第20話 幼稚園での出会い
――翌日。
時刻は午前十一時。俺は早めの昼食を済ませると、すぐに家からある目的地へ向かって歩き出した。
行先は――【ききょう幼稚園】という場所だ。
ちなみに今日のいでたちは、昨日のダンディな訪問販売員ではなく、二十代前半ほどに見える若きイケメン俳優みたいな姿をしている。
眼鏡をつけ、知的さと清潔感を漂わせるルックスではあるが、どこか陰を帯びているかのような油断のならない鋭さを感じさせる男性だ。背中にリュックを背負っている。
傍にソルはいない。念のために昨日の夕方前頃から福沢家へ向かってもらっているからだ。
理由としては、せっかくの大柄な顧客に成り得る家が、ダンジョン化してしまった時の対処のためである。
少なくとも福沢環奈さえ守り通せば、交渉できる余地があるからだ。しかし彼女が死んでしまったら元も子もない。
だからソルには、彼女の傍にいて守ってほしいと伝えた。やり方はあの子に任せている。
そして俺は約一時間ほどかけて、【ききょう幼稚園】へと辿り着いた。
昨日も訪れた場所なので、そうそう緊張はしていない。
ただ幼稚園の前に停まっている車を見て、思わず笑みが零れた。
――釣れた。
その言葉が脳裏に浮かぶ。
この車は見覚えがあった。
そうだ。あの福沢家を出入りしていた高級車である。
それがここに停まっているということは、俺の目論見通りの流れになっている証拠。
俺は意を決して幼稚園の中へと入って行く。
するとちょうど敷地内を箒を持って掃除していた女性がいたので、その人に声を変える。
「すみません、園長先生はおられるでしょうか?」
「え? あ……あなたは確か昨日来られた?」
「はい――鳥本
とりもと
と申します。涼介くんの具合を確かめに参りました」
「分かりました。ではこちらに来てください」
俺は案内のままに、建物内へと入って行く。
そして女性が園長を呼びに行ってくるまで、俺は玄関で待機することになった。
するとすぐに園長が出てくるが、その傍には見知らぬ男性がいる。
……間違いない、この人が――。
優しそうな、少し恰幅の良い男性。聞いた外見と一致する。
この男こそが――福沢家の主人である福沢丈一郎だ。
「これこれはお待ちしておりました鳥本さん」
「いえ、園長先生。昨日は突然お邪魔してすみませんでした」
昨日、俺はここで飲み水を少し分けてもらえないかという理由で立ち寄ったのだ。
門前払いされたらそこまでだったが、快く迎え入れてくれて水を一杯ご馳走になった。
そして俺はお礼にと、怪我や病で困っている人はいないか尋ねたところ、件の涼介くんが高熱で寝込んでいるという話を聞いて、これを利用できると踏んだ。
一件目でスムーズに事が運べそうで、俺は多少強引にでも涼介くんを治せる手段があると言って、彼と会わせてもらうことができた。
俺はある手段で涼介くんを治すと、当初の予定通り、その場にいる者たちに『再生師』と名乗って、また今日の昼に様子を見に来るといって帰ったのだ。
この幼稚園には、度々福沢丈一郎さんが顔を見せていることは調べがついていた。
俺がここに出入りし、なおかつ怪我や病を治す行為に励んでいると、必ず丈一郎さんに興味を持たれると判断したのである。
ここだけでなく、何件か試す予定ではあったが、まさか一件目で上手くいくとはついていた。
「涼介くんはどうですか?」
「ええ、ご案内します。どうぞお入りください」
俺は、園児たちがいつも集まって遊んでいるキッズルームへと案内される。
その間にも、丈一郎さんが俺を観察するような眼差しを送っていることには気づいていた。
「涼介くーん! 鳥本さんが来てくれましたよー!」
園長先生の言葉に、涼介くんがハッとしてこっちを向き、俺を見ると嬉しそうに駆け寄ってくる。
その傍には、昨日会った涼介くんの母親と父親もいて、一緒についてきた。
「おにいちゃん! なんでー、またきてくれたのー!」
無垢な笑みを浮かべて近づいてきた涼介くんの頭を優しく撫でる。
「おう、あれからどうだい? 元気か?」
「うん! きょうもね! あさにね、い~っぱいごはんたべたよ!」
「よし! 偉いぞ涼介くん!」
「えへへ~!」
「鳥本さん、昨日は本当にありがとうございました」
そう言いながら涼介くんの両親が頭を下げてきた。
「いえ、元気になったのならそれで十分です」
「ねえねえ、あそぼ! みんなでかくれんぼしよ!」
「あーごめんなぁ。ちょっと用事があるんだよ……」
チラリと丈一郎さんの顔を見ると、彼も真剣な眼差しで俺を見据えていた。
「こーら涼介、ワガママ言わないの!」
「そうだぞ。そんなこと言ったら嫌われるからな」
両親に注意されて落ち込む涼介くん。
俺は再度涼介くんに視線を戻し、
「また今度来るから、その時にな」
「えぇー……」
「その代わり、これやるからさ」
そう言いながら俺はリュックから、子供が喜ぶような甘い菓子類を取り出す。
「ほら、みんなで仲良く分けて食べな」
「いいの? ありがとぉ、おにいちゃん!」
俺は菓子の入った袋を涼介くんに渡すと、彼は嬉しそうに他の子のもとへと戻って行った。
「よろしかったんですか? お菓子なんて貴重な食料なのに」
「構いませんよ、園長先生。昨日は、こんな怪しい男に水を分けて頂いたお礼ですから」
「怪しいだなんて……。鳥本さんには涼介くんを治してもらいましたから」
園長先生の言葉に続き、同じようなことを両親にも言われる。
しかし俺はあくまでも子供たちが喜んでくれるならという言い分を通した。
「あ、そうだ園長先生。どこか落ち着いて話せる部屋はありませんか?」
「え?」
「どうも……俺と話をしたい人がいるようなので」
また丈一郎さんに視線を向けると、彼も園長先生に向かって「お願いします」と口にした。
そして園長先生の図らいで、俺と丈一郎さんは、園長室を借りることになったのである。
丈一郎さんが二人きりで話したいということで、他の人たちには遠慮してもらった。
俺は園長室に入ると、そのまま窓の傍に立ち外を眺める。
「今日は良い天気ですね。こんな日は山でハイキングでもしたい気分です」
「……山か」
ん? 何やら雰囲気が暗くなった。何か山に嫌な思い出でもあるのか。
「ここの子供たちはみんなが笑顔でとても良い。そうは思いませんか?」
「……そうだね」
どうやら早く本題に入りたい様子だ。その意思がビシビシと伝わってくる。
なら早々に話を進めようか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます