第31話 因縁の終局

「……は、はあ?」


 俺はまひなちゃんを庇うように立ち上がって、王坂と真正面から対峙する。


「な、何言ってやがんだオッサン?」

「……オッサン……ね。まあこの格好じゃ分からねえよな、王坂」

「!? て、てめえ……何で俺の名前を……!?」

「お前がクズなことは高校でも分かってたけどな」

「高校……?」

「保護者の権力にしがみつき、自尊心と虚栄心の塊。そして、弱い者だけをイジメるしか能のないクズ野郎」

「な、何を言って……」

「分からねえか? じゃあ……これで分かるよな?」


 俺は変身を解き、自らの姿を王坂に見せつけてやった。


「――っ!? お、お、お前………………坊地……なのか?」

「その通りだ」

「い、生きてたのかよ……?」

「それはこっちのセリフだ、クズの王様?」

「くっ!? てめえっ、調子に乗ってんじゃねえぞ、坊地のくせによぉっ!」


 俺を見て愕然としていた王坂だったが、銃を握る手に力を込める。


「立場ってもんを理解しやがれ坊地! てめえはこの俺の玩具なんだ! ご主人様の言うことを聞きやがれ!」


 ああ……助かるわぁ。


「……ありがてえよ、王坂」

「は、はあ?」

「お前には同情の余地すらねえから……躊躇わずに済む」


 罪悪感なんて微塵も感じないから。


「な、何を……」

「――ソルッ!」


 俺が名前を呼んだ直後、王坂の銃を持つ右腕が宙を舞った。


「え…………う、腕ぇぇっ!? 俺の腕がぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 切断された部分から勢いよく血が噴き出ている。激痛にもがき苦しむ姿を見て、ただただ地に這う虫が苦しんでいるようにしか見えなかった。もう俺にとって、コイツはこんなにも矮小な存在と化していたのである。


 ソルは、王坂の腕を飛ばしたあとすぐに、またレッドアーマーの相手へと戻っていった。


「あっがぁぁぁっ! いでぇぇっ、いでぇぇぇよぉぉっ!」


 情けない声を上げながら、涙を流し床を転がる王坂。

 俺はもうコイツには興味を失う。どうせそのまま放置したところで、モンスターに捕まって殺されるのがオチだろうから。


 そのまま踵を返し、まひなちゃんと向かい合う。

 すると俺の顔を見た彼女は、


「! お、おにい……ちゃん? トリしゃんのおにいちゃん?」

「ああ、そうだ。迎えに来たぞ、まひなちゃん」


 俺が安心させるように膝を折って頭を撫でてやると、まひなちゃんは俺に抱き着いてくる。そしてそのまま声を上げて泣き始めた。


「よく頑張ったな。偉いぞ」


 泣きじゃくるまひなちゃんをそっと抱きしめ、背中をポンポンと叩いてやる。

 そしてそのまま彼女を抱えながらゆっくりと立ち上がった。


「すぐにお姉ちゃんのとこへ連れてってやるからな」

「ほんと?」

「ああ、本当だ。だからもうしばらく我慢してな」

「うん!」


 正直、素顔を見せてしまったのは予想外だが、こればかりは俺が感情的になってしまったせいだ。反省しなければならないな。

 さて、あとはここから離脱するだけだが……。


〝ご主人! レッドアーマーがそちらに向かいますです!〟


 刹那、脳内にソルの言葉が響き渡った。

 見ればレッドアーマーが、再び俺たちをターゲットにしたのか向かってきている。

 このまま見逃してくれれば穏便に事が終わったというのに。


「……しゃあねえな」


 俺はまひなちゃんを左腕に抱え、《ボックス》を開いて、あるものを右手で取り出す。

 それは赤と黒を基調とした一丁の銃。


「《爆裂銃》のお披露目だ――食らえ」


 カチッと引き金を引いた瞬間、銃口から凄まじい速度で球体状の弾丸が飛び出した。


 そして弾丸がレッドアーマーの腹部に命中すると――ドカァァァンッ!


 小規模爆発を引き起こし、レッドアーマーを後方へ弾き飛ばすことに成功した。

 この銃で発射された弾は、今のように命中すると爆発するのだ。


 ただし使いどころを誤れば、爆発の影響がこちらにも向くし、弾は自動生成されるものの、一度撃つと五秒間のリロード時間が必要となり、連射ができないという欠点もあるので、使う時は注意が必要である。


 今の俺がしたことを、信じられないといった面持ちで王坂が俺を見ていた。痛みすら忘れているかのようにだ。

 イジメていた奴が、自分よりも圧倒的に強い存在を吹き飛ばしたことに愕然としているのだろう。


 倒れたはずのレッドアーマーが、のっそりと起き上がってきた。


「これでもまだ倒せねえのか。さすがはCランクってとこだな」


 それでも鎧には無数のヒビが入っているようで、動く度にボロボロと剥がれ落ち始める。

 そしてちょうど胸部のプレートが外れた時、ギョッとするものが目に入ってきた。


「アレは――コアか?」


 これまで目にしたものと似たようなものが、奴の胸部に埋め込まれていたのである。

 俺は今までコアは、ダンジョン内のどこかに隠されていると思っていたが、モンスターそのものに埋め込まれている可能性もあるってことを初めて知った。


「ならちょうどいい。これで――終局だ」


 受けたダメージが大きいのか、のっそりと動くレッドアーマーに向けて、俺は再度銃の引き金を引いた。

 弾丸は真っ直ぐ奴の胸にあるコアへと吸い込まれていき、そして――。


 耳をつんざくほどの爆発とともに、レッドアーマーの身体が霧散し、光の粒となって空へと消えていった。これでダンジョン攻略だ。

 建物内にいたモンスターもすべて消えただろう。


 あとは子供たちを連れて外に出るだけ。


「――待ちやがれぇぇぇっ!」


 出口へ向かおうとした矢先、またも王坂が声をかけてきた。

 見ると、痛む右足を押しながら立ち上がり、左手で銃を向けてきていたのだ。


 コイツ……まだ隠し持ってたのか。


「何か用か、クズ?」

「坊地ィィィッ! その武器をォ……俺に寄越せェ!」

「アホか、断る」


 王坂の額に面白いほどくっきりと青筋が浮かび上がる。怒りのボルテージがマックスを超えたのだろう。

 無理もない。弱者でイジメの対象だった俺なんかに見下されているのだから。


「その目だァ……いつもいつもいつもいつもいつもォォォッ、何でてめえは俺に屈しねェんだよォォォッ!」


 コイツにあるのは、ただただ支配欲。相手を征服し、自分が上に立っていることを実感したいだけの小物。

 力というモノを勘違いした哀れな存在である。


「てめえだけ! てめえだけなんだよっ! 教師だって生徒だって全員がこの俺に逆らえねえ! 全部思うがままだった! 歯向かう奴は全員屈するか学校を去った! ああ、哀れにも死んじまった奴もいたなぁ! ったく、心の弱えクソどもだぜ! アッハッハ! そうだよ! 俺は学校では王だったんだ!」


 そこまで自分を高く評価できるなんて、逆に感心させられる。


「なのに……なのに何でてめえは思い通りにならねえっ!」

「…………」

「その目を止めやがれってんだぁぁぁ!」


 分かっていないようだ。今の俺の目は、コイツが他者を見る時と同じ目だというのに。


 俺は抱いているまひなちゃんの顔を胸へと持って行き、これから起きることを見せないようにした。


「てめえは黙って、俺の言うことだけに従ってればいいんだよぉぉっ!」


 いきなり発砲してきた王坂だったが、俺は銃口の向きとタイミングを見計らって回避した。

 《パーフェクトリング》によって五感も鋭くなっているので、集中すれば今の王坂が放つ銃弾なんて簡単にかわせる。


 ギョッとした王坂だったが、すぐにニヤリと笑みを浮かべた。


「い、今のはわざと外してやったんだァ。さあ、殺されたくなかったら、そんなガキを捨てて俺を下へ連れてけェ」


 嘘を言うな。完全に狙ってただろうが。


 ……そうだな。コイツはもう、放置できねえ。ここらで終わらせておこうか。


「王坂……一つ覚えとけ」

「あァ?」

「人を傷つけることしかできないお前は――ただの獣だよ」


 刹那、またもソルによって残った左腕を吹き飛ばされた王坂。


「んぎゃあぁぁぁぁぁっ!?」

「いちいちうるせえよ、王坂」


 俺は奴に向けて《爆裂銃》の銃口を向ける。


「ま、待て待て待てぇっ! わ、分かった! 分かったよ! 謝るからっ! だから殺さないでくれよぉぉぉっ!」

「お前に命乞いをする資格なんてねえよ」


 俺は静かに引き金を引いた。


「え――」


 それが王坂が、最期に口にした言葉だった。

 彼は弾丸の爆発を受け、レッドアーマーのようにその身を爆散させたのである。


「お前のせいで自殺をした連中もいる。あの世で何度も殺されてこい、クズ野郎」


 俺は銃を《ボックス》に片づけると、出口で待っているはずの子供たちのもとへ急ぐ。

 子供たちと再会すると、「だれ?」的なことを言われたので、《変身薬》を使って救出した時と同じ顔を作った。


 当然子供たちは不思議がっていたが、「これはヒーローとして姿を隠すためだ」というと、何故か感動したかのように子供たちは納得してくれたのである。

 そして外に出ると、脱出した人たちと合流することができた。


 恐縮するほど感謝されたが、俺は急ぎの用があるという言い訳で、まひなちゃんと一緒にその場を離れたのである。




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