第1話 世界変貌

「「「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」」」


 続いて男子の声も空気を震わせている。


「何かあったのか?」


 痛む身体を押しながら確認しにいくと、そこには目を疑うような光景が広がっていた。

 そこから見えるグラウンドでは、男女が体育の授業をしていたらしいが、そんなことよりも、見慣れぬ物体がグラウンドの上を走り回っていたのである。


 全身が緑色をした人型生命体とでもいおうか。見た目は子供くらいの大きさだが、明らかに人間とは異質な存在だった。

 尖った耳に赤く光る瞳。醜悪な顔を持つ奇妙な生物が、その手にこん棒や剣などの武器を携えて、逃げ回る生徒たちを襲っているのだ。


「お、おいおい……何の冗談だ?」


 さらに今度は体育倉庫を突き破り、おもむろに〝ナニカ〟が出現してきた。

 それは青色に彩られた全身に腰布一枚という風貌だが、まるで鬼のような姿をしており、体長でいえば五メートルくらいの巨体を持っている。


 一瞬何かの作り物かとも思ったが、そいつは滑らかに動きながら外へと出て、驚くことに一人の生徒をその巨大な手で掴むと――。


「う、嘘だろ……っ!?」


 ――口に放り込んでしまったのである。

 その光景を見た者たち全員が戦慄し、叫び声を上げて校舎の中へと逃げていく。


 ……訳が分からない。


 何がどうしたらこんな状況が生まれるのか……サッパリだ。 

 これじゃまるでゲームやアニメの世界じゃないか。


 ゲーム? そういや、あの小さい奴……ゴブリンに似てるよな?


 ゴブリン――RPGなどによく出てくる、スライムと双璧を為す弱小のモンスターである。


「まさか……いや、そんなはずは……」


 ネット小説では、確かにそういう物語は存在する。

 突然現実世界にダンジョンやモンスターが出現したりするのだ。

 しかしもちろんそんなことは現実には起こるはずもない。そんなこと誰もが周知の事実だ。あくまでも創作なのだから。


「でも……」


 俺は半信半疑ながらも、試しにこういう時のお決まりの言葉を口にしてみることにした。


「ス……ステータス……オープン」


 …………何も起こらない。


 どうやら晴れて主人公になれるような力は俺には無かったらしい。

 まあそんな都合良くはいかないってことだろう。


「くそ……じゃああんなバケモノとどう戦うっていうんだよ」


 予想はしている。恐らくは戦えるような力を持つ者が、徐々に現れてくるのだろう。

 どうやら俺はその枠からは外されたみたいだが。


「とにかくここにいたら危険か。いつ襲われるとも限らねえし。教室に……いや、それもねえな」


 行ったところで助け合うような連中じゃない。どう考えても俺は捨て駒として扱われてしまう。

 なら安全地帯は学校ではなく、その外にしか無いということだ。


「カバンは……まあ別にいいか」


 教科書しか入ってないし、こんな状況で授業なんてできるわけもない。

 しばらくは休校になるだろうし、下手をすればそのまま廃校だ。

 俺はそのまま周りを警戒しながら、近くにある裏門の方へと回る。

 運良くモンスターとは遭遇せずに、俺はそのまま学校から出ることができたのであった。







 街中でも、そこかしこから悲鳴を上げながら建物から慌てて出てくる者たちがいる。

 全部の建物というわけではないが、結構な頻度でそういう状況に出くわす。

 中にはコンビニの中に、先ほど見たゴブリンのようなものが暴れ回っている姿を確認できた。


 しかし道路の上にモンスターが出てきている様子はない。建物の中か限定に、モンスターが湧いているらしい。

 それでもいつ道端にモンスターが現れるか分からないので、一応警戒しつつ自分の家へと向かっていく。


 幸いちょうどバスが出る直前だったこともあり、それに乗っかって後ろの席へ座る。

 入ってきた俺の腫れた顔を見てギョッとしている連中もいるが、いちいち気にしていられない。

 バスの中にいる者たちは、まだ外で何が起きているか知らないのか静かなものだ。


 だが徐々に外の不自然さに気づき始めていく。

 突然建物の窓や壁が破壊されたり、そこから人間が落下してきたりするのだ。異常な事件が起きていることだけは理解できるだろう。

 全員がスマホから情報を集めようとしているらしいが……。


「……電波が通じないのか?」


 俺も同じようにスマホを使いSNSなどで情報を集めようとしたが、ネットに繋がらないのだ。

 間違いなくモンスターが出現したことと関係がある。しかしだからといって、どうすれば電波が復活するかなんて分からず、結局スマホの大半のシステムが使用不能に陥ってしまった。

 バスが俺が下りる停留所に停まったので、俺は定期を見せて降りる。

 ここから数分も歩けば俺の家だが、ここら周辺からも悲鳴などが聞こえてきた。


 もしかして日本中? それとも世界中がこんな異常事態になってんのか?


 だとしたら今後、世界はどうなっていくっていうのか……。

 あんなバケモノに普通の人間が敵うわけがない。仮にドラゴンなんてもんが現れてみろ。自衛隊が出動してもどうしようもできないかもしれないぞ。

 それこそ核ミサイルなどの常軌を逸した兵器を活用しなければならなくなる。そうなればたとえモンスターを一掃できても日本は終わってしまうだろう。


「……まるで人間を淘汰するために起きたような大災害だな」


 地震や津波を起こしてもなお、人間は生き延びることはできるだろう。

 しかし時間がかかっても、人間を殺し尽くす方法として、人間よりも圧倒的に凶悪で精強な存在を数多く人間社会に送り込む。これこそが人間の淘汰を可能とする方法の一つだろう。

 今までの歴史だって、より強い人種が勝ち残ってきたのだ。そして今、地上を支配しているのは人間という種。


 だがそれよりも今は、モンスターという種に領域を侵され始めている。

 人間はこれに対抗し、生き残ることができるのか。

 何だかそう問われているような気がしてならない。


「くそ、こんなことは物語だけにしてくれよな……!」


 ただでさえ俺の日常は酷いものだというのに、これ以上貶めて神様は一体何がしたいんだ。俺をどこまで苦しめれば気が済むのやら……。

 そうこうしているうちに家へ辿り着き、中から何も音がしないのを確認してから鍵を開けて中へと入る。


「良かった。家ん中は平和そのものだな」


 両親が遺してくれた一軒家。できれば傷つけずにずっと守り通したい。

 俺はまず、傷の手当てを優先した。どうやらまだ水道は生きているらしく、顔や身体を洗うために風呂へと直行した。

 まだガスも生きているようで、湯になってくれたのはありがたい。

 しかし水道もガスも電気も、きっとそのうち止まりそうな気もする。今のうちにできることはしておこう。

 サッパリしてから絆創膏や傷薬で治療していく。


「いちち……ったく、好き勝手殴りやがって」


 体中が青痣だらけだ。ただ元々骨太な体質もあって、骨折したこともないしヒビさえ入ったこともない。

 あれだけ殴られても丈夫な自分の身体には感謝している。

 治療を終えてテレビをつけてみるが、どの番組も受信してくれない。


「これで情報網が断たれたか……」


 ネットもテレビも使えないとなると、途端に人間は情報収集力がガタ落ちする。


「……さて、これからどうしたもんか」


 そのうち水道が止まるとしたら、飲み水の確保は大事だ。それに食料。

 幸い昨日に買い物に行ったばかりで、冷蔵庫の中身は豊富なので、そう慌てることもない。

 しかし、いずれはこれも尽きてしまう。そうなればどこかで確保する必要がある。


 だが売ってくれるか?

 こんな状況になって、何よりも大事な生命線の食料や飲み水を他の誰かに渡す奴がいるだろうか?


 きっとこれから先、食糧問題などで街中はパニックになるはず。

 それこそ強盗や窃盗など、已むに已まれぬ事情で増すことだろう。

 そうしなければ自分たちが死んでしまうのだ。中には殺して奪い取るという選択をする奴らも出てくると思う。

 恐らくそう遠くない未来の話だ。

 法治国家のこの日本は……無法地帯へと早変わりする。


 今のうちに買い溜めしておいた方が良いか? 近くにはスーパーもあるしな。


 でもまずはATMで金を下ろして、それから何度かスーパーを往復して……。


「ああくそ、面倒だな。……こういう時、瞬間移動とか飛行能力とか、そういう魔法やスキルがあったら良いのによ」 


 そう愚痴った直後、俺の目の前にパソコン画面のようなものが浮き上がった。


「え…………はあ?」




〝ユニークスキル:ショップ が覚醒しました〟



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