第28話 これはただの気まぐれ
――翌日。
俺はソルを福沢家に預けて、一人ある場所へとやってきていた。
【令和大学総合病院】――そこは丈一郎さんが勤める仕事場である。
何故俺がここに来たのか、正直俺にもよく分かっていない。
ただ何となく気になり、坊地日呂の姿でここへ足を運んでしまっていたのだ。
待合室は常に満員状態で、救急もまたひっきりなしにサイレンの音が響いていることから、超多忙なのだろう。
受付や看護師たちも精一杯顔には出さないようにしているが、時間に追われている様子がありありと見える。
「……はぁ、こんなとこまで来て何やってんだか」
自分で自分がアホらしくなる。
ここに来た目的。そんなこと分かっていた。
丈一郎さんに聞いた、ここに運ばれたという十時恋音のことが気になっているのだ。
公民館で完全に決別しておいて、一体俺は何をしているんだか。
それに彼女の病室も知らないし、ナースステーションでも聞き辛い。かといって一つ一つ病室を見て回るのも変だ。
少し頭を冷やそうと思い、病院の屋上へと向かった。
そこは軽く散歩できるくらいに広く、緑や花壇などもあって、憩いのスペースとして確保されている。
ベンチなどに座って風を浴びている患者もいた。
「へぇ、結構見晴らし良いんだなぁ。めっちゃ高えし、さすがは大病院」
俺はフェンスへと近づき、そこから見える眺望に思わず感嘆していた。
すると何気なく顔を右に向けると、雨除けの屋根の下に設置された一つのベンチに座っている人物を発見する。
……! …………十時。
そう、彼女だった。右足にギプス、傍には松葉杖が立てかけられている。ピンク色のパジャマ姿で、意気消沈した様子で顔を俯かせていた。
まさかこんなところで会うとはと思い、思わずギョッとしてしまったが、すぐに表情を引き締めて、彼女の背後へと少しだけ近づく。
「っ……ひぐっ……」
突然嗚咽し始めた十時に、俺は反射的に足を止めてしまう。
顔を両手で覆い、十時は涙ながらに喋り始める。
「まひ……なぁ……っ」
まひなとは彼女の妹の名前だ。
「誰かぁ……っ、神様……お願いっ……しますっ! どうか妹を……まひなを助けてぇぇっ……!」
もう彼女には祈ることしかできないのだろう。
今の状態の彼女では、満足に歩くことすらできないから。
ただそんな願い、神様が叶えてくれるとは絶対に思っていないはずだ。
もしそうなら、世界がこんな状態になっていないし、大切な妹が危険に晒されたりなんかしないだろう。
世界はずっと平和で、笑顔だけが溢れる世の中になっているはず。
それでも彼女は、有りもしない希望に縋ることしかできないのだ。
俺は柱の陰に身を潜ませながら、ジッとその場から動かない。
そして不意に十時が懺悔するかのように口を開く。
「……これももしかしたら、私が最低なことをした罰……なのかも。自分可愛さに……坊地くんを見捨てた私への……っ」
!? ……本当にバカな奴だ。いつまで俺のことを引きずっているつもりだか。
「ごめん……ごめんなさいっ……坊地くん…………ごめんね、まひな……」
最後にその言葉を聞いた俺は、静かにその場を後にした。
病院から出た俺が向かったのは――公民館。
いまだ警察が動けていないようで、何のバリケードもされていない。
そのせいで、公民館の周りには人気が無く、複数のモンスターがウロウロしていた。
ただ幸いなのは、無数にモンスターが生まれているわけじゃなく、ダンジョンにはモンスターの数に限りがあるようで、減った時のみ時間をおいてリスポーンするようだ。
そのため、無限にモンスターが増殖し街中に放流されているわけでない。
ただそんな制限も、もしかしたらそのうち解除されたりするかもしれない。そうなれば、たった一つのダンジョンを見過ごしているだけでも、モンスターが次々と生まれ出てくる危険性があり、そうなれば本当に人間は究極的に追い詰められてしまうことだろう。
「攻略するとしたらモンスターはある程度放置して、真っ先にコアを破壊すべきなんだが……」
公民館はそこそこ規模が大きい。ここは図書室も併設されていることから、普通の公民館よりも広いのだ。
建物は三階建てで、地下室まである。
一階は絵画などの美術品が飾っているギャラリーや、グループ室などがあり、二階は多目的ホールとなっているのだ。会議室や音楽室、また児童室なども設置されている。
三階が図書室兼イベントホールとして利用されているようだ。
一度、この公民館には小学生の時に社会科見学として尋ねているから覚えている。
「幸いなのは周りに人がいないこと、だな」
これなら多少人外じみた力を振るったところで、誰にも見られる心配はない。
しかし念には念を入れておく必要はあるので、《変身薬》を使って細マッチョなスポーツマンタイプの男性へと姿を変えた。
俺は周りを警戒しながら公民館へと接近するが、入口にモンスターが二体いる。気づかれずに侵入することは難しいだろう。
《鑑定鏡》を使って調べてみると、ソルジャーゴブリンという、ゴブリンの上位種だということが分かった。
確かにゴブリンと似通っている風貌ではあるが、身体つきが一回り大きいし、その手には物騒な剣を握っている。
「ランクはEか。ソル、行けるな?」
「はいなのです!」
ここに来る前に、ソルを福沢家から回収しておいたのだ。
ソルは俺の指示に従って高速で飛行し、ソルジャーゴブリン二体の胸を貫いて、瞬く間に討伐してしまった。
よし、さすがはソルだな。
ソルと出入口で合流し、そのまま素早く中へと入って行く。
「ソル、お前はこのまま二階へ上がって探索。何かあれば《念話》で知らせろ。特に問題なければ、そのまま三階も頼む」
「任せてくださいなのですぅ!」
ソルはCランクだ。そんじょそこらのモンスター相手に遅れは取らないだろう。
俺はソルと別れると、一階を隈なく探索することになった……が、
「こいつは酷えな……」
あちらこちらに血の跡があり、骨のようなものまで散らばっている。まず間違いなく、モンスターに食われたであろう人間の骨だ。
すると目前にある扉の前に、先程のソルジャーゴブリンがうろついていた。
……できるだけ音を立てずに仕留めるには……コレだな。
俺は《ボックス》から、キューブ状の物体を取り出す。
そしてその物体を、奴が後ろを向けた瞬間に投げつけ、その身体に当ててやったのだ。
直後、キューブの真ん中に亀裂が走りパカッと二つに分かれ、その中にソルジャーゴブリンが圧縮された感じで吸い込まれて消えた。
ソルジャーゴブリンを吸い込んだキューブが、元の形へと戻って床へと落下する。
コトン――と、小さな音だけを立てて転がったキューブが、僅かに発光していた。
しばらくすると発光が収まり、俺はふぅ~と息を吐く。
今のは《モンスターキューブ》というファンタジーアイテムだ。
見て分かるかもしれないが、モンスターに当てることで発動し、その効果は捕縛。キューブの中にモンスターを閉じ込めておくことが可能なのである。
ただしもちろん失敗もあるので、捕縛できるかはランクと時の運といえるだろう。
ソルジャーゴブリンがいなくなったお蔭で、その先の扉へと進むことができる。
ただ扉に触れる前に、またも《ボックス》からある機械を取り出す。
それは時計型のデバイスで、名前を――《トラップウォッチ》。
その名の通り、罠を探知し知らせてくれるし、解除も行うことができる代物だ。
扉にはトラップが設置されていることが多いので、俺はこのアイテムを操作して確かめてみた。デバイスから出る赤い光が扉に当たると、それで罠かどうか判定してくれる。
すると案の定、画面には反応があり、トラップが設置されていることが分かった。
デバイスに備わっている解除ボタンを押すと、今度は青い光が出て扉に当たる。そして少しすると、デバイスの画面にOKという文字が浮かび上がった。これで解除成功だ。
扉を開けて中へ入ると、そこはいろいろな展示品が飾られているギャラリースペースが広がっていた。
俺は周囲を警戒しながら歩いていると、右側の壁に飾られていた人物画の中から、まるで3D映画のように人物が飛び出てきて、俺の首を絞めてきたのである。
「ぐっ……こ、このぉっ!」
顔面を殴り飛ばしてやると、そのまま絵の中へと戻っていった。
しかしその戦闘をきっかけに、次々と絵の中から絵に描かれたものが出現してくる。
どうやらこの絵画自体がモンスター化してしまっているようだ。
ソルがいれば、すべて燃やし尽くしてやるんだが、俺はさすがに火を吹くことはできない。それにこの数じゃ、《モンスターキューブ》も追いつかない。
だがコイツらはそれほど強いわけでなく、ゆったりと動きでもあるので、次々とパンチやキックを繰り出して吹き飛ばしていく。
どうやらここにも人はいないようだ。そう判断した俺は、元の道を引き返し部屋から出た。
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