第19話 再生師への希望
「涼介くん、ちょっとお顔見せてね」
そう言って、慎重に彼を診察していく。
目の色も舌の色も通常、熱だって平熱だ。
「涼介くん、どこか痛いところはない?」
「うん、ないよー! ほらみてー!」
涼介くんが、子供たちと一緒になって走り回る。無理をしている様子はない。
……益々意味が分からない。大人でも高熱が下がってすぐに動けるだろうか。動けたとしても、こんなケロッとした感じで走り回れるか?
いや、絶対に無理だ。身体を鍛えているスポーツ選手でも、数日間寝込んでいて、こんな動きはできるわけがない。
一体涼介くんに何があったんだ……?
「やっぱり不思議ですよね。でもある人が、涼介くんを治してくれたんですよ。そのあとはもうこんな状態で」
「ある人? ……治す? その方は今おられるんでしょうか?」
「あ、それが涼介くんを治したらすぐに出て行かれて。一応明日のお昼ごろに、様子を見に来ると仰ってましたけど」
「……明日のお昼ですか」
私は今もなおはしゃぎ回る涼介を見つめる。
子供……特に幼児は回復力が凄まじい。とはいっても、さすがに信じられない回復力だ。
稀にだが数時間で高熱から回復し、走り回る子供が現れることもある。
ただそれは薬に頼らず、自然治癒したという事例。何でも食あたりのような症状で、便を出したらすぐに回復したといったもの。これも奇跡に近い事例ではある。
しかし涼介くんの場合は、数日間寝込むほどの症例だ。今日もまた高熱が出るようなら、さすがに病院へ連れて行って治療しなければと思っていたところだ。
そして彼は懸念通り夕方に高熱を出した。つまりただの風邪ではなく、もう少し厄介な病を抱えていたことにある。
それを一瞬で治し、こんなすぐに元気に走り回れるようにした?
そんなことができる医者なんて私は知らない。たとえ特効薬があって、一日は安静にしなければならないはずだ。何故なら体力だって回復し切っていないから。
じゃあその人物は、涼介くんの体力まで回復させたというのか? ……何の冗談だ?
満身創痍になった体力なんて数時間で回復などできない。そんな薬なんて存在しない。
一瞬麻薬や危険薬を服用させたのではと焦ったが、涼介くんが元気になってすでに三時間程度は経っているらしい。
もしそのような薬を使ったのなら、必ずといっていいほど副作用が出ているはず。
涼介くんにその兆候は一切見当たらない。
「あ、あの先生?」
「え?」
「どうかされましたか? 涼介くんが何か? まさかまだ治ってないんですか!」
「ああいえ、見たところ問題ないと思います。ただ涼介くんを治したという人物のことが気になって」
「そうですか……良かったぁ。涼介くんを治してくれた人は、とても優しそうな若い男性でしたよ?」
「若い……男性」
「はい。子供たちとも遊んでくれて。ただお医者さんというわけではないそうです」
「医者じゃ……ない?」
「初めて聞くような職業を仰ってましたね」
「どんな職業です?」
「確か――『
私は家に帰ると、すぐに【ききょう幼稚園】で耳にした『再生師』というのを本などで調べてみた。
しかし私が持っている広辞苑でもそのような言葉は載っていなかった。
こういう時、ネットが使えればありがたいのだが、残念ながらアナログに頼るしかない。
「再生……簡単に言うと再びまともな状態へと戻すことだとは思うが……!」
確かに涼介くんの復活ぶりは、まさしく再生されたような驚きがあった。
しかし『再生師』などという職業など聞いたことはないし、そのようなことができる人間が果たしているものか。
いや、実際に涼介くんという事例がある以上は認めるしかないのだが。
だがこれでも医に携わる理系の人間として、理論で説明できないものはやはり疑わしく思ってしまう。
「ふぅ~ダメだな。やはり私が持っている資料では何一つ分からん。……『再生師』か」
するとそこへノックがしたので返事をすると、向こうから可愛らしい声音が聞こえてきた。
「パパ、入ってもいい?」
「おお、環奈か。いいよ」
我が家の天使がお目見えだ。
十二歳とは思えないほど小柄で、本人はコンプレックスのようだが、私たち家族はそれがとても愛らしくて実に良いと思っている。
「まだ寝ていなかったのかい?」
「うん、パパにはおやすみって言いたいから」
ああ、何て健気な子なんだ。
「今日ね、四宮さんと一緒に庭を散歩してたら、池の周りに鳥がいたんだよ」
「ほう、鳥?」
ちなみに四宮というのは、この子に専属としてつけている使用人だ。
「うん、それがね、フクロウなの!」
「え……フ、フクロウ? それはまた……珍しいけど、どこかから逃げ出してきたのか」
ペットとして飼っていたが、餌代に困って外に放ったと考えられる。
「すっごく人懐っこい子だったよ? 私の頭くらい? の小ささだったし」
「そうか。でもできれば野生の動物には滅多に近づいてはならないからね」
「うん。……パパ、いつもね……その、ありがとう」
「い、いきなりどうしたんだい?」
「パパが私の足を治すために、朝早くから夜遅くまで頑張ってくれてるの」
「環奈……」
「私ね! 車椅子生活でもいいんだよ? もう慣れてるし、それに世界がこんなことになったんだもん。歩けたって……簡単に外にも出られないし……だから……だからね……っ!?」
私は気づいたら環奈を抱きしめていた。
「……パパ?」
「環奈……我慢しなくてもいいんだ。やりたいことくらい口にしたっていいんだ。親にワガママ言っていいんだ。それが子供の特権なんだから」
「パパ……でも……でもぉ……パパ、いつも大変そうで……寝てなくて……それでも仕事して……私……のため……に……っ」
震え出す環奈の身体を抱きしめながら、その小さな頭を撫でてやる。
「必ず……必ずパパがまた歩けるようにしてやる。だからもう少しだけ待っててほしい」
泣きつかれてそのまま寝てしまった環奈を、彼女の自室まで送り届け、ベッドに寝かせてやってから、私は再度自分の部屋へと戻った。
そして思わず、バンッとテーブルを両手で叩いてしまった。
くっ、あの子が一体何をしたというのか……っ!
神よ……どうせならこの私に、あの子の重荷を背負わせてくれたら良かったものを……!
再び、あの子の足が動く奇跡が欲しい!
そう……再び――っ!?
「…………再生……」
思わず口にした言葉。そうだ、再生とは失った機能を復活させるという意味もある。
無論全面的に信頼はできない。
今まで名のある権威たちにも解決できなかった障害なのだ。
名も知れぬ若造に、その障害を取り除くことなどできないと、普通は考えてしまう。
しかし……もしかしてと思う。
その人物ならば、あの子の輝きを取り戻してくれるのでは、と。
「……確かあしたの昼に幼稚園だったな」
私は彼の『再生師』と名乗る若者に会う決意をしたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます