麻痺してくるな」


 これでちょっと安いなって思ってしまうんだからな。

 俺は数体ほど購入しておき、一体だけを取り出し、残りは《ボックス》に入れておく。


「へぇ、こんな感じなのか。粘土人形みたいだな」


 人型をした粘土の人形そのもの。そこに何でも良いので、対象物の一部を埋め込むことで、対象を模倣した存在へと姿を変える。

 俺はとりあえず髪の毛を千切って、人形の中に埋め込んだ。


 するとグネグネとひとりでに人形が動き始め、徐々に巨大化して俺と同じくらいの体格になった。

 そしてまるで鏡でも見ているかのように、俺そっくりの人物へと変貌したのである。


「おお~、こりゃすげえなぁ。喋れるか?」

「当然だ。俺はお前のコピーなのだからな」


 何だか変な感じだな。こうして喋っている自分を真正面から見つめるのは。


「記憶も植え付けられてるのか? なあ、俺の誕生日を言ってみろ」

「七月四日」

「ふむふむ。俺の好物と、嫌いなものは?」

「好物はピザ。嫌いなものは――人間への期待」

「ははっ、正解だ」


 それは俺しか絶対に分からない解答だった。

 どうやら記憶も問題なく存在するようで何よりである。


 コイツを利用すれば、たとえリスクのある商売でも安全に事を運べる。たとえその場で殺されても、壊れるのは《コピードール》だけで、俺は死なない。

 それに思考や頭の回転もオリジナルと同じらしいので、俺が求めるものや認めないものも熟知しているだろう。


「よし、あとは元に戻すだけだが……」


 背の部分に黒い痣のようなものがある。これを三秒ほど押し続ければ、元の人形に戻るのだ。

 実際にやってみてちゃんと戻ったので、人形を《ボックス》へと収納しておく。


「ご主人、では明日からさっそく例の集団とコンタクトを?」

「いいや、まずは情報収集だな。奴らの動きをトレースする」

「なるほどです。さすがはご主人、抜かりはないというわけなのですね! そしてすべての準備が整ったあとは……」

「ああ、『死の武器商人』――活動開始だ」



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