第29話 人質の存在

「ふぅ~、次の部屋を探してみるか」


 一息吐くと、不意に何で俺がわざわざファンタジーアイテムを消費してまでこんなことをしなければならないのかという疑問が浮かぶ。


 ここに取り残されている人々を救ったところで、俺にメリットなどほぼ無いだろう。それどころかデメリットの方が大きい。


 少なくとも俺という人外じみた力を持つ人間がいることを知られるのだから。それに貴重なアイテムだって消費している。正直バカげた行為にしか見えないだろう。


 なのに何故……?


 それを考えたら本当にバカらしくなるので、俺は頭を振って思考を捨て去る。どうせもう来てしまったんだ。こうなったら最後までやってから反省をすればいい。

 俺は溜息を吐きながら、次の部屋を探索しようとしたところ、


〝ご主人! 聞こえますですか?〟

〝! ソルか? 何かあったか?〟

〝二階のモンスターの掃討、終わりましたです〟


 相変わらずすげえ強さだ。本当に頼もしい。

 しかし人の姿は発見できなかったという。幾つもの死体は発見したらしいが。


〝了解した。ならお前はそのまま三階へ向かってくれ〟

〝畏まりましたです!〟


 仕事の早い部下がいるのは上司としてマジで助かる。

 それにしても二階には隠れている人がいなかったか。一階にも今のところ見つからない。


 十時の妹や他の連中は一体どこに隠れているというのか……。もしくはすでにモンスターに殺されてしまったのだろうか……。

 そう考察しながら探索を進め、一階部分のほとんどを見て回った。


 遭遇するモンスターは、ほぼ《モンスターキューブ》に捕獲した。実はこの捕獲は、討伐よりもあるメリットがある。倒して素材はゲットできないものの、まだ生きているということで、新しいモンスターが増えないのだ。だから探索に非常に役に立つ。


 ただ二階や三階部分のモンスターは、ソルにほぼ全滅させられているだろうから、その分のモンスターが一階に現れてもおかしくはないが。


「あとは地下……か」 


 俺は階段の前で佇んでいた。そこへまたソルから連絡が入る。


〝ご主人、三階に生存者発見なのです!〟

〝何? どこにどんな連中がいた?〟

〝図書室にあるスタッフルームという部屋の中に、三名の男女が立てこもっているみたいなのです〟

〝三名? そこに子供はいるか?〟

〝いないのです!〟

〝そっか……ならそこは放置して、コアを探してくれ〟

〝救助は良いのです?〟

〝どうせコアを破壊すれば全員が助かる。いちいち見つけた奴らを引き連れて脱出してたんじゃ効率も悪いしな〟


 それに目的の人物以外は、正直どうなっても関係ない。


〝了解しましたです! では任務に移るですよ!〟


 俺はそのまま地下へと降りていく。

 そこは売店や身体を動かすための体育室や、物置として使っている倉庫などがある。


 売店には、すでに目ぼしい商品などなくモンスターが暴れ回ったのか、そこかしこが破壊されていた。

 一つ一つの部屋を罠が無いか確かめながら確かめていく。


 比較的広い規模を持つ体育室には、やはりモンスターがそれなりの数がウヨウヨしている。

 ここはレクリエーションや軽スポーツで使う、卓球台や体操マットなどが置かれていた。社交ダンス用に鏡貼りした壁も設置されている。


 どうやらここには人が隠れるスペースはないようだ。

 俺はそっと扉を閉めると、次の探索に移っていく。


 通路にもモンスターがいるが、《モンスターキューブ》を使ってサクッと片付けながら進んでいき、最後に倉庫の扉を開けようとするが、どうも内側から鍵がかかっているようだ。

 モンスターが鍵をかけるとは思えない。まさかと思い、俺はトントントンとノックをしてみた。


 もしモンスターが向こう側にいるなら、今の音に反応して何かしらの気配を感じ取ることができたが、不自然なほど静かである。


「…………もしかして誰かここに隠れてますか?」


 意を決して声をかけてみると――。


「た、助けが来た?! お、おいみんな! 人がやって来たぞ!」


 向こう側から複数人の声音が飛び交う。やはり取り残されていた人たちが、この奥に隠れていたようだ。

 すると扉がガチャッとロックを外す音がしたあとに、ゆっくりと開いた。


 そしてその奥にいる人が、俺の顔を見て心底安堵したような表情を浮かべる。


「か、怪物は?」

「一応ある程度倒しました」

「た、助かるんだね、我々は!」

「落ち着いてください。嬉しいのは分かりますが、あまり大きな音を出さないでください。まだモンスターはいるんで、気づかれると厄介ですから」


 すると喜びそうになった者たちは、一様に口を押さえた。

 一、二、三……全部で六人。倉庫自体はとても狭く、物もいっぱいあるから鮨詰め状態だ。よくもまあここで何十時間も耐えたものである。


 しかし残念ながら、ここにもお目当ての人物はいなかった。


「あの、助けに来てくれたのは君一人かい?」


 スーツを着用した六十代の男性が、俺に尋ねてきた。


「はい。どうやら僕の知り合いが取り残されていると聞いたもので、いてもたってもいられず。それで……お聞きしたいんですが、五歳くらいの女の子はいませんでしたか?」


 俺はまひなちゃんの特徴を覚えている限り伝えた。


「う~ん、誰か知ってるかい?」


 他の人に聞いてくれる男性。

 するとその中の一人が答えてくれた。


「ああ、その子なら……アイツが人質にしてたよ」


 人質という言葉に思わず表情が強張ってしまう。


「アイツ……とは?」

「ここにモンスターが現れる前に、若い連中が食料とか飲み水を出せって襲い掛かってきたんだ」

「それは噂で聞いています」

「そんで、最初はもちろん公民館の人たちも拒否してたんだけど、アイツ……若い連中を仕切ってたリーダーみたいな奴が、その子供を人質にしやがったんだよ」


 当初、若い連中が攻めてきた時、十時たちは公民館の中へ避難したらしい。

 だが若い連中……もう賊でいいか、賊が建物内へ攻め入り十時たちを追い詰めていった。


 三階まで追い詰められた十時たちの中から、子供たちを見繕って賊が人質にし、屋上にある物置小屋に閉じ込めたらしい。


「屋上……」


 そんな場所がまだあったのか……。

 さすがに子供たちを見捨てるわけにはいかないということで、職員たちも食料などを渡すことを決めたという。


 だがその直後に、ダンジョン化が起きてこんな事態になってしまったとのこと。


「じゃあ屋上に行けば子供たちが?」

「多分……けど、アイツや他の仲間たちも一緒に物置小屋に隠れてると思うし……」


 そういう男性の表情は険しい。

 すでに鬱陶しいからと子供たちが殺されている可能性があるのだろう。そうでなくとも囮や何かで利用されたケースも考えられる。


〝ソル、すぐに屋上に向かえ。そこで物置小屋の様子を確認するんだ〟

〝畏まりましたです!〟


 俺は少しだけ見えてきた希望を確かめるために、屋上へと向かわなければならない。


「あなたたちは、ここから早く脱出してください。俺は子供たちを救出に向かいます」

「き、君一人でかい!?」

「その方が効率が良いので」


 足手纏いはいらないのだ。

 俺はすぐさま踵を返して、階段を勢いよく登っていく。

 するとそこへソルから連絡が入る。


〝ご主人! 確認しましたです!〟

〝聞こう〟

〝屋上には六体のモンスターあり。そのうち一人はCランクのレッドアーマーというモンスターがいるです〟

〝Cランク……強いのか?〟

〝全身を赤い鎧で纏っていて、防御に定評のあるモンスターだったはずです。悔しいですが、ソルの火も通じないかと〟


 なるほど。別格なモンスターがそこにいるということは、どこかしかにコアがあるということ。


〝コアの確認はできたか?〟

〝いいえ、少なくとも見える範囲にはありませんです。恐らくは例の物置小屋ではないかと〟


 やはりそうなるか……。


〝小屋の中は確認できるか?〟

〝窓も内側から目張りされていて確認できないです〟


 恐らくはモンスターに気づかれないように、中にいる連中が施したのだろう。

 扉にも当然鍵がかかっているはず。


 しかも扉の近くに、例のレッドアーマーがいるので、おいそれと脱出もできないのだろう。

 すでに子供たちは殺されていて、中にいるのが賊だけならこのまま放置して帰るのだが、少なくとも確認するまでは攻略を止めるわけにはいかない。


「仕方ないな。――《ショップ》だ」


 俺はスキルを使って、〝SHOP〟へと赴く。

 そこである商品を購入してから、それを手に取り屋上へと駆け上がっていく。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る