第24話 商談成立

 俺はその間に、窓を開き、


〝――ソル〟


 と心の中で声をかけた。

 するとどこからか、音もなく飛んで来たソルが、俺の肩の上に止まった。


「監視、ご苦労だったなソル」

「はいなのです! 特に異常は見当たりませんでしたぁ」

「そうか。そういえば環奈との接触も命じたけど、彼女はどんな感じだった?」

「良い子でした! ずっと父親のことを心配してましたです」


 やはり優しい子なのは間違いなさそうだ。


「もう少しで商談が終わる」

「はい! ではそれまで外で待機を――」

「いや、このままでいい。今日はご馳走を食べられるそうだからな。せっかくだしお前を紹介しておこう」

「ご馳走!? よ、よろしいのですぅ!?」

「ああ。一日中仕事をしてくれていた礼だ。それに今後もこの家とは繋がりを持っておきたいからな。環奈とも仲良くしてやれ」

「はいなのです!」

「あ、だが人前では喋るなよ?」

「もちろんなのですぅ!」


 すると扉がノックされ、俺が返事をすると丈一郎さんが、高級そうなセカンドバックを持って入ってきた。


「お待たせして……ん? フクロウ……?」

「ああ、すみません。コイツ、俺の地元で飼っていた子なんですよ。今では旅の友といったところです」

「……! そういえば環奈がフクロウを見たと言っていたが」

「普段は放し飼いにしているので、もしかしたらこちらにお邪魔したのかもしれませんね。名前はソルといいまして、どうぞよろしくお願いします」


 ソルも「ぷぅ~」と鳴き声を上げて挨拶をした。


「そ、そうか。フクロウが旅の友とは、何だか風情があるね」


 風情……あるだろうか? 


「おっと、ここに預金通帳が入っているが、これをどうすればいいのだね?」

「少々拝借しても?」

「構わないよ。ただ通帳だけで何を? さっきも言ったが、銀行を利用するのは……」

「大丈夫です。必要ありませんから。……結構な数の通帳がありますね」

「ああ、複数の銀行を利用しているからね。それに私だけでなく、環奈のために貯蓄しているものもある」

「さすがに環奈ちゃん専用の通帳は置いておきましょう。こちらを確認させて頂きますね」


 俺は一つの通帳を手に取り見開いてみた。


 ……っ!? マ、マジかよ……七千万あるし……! それにこっちには六千五百万。これには……げっ!? 一億超えかよっ!?


 まさにセレブと言わざるを得ないほどの金額だ。あまりに現実離れした数字に、思わず玩具じゃねえかって思ったほどだ。


 医者ってこんなに儲かるもんなのかねぇ……。


 そういえば情報では、丈一郎さんは何十冊も本を出版しているらしく、それもまた結構な部数が発行しているとのこと。

 本職に次いで印税までもらってるとは、天は二物を与えずというが、ありゃ嘘だな。


「……一つお聞きますが、福沢先生なら今回の治療代として幾ら支払いますか?」

「ずいぶんと難しいことを聞くね。……すまないが、見当もつかないよ。全財産を払えば環奈が助かると言われれば、きっとそうしていただろうしね」

「なるほど……」


 そういうことならこっちも大分遠慮しなくても良いかも。


「では……この二つの通帳を頂いてもよろしいですか」

「? ……問題ないが?」


 不思議そうな顔だ。無理もない。この通帳だけでは、金なんて手にできないのが普通だ。

 たとえ銀行を利用できたとしても、暗証番号や印鑑なども必要になってくる。

 それなのに俺はそれらを欲していないのだから、俺の行動に不可思議さを感じるのも当然だ。


「まあ見ていてください」


 俺は《ボックス》に通帳をサッと入れた。

 すると当然のように、いきなり消失した通帳に丈一郎さんが驚く。


「き、消えた!? もしかして手品かい?」

「はは、では取り出してみましょうか」


 俺は再度収納した通帳を取り出して、丈一郎さんに手渡した。


「中身を確認してみてください」

「え? あ、ああ…………ん? 残高が……0になってる!?」


 俺は通帳の残高だけを売却し、通帳を取り出したのである。


「これで商談成立ですね」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 一体何をしたんだね君は!」

「今のが俺の能力を一つですよ。通帳の残高を、俺の通帳へと移したんです」


 俺は自分の通帳を《ボックス》から取り出し、丈一郎さんに見せた。

 そこには――一億を優に超えた金額が刻まれていた。

 思わずほくそ笑んでしまうほどの結果だが、必死にポーカーフェイスを保つ。


「……一体君は何者なんだね……?」

「はは、それはまあ秘密ということで」

「詮索はするなってことだね。いや、分かったよ。君は娘の恩人だ。このことは誰にも他言しないことを誓おう」

「感謝します」


 丈一郎さんは、俺の力について深くは追及してこない。だからこそ今後も取引相手たる人材だと判断した。

 それに彼は医者だ。多くのコネクションも持っているし、その情報網は鳥本健太郎にとっては利用しがいのあるもの。


「そうだ。もし福沢先生のように口が堅い方で、今回の先生のように困っている方がいれば是非紹介してほしいですね。もちろん、富裕層な人材ならなお嬉しいです」

「ははは、正直な人だな君は。医者としては、無償で《再生薬》を無辜の民に配ってほしいと願い出たいところだが……」

「すみません。《再生薬》を作るにもいろいろリスクがありまして」

「うむ、そうだろうね。あれほどの薬だ。まさしく神与の薬とも呼ぶべき代物だ。そうそう量産などできはしないだろう。だからこそ君が言った意味が分かる。あれほどのものを作れる一族がいるとなれば、多くの者たちが身内に引き入れようとするだろう。特に権力者など手段を選ばずに、結果……とても酷いことが起こりそうな気がする」


 何せ《エリクシル》さえあれば寿命以外で死ぬことがないのだ。そりゃ地位や権力を持った強欲な人間は、何が何でも手に入れようとしてくるだろう。

 それこそ邪魔な人間は消し、言うことを聞かせるために人質、誘拐など悪びれもなく行ってくるはず。


 俺も素顔を変えられるといっても、今後十分に注意をしておく必要がある。

 少しでも状況が悪いと感じたら、しばらく鳥本健太郎は休業だ。

 だが鳥本健太郎の存在が広まるまでは、十二分に稼がせてもらう。


「いや、しかし今日は本当にめでたい日だ! そういえば君は旅をしているんだったね。良かったらしばらくこの家で休息を取るといい。環奈もきっと喜ぶはずだしな」

「よろしいんですか? ではお言葉に甘えて」


 食事を出してくれるなら、その分の金も浮くので万々歳だ。

 そうして俺はしばらく、福沢家に世話になることになった。







 ――深夜一時。


 俺は福沢家の客間に用意されているベッドに横たわっていた。

 ちなみに今の姿は元の俺の姿である。


 現在部屋には俺一人しかいない。ソルはどこか?


 アイツは環奈の部屋で一緒に寝ていることだろう。

 夕食時、ソルを連れた俺を見て当然のように環奈は驚きを見せた。


 そしてペットだということを知ると、ソルには危険もないということで、環奈はさっそくソルに夢中になったのである。

 俺も遊び相手になってやれと言っておいたので、しばらくはソルに苦労をかけるかもしれない。


 そうはいっても、アイツもどこか楽しそうに相手をしていたが。

 それにしてもパーティは盛大なものだった。環奈も日頃から料理を手伝っていたらしく、結構凝った料理も出てきて味も美味かった。


 この家に仕えている使用人たちも全員集まり、本当に賑やかな夜で、一番はしゃいでいたのは何を隠そう丈一郎さんだったのである。

 今までの苦労が報われたからか、堰を切ったように浴びるほどに酒を飲んでベロンベロンに酔っ払い、使用人たちに運ばれる姿は面白いものだった。


「あんな賑やかな夜は久しぶりだったな……」


 少なくとも親父が死んでからは経験がなかった。

 俺は《ショップ》を使い、本日の収穫を再度確かめてみる。


「残金――一億六千万以上……はは、たった一日でとんでもねえ金持ちになっちまった」


 確かに万能な《エリクシル》は高価だ。値段でいえば一億円もする。


 いや、死者蘇生までできて安いだろと思うだろうが、それは値をつけている誰かに言ってほしい。それに普通に考えれば、一般家庭の収入じゃなかなか手に入らないほどの高額商品だし。

 ただ一億円なんて大金は持ち合わせていなかった。


 しかし今回、俺が購入したのは《エリクシル・ミニ》。


 これが1500万円とお安くない。しかし嬉しいことに、セール品として選定されていて、何と50%OFFだったのだ。まあだからこそ今回の作戦を思いついたということもあるが。

 それでも750万円。正直購入するかどうか迷ったが、確実にそれ以上の実入りがあると見込んで買ったのである。


 涼介に使うのは、さすがにもったいなかったので、《エリクシル・ミニ》ではなく、《世界樹のエキス》という、《エリクシル・ミニ》よりは万能性に薄い回復薬を与えた。これでも十分に治るであろう見込みがあったからだ。


 それでも一つ200万もするのだから、大分奮発したと思う。

 残り約50万円までに落ちた残金だったが、見事それ以上のリターンとなって返ってきた。


 これなら今まで高くて購入を断念していた便利グッズなども手に入れることができる。

 もちろんどれもファンタジーアイテムではあるが。


「けどこれも多分運が良かっただけだ。たまたま二軒続けて話の通じる相手に当たっただけ」


 丈一郎さんに対しては、完全に策でハメたような感じだが。

 それでも彼の人格があってこその商談だった。


「この先、今回みたいに上手くいく保証はないしなぁ。油断せずに動かないと」


 俺は〝SHOP〟の商品を流し見しながら、今後の自分に必要なもののリストアップをしていくのだった。




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