第25話 人間の力

 しばらく福沢家に世話になることになったが、少し気を使ったのはやはり変身姿についてだ。

 一応時間には注意して、バレる前に再度薬を使って変化し直しているので現状問題ない。


 あるとしたら寝ている時だが、この家にいる間は睡眠時間は五時間半に設定し、寝る前に薬を服用し、その前にアラームで目覚めるようにしている。

 またそれだけじゃ不安ということもあり、事前にソルには俺の部屋にやってきてもらって起こす役目を担わせているのだ。


「ねえ鳥本さん、今日はお出かけするって言ってたけど、どこに行くの?」


 現在福沢家の者たちと一緒にテーブルを囲んで朝食を取っていた。

 昨日丈一郎さんには、前もって本日外出することを伝えていたのだ。それを環奈が聞いたのだろう。


「ずっと家の中に閉じこもっていたら身体が鈍ってしまうからね。散歩がてら、少し街を見回ってこようと思って」


 ここに世話になって三日。そろそろ次の商談相手を見つけようと思っていた。

 意外にもここが居心地が良く、出費もほぼ無いので気づけば三日も経っていたのである。


「いいなぁ、私もついていったらダメ?」

「こら環奈、鳥本くんを困らせたらダメだぞ。それに外は危険がいっぱいなんだから」


 そう窘めるのは丈一郎さんだ。せっかく笑顔を取り戻した娘を、外にいる危険な人間やモンスターに奪われたくはないだろう。


「でもせっかく自分の足で歩けるようになったんだもん。私だって散歩したいし」


 ここらへんが子供だろう。いや、人間の性か。

 最初は歩けるだけで十分だと願っていても、いざ完全復活すると、やはりその先へと欲望が湧いてしまう。それは仕方なの無いことだと分かっても、丈一郎さんにとっては外に出すのは不安なはず。


 しかし娘の希望も叶えてやりたいという葛藤もあって、「むぅ……」と丈一郎さんが思い悩んでいる。


「あなた、まだあの子たちに伝えていなかったでしょう? 環奈が治ったこと。良かったら、環奈を連れてあの子たちに会いに行ってはどうかしら?」

「お前……そうだな。こういう時、電話が使えれば助かるんだが、あの子たちもずいぶんと環奈を気遣っていたからな。こちらから出向いた方が良いかもしれない」


 美奈子さんや丈一郎さんがいうあの子たちとは、長男と長女のことらしい。

 そういえばこの家にはいない。二人ともすでに自立し、自分の家庭を持っているとのこと。


「どうだろうか鳥本くん、君も来ないかい?」

「はい?」

「それがいいよ! ねえ鳥本さん、一緒に行こ!」


 まさか誘われるとは思わなかった。しかも断れば泣きそうな顔をしている環奈がいる。

 まあいずれ丈一郎さんの、長男と長女にも会うことがあるだろうと思っていたので、ここらでコンタクトを取っておいても別にいいだろう。


「分かりました。ではお世話になります」

「やったー! 久しぶりのお出かけだー!」


 車椅子の時は、もう少しおしとやかなお嬢様って感じだったが……いや、こっちが環奈の素なのだ。元気で明るく、人懐っこい性格。


「でもあなた、道中気をつけてくださいね。最近、また怪物が出現したという話も聞きますから」

「うむ、分かっているよ。大丈夫、環奈は必ず守り抜く」


 まあ俺も近くにいるしな。せっかくの太いお客様だ。できる限り失いたくはない。

 俺に対処できる問題ならば解決しようと思う。


 三十分後に家を出るということになり、俺は自分に与えられた部屋へと戻る。


「ご主人、ソルはどういたしましょう?」

「お前もついてこい。環奈の傍にいて、仮にモンスターが襲ってきて俺の手が間に合わなかったら手を出せ。ただしなるべく火は吹くな」

「了解なのです!」


 ビシッと可愛らしく敬礼するもんだから、思わず頬が緩んでしまった。

 さすがに火を吹くフクロウなんていないから、ハッキリいって説明が面倒だ。これも例の一族の秘密的な感じで押し通せなくもないが。


 まあいざとなったらそうしよう。そうするしかない。

 にしても美奈子さんの言う通り、最近建物がダンジョン化するケースが爆発的に増えているのは確かだ。


 一応毎日ソルに周辺を見回らせている。その結果、確実にダンジョンと化した建物の数が多いことが分かった。

 近いうちにここもダンジョン化してしまうかもしれない。そうなった時、できるだけ早く処置しなくてはならない。


 ソルだけではダンジョンを攻略できないからだ。願わくば俺がいる間にダンジョン化してくれれば幸いだが。

 ただダンジョン化の法則も分からない現状、先のことを考え過ぎてビクつくのも性に合わない。なった時はなった時だし、その時の状況に従って対処すればいい。


 俺はリュックを背負うと、ソルを肩に乗せて部屋を出た。

 外出は当然丈一郎さんの車を利用して行われる。


 俺、丈一郎さん、環奈、そして運転手の佐々木さんだ。

 さすがにリムジンというわけではないが、丈一郎さん曰くウン千万する外車だという。

 乗り心地も悪くなく、ソファもゆったりと座っていられる。


 俺の隣では、環奈がソルを膝の上に乗せて窓の外をキラキラとした目で見つめていた。

 こういう外出も久しぶりなのだそうだ。


「そういえば鳥本くんに聞いておきたいことがあったのだが、いいかね?」


 助手席に座っている丈一郎さんからの質問だ。俺が「遠慮なくどうぞ」と答えると、彼は面白い質問をしてきた。


「君はこの世界が変貌した理由についてどう思うかね?」


 てっきり俺の一族のことや、旅先でのことを聞いてくるかと思ったが違った。


「そうですね。もしかしたら神が地球の支配者を挿げ替えようとしているのかもしれませんね」

「ほう、それは面白い見解だ。いや、しかし真理かもしれんな」

「どーいうこと、パパ?」


 どうやら環奈も興味を持ったようだ。


「環奈、我々人間……種族的に言えば『ホモサピエンス』だが、『ホモサピエンス』もまた、先人を力で滅ぼした結果、今の世の中が出来上がったんだよ」

「そうなの?」

「ああ。いわゆる弱肉強食。弱い存在は淘汰され、強い者が生き残ってきた。少し前、その強い者……地球の支配者たる存在は我々『ホモサピエンス』だったんだ」

「えーと……つまり、今度は私たちが倒されちゃう番ってこと?」

「鳥本くんの言ったことが真実とするならそうなるね」

「そんなの……嫌だよ」


 明らかに落ち込む様子を見せる環奈。いちいち反応が素直な子である。


「環奈ちゃん、あくまでもそういうふうに見える一面もあるってことだよ」

「鳥本さん……」

「今、世に蔓延ってるモンスターと呼ばれる怪物。それは明らかに人間より凶悪で凶暴で、そして……何よりも生物としての力が強い。環奈ちゃんは漫画やゲームは好き?」

「う、うん」

「その中にドラゴンや魔王といった存在も出てくる?」

「そういうお話もあるよ」

「もしそんな存在が実際に現れたら、ゲームみたいに魔法やスキルを持たない人間が勝てると思う?」

「それは……ううん。だって中には一瞬で山とか街を壊滅させられるようなドラゴンとかだっているんだよ! そんなの……勝てっこない」

「俺もそう思うよ。たとえ軍隊でも厳しいだろうな。一体だけならともかく、そんな力を持つ奴らが何十体も現れたら、人間の天下はそこで終わる」

「……鳥本さんは、次の地球の支配者はモンスターって考えてるの?」

「だからそういう考え方もできるってこと。ただ忘れちゃならないのは、人間個人にはモンスターほどの力はなくとも、それを補えるだけのものがちゃんとあるってこと」

「え? そんなのあるの? あ、ミサイルとか?」

「ん、それもそうだけど、人間個人のものじゃないな」


 環奈は「う~ん……」と眉をひそめて考え込む。


「分からないかい? 神が人間に与えたもので、何よりの武器になるもの。まさに今、環奈ちゃんがやっていることだよ」

「え?」

「それは――知恵さ」

「知恵?」

「つまりは考える力のこと。人間には考え、その考えをもとに様々なものを生み出す力がある。さっき環奈ちゃんが言ったミサイルも然り、ね」

「考える力……」

「人間はそう簡単に滅びたりしないさ。伊達に何十万年もの間、地球の支配者をやってきていないよ。きっといずれ反撃の狼煙を上げると思う」

「……そっか。だったらいいなぁ」


 ……ま、その可能性はあるという話だけどな。


 実際にドラゴンが何十体と現れて、街を襲い始めたらどうしようもないだろう。

 それに敵はドラゴンだけじゃない、それに匹敵するようなモンスターだっているはずだし、実際にゴブリンですら簡単に殺されてしまうのが人間だ。


 そして今、急速に地球のあちこちでダンジョン化の速度と規模が広がっている。

 まさしく終末の足音がどんどんと近づいているのだ。


 またそれに伴い、人間たち同士の争いだって激化していくだろう。

 乱世はもう訪れている。この時代の最中、強い人間が弱い人間を淘汰し始めていく。


 敵はモンスターだけじゃないのだ。同種であるはずの身内からも出てくる。

 信じられるのはそれこそ家族だけという小さなコミュニティになってくるとしたら、それはもう人間という種の終わりを意味するのかもしれない。


 だからこそ俺はもう人間は信じないし、利用できるかできないかでしか判断しない。

 あくまでも俺は俺の命を守るため。思う存分に自由を満喫するためだけに行動する。

 この福沢家の者たちもまた、俺に利用されている糧でしかない。


 こんな冷めた今の俺を見たら、親父はどう思うだろうか。

 決まってる。人間を諦めんなって言ってぶん殴ってくるだろう。


 けど親父、悪いけど俺にはもう……人間に未来なんかねえって思うんだ。だから俺は、ずっと一人でいい。


「……鳥本さん?」

「ん? えと……何か言った?」

「あ、ごめんね。何か鳥本さんが悲しそうに見えたから」


 悲しそう……? 俺が?


「……そんなことないさ。昨日ちょっと夜遅くまで考え事をしててね。少し寝不足なだけさ」

「そう? それならいいけど」


 そうだ。悲しいなんてあるわけがない。そんな感情なんて、もう俺の中に存在しない。

 誰かに期待するから、それを裏切られた時に悲しい思いをする。


 だったら何も期待などしなければいい。信頼など向けなければいい。

 人と人の繋がりなど、ただの利害関係だけがあればそれで十分。


 だから悲しいなんて今の俺が思うわけがないのである。

 それから俺は、他愛もない話をしてくる環奈の相手をしながら時間を過ごしたのだった。


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