第34話 これが今の日常
「いやぁ、海馬さん! 今回も素晴らしい食材で、本当に感謝してるよ!」
目の前でニッコリを笑顔を見せている石橋家の大黒柱である旦那さん。その周囲には、同じように嬉しそうに俺が持ってきた荷物を自宅へと運び入れる子供たちや奥さんの姿がある。
現在俺は、訪問販売員としての海馬を演じ、資金を地道に増やしていた。
福沢家の一件から、大金が手に入ったといっても、まだまだ足りない。もっともっと増やすためにも、こうした地道な努力が必要なのである。
「いえ、こちらこそ良い商売ができていますので感謝していますよ」
「そんな、あなたのお蔭で我々は、わざわざ危険な外へ出なくとも、こうして食材や雑貨などを補うことができている。あなたはまさに私たちのライフラインそのものだ」
この世界のあちこちで、ダンジョン化が発生し、そこから凶暴なモンスターたちが現れる。
モンスターたちは人間を襲う存在で、人間よりも圧倒的な力を有しているのだ。
最近ではダンジョン化した建物から、街中へと出てくるモンスターも増えてきて、おいそれと外出などできなくなっているのである。
水道、ガス、電気も停止し、人間たちは自給自足を要求されている状態だ。
その中で、俺という存在は、力を持たない人間たちにとっては幸運そのものだろう。
何せ自宅に居続けながら、食料の心配をしなくても済むのだから。
「そういえば隣の相田さんも、海馬さんにとても感謝しておったよ。君はまさにこの街の救世主だよね」
「はは、先程も申し上げましたが、あくまでも商売ですから。ちゃんとした利益に基づいているからこそ、こちらも相応のものを差し出せているのです」
「そう……だね」
するとそこで笑顔を崩し、旦那さんは険しい顔つきを浮かべる。
「確かに今はまだ、あなたに支払うべきものがあるからいいが、それがなくなった時のことを考えると……怖くなるよ」
そう、これは慈善事業じゃない。
もし俺に金を支払えなくなったら、そこで縁は切れてしまう。
それを彼も重々に理解できているのだろう。
「そうですね。しかしそれは自分としても同様です。今はまだ売るほどの商品がございますが、いずれそれも底をついてしまうやもしれません。私とて無限に食料を生み出せるわけではありませんから」
いいえ、金さえあれば無限に生み出せちゃうんだなぁ、これが。
俺だけに使えるスキル――《ショップ》を利用すれば、対価次第でどんなものでも手に入る。
衣食住だけでなく、武器やペットなど多種多様だ。
しかも本来地球上に存在しえないファンタジーアイテムも購入することができるのである。
そのお蔭で、俺はモンスターとも戦うことができるし、この世界の誰よりも生存率が高いという自負がある。
「それではまた、一週間後にこちらへ訪ねさせて頂きますね」
俺は挨拶を終え、そのまま踵を変えて誰もいない脇道へと入って行く。
そこで懐から《変身薬》を取り出し、それを服用する。
すると俺の姿が、ナイスミドルのおっちゃんから、少し陰りのある長身イケメンへと早変わりした。
そしてそのまま石橋家の向かい側にある屋敷へと近づいていく。
門ではなく、裏側にある扉のロックを外し、中へと入って行く。ちなみに鍵は、家主からもらっているので犯罪ではない。
何せここしばらく、この屋敷――福沢家で世話になっているのだから。
「おかえりー、鳥本さーん!」
家の中に入ると、嬉々とした表情で俺に飛びついてきた少女がいた。
「おっと、いきなり飛びついたら危ないじゃないか、環奈ちゃん」
「えへへ~、ごめんなさーい」
この子は福沢家の末っ子の環奈。少し前まで下半身麻痺に悩まされ、心から笑えずにいた十二歳の女の子。
彼女の父親である丈一郎さんは、彼女を治すために日々奮闘していたが、現代の医学ではどう足掻いても治療の目途は立たなかった。
しかしそこへ俺というイレギュラーが現れ、ファンタジーアイテムを使って環奈を治療したのである。
そこからの繋がりで、俺はこの福沢家の一室を借りて住まわせてもらっているのだ。
自宅で過ごすより金がかからないので、こちらとしては満足のいく生活をしている。
「ねえねえ、今日はどこ行ってたの?」
「少し外を散歩してたんだ。環奈ちゃんは?」
「私は庭でサッカーの練習してたよー!」
彼女の夢はプロのサッカー選手。実際ボールの扱いは凄く上手く、サッカーの知識も豊富だ。
もし世界がこんな状態になっていなければ、もしかしたら本当にプロになれたかもしれない。
いや、可能性としては限りなく低いが、将来、モンスターがいなくなることだって考えられる。
そうなれば世界は復興し始め、また以前のような平和が訪れるだろう。その時のために、環奈は今も夢を諦めていないようだ。
ただ最近、もう一つの夢を見つけたらしい。
何でも丈一郎さんのような立派な医者になることも視野に入れているとのこと。現代の赤ひげ先生とも呼ばれる偉大な父の背中を見て憧れを抱いたのかもしれない。
「あ、ソルちゃんは? 先生、一緒じゃないの?」
ソルとは俺が〝SHOP〟で購入した《使い魔》である。
当然ただの動物じゃなく、ソニックオウルというモンスターだ。その実力は、確実に人間よりも上で、俺もその気になったら瞬殺されるほどに強い。
見た目は可愛いくて小さなフクロウで、環奈はソルのことをとても大切にしてくれている。
「多分また一人で空の散歩だろうなぁ」
「そっかぁ。自由だもんねぇ、ソルちゃん」
実際は周囲の探索だ。
最近ではどんどん建物のダンジョン化が増してきている。
ここは高級住宅街ということもあって、もしダンジョン化した時は、それに便乗して人助けをし、その対価として金を要求するつもりだ。
下衆いと言われるかもしれないが、こんな世の中なのである。生き抜くためにはどんな泥水だってすすっていくつもりだ。
どうせ誰にどう思われようが、俺はまったく気にしないのだから。
「福沢先生は、今日も病院かい?」
「うん! 夕方には帰ってくるって言ってたよ?」
現在午後四時だ。ならもうすぐ仕事を終えて帰ってくるかもしれない。
「ねえ鳥本さん! ちょっとサッカーの練習に付き合ってもらってもいい?」
正直いって面倒だが……世話になっている以上は無下にはできまい。
俺は「いいよ」と返事をして、二人で庭へと出てしばらくボールを蹴っていた。
そうして午後六時になると、家主である丈一郎さんが帰ってきたので、皆で一緒に夕食を取った。
「それにしてもこの肉は、いつ食べても美味いもんだなぁ」
丈一郎さんが頬を緩ませながら、フォークに突き刺したローストビーフを見つめている。
「ええ、例の訪問販売の方から売って頂いたお肉はどれも絶品ですね」
丈一郎さんの奥さんである美奈子さんも満足気に頷いている。
もちろん二人の会話の中に出てくる人物は俺だ。石橋家から始まり、海馬の名も徐々にこの街中へと広まっていった。
そして最近、福沢家にも海馬として食材を売っているのだ。
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