『ショップ』スキルさえあれば、ダンジョン化した世界でも楽勝だ ~迫害された少年の最強ざまぁライフ~

十本スイ

プロローグ

 ………………はぁ、またか。


 俺は教室に入り自分の席を見下ろしながら溜息を吐く。

 そこには解体された机と椅子がバラバラに置かれていた。

 クスクスと笑い声が聞こえてきたので、そちらに顔を向けると、男子たちがニヤニヤしながら俺を見つめていた。

 目を逸らすこともない。自分たちがやりましたと言っているようなもの。

 それでも奴らは咎められないと確信しているのか、楽しそうに笑っている。


 ……くだらねえ。


 解体なんてご苦労なこった。わざわざこんなバカなことに労力を注ぎ込むなんて、逆に感心するほどだ。何が面白いのか。

 登校してくるクラスメイトたちも、俺と席を見ても、もう何も感じないのか一瞥したあとに普通に友達と談笑をし始める。


 もうクラスメイトたちも、この状況に慣れてしまっているのだろう。事実、俺の席が朝から異常なのは、これで通算三十七回目だ。そりゃ何も思わなくなっても仕方ない。

 最初の頃は、俺を可哀相な目で見ていた連中も、今じゃ日常と受け入れている。

 俺はとりあえずこのままだとどうしようもないので、バラバラになった机を空き教室へと運び、予備の机を持ってきた。


 次に椅子も運んで、新しい椅子を教室へと持ってきた時、俺の机の上にポツンと花瓶が一つ置かれてあることに気づく。


「あれぇ~、今日って誰かお亡くなりになったんだっけ?」


 お茶らけた男子生徒の言葉に、同調するかのように周りの男子たちが笑う。女子もその中にちらほらといる。

 そこへ担任の教師が入ってきて、俺の様子を見て眉をしかめながら言う。


「おい坊地ぼうち、さっさと席へ着け」


 ……相変わらずだな、この教師も。


 面倒ごとが嫌いな典型的な日和見型。いや、これはどちらかというと加担しているとも言えるだろう。

 こんな状況を何度も何度も見て見ぬフリができるのが、よくもまあ教師なんて職に就いたもんだ。


 俺は言われた通り席へ着く。俺の席は一番後ろなので、花瓶は後ろの床に置いておく。

 ホームルームが終わり、すぐに授業が始まると、そこからしばらくは安らぎの時間が続く。

 だが休み時間に入る度に、何の脈絡もなく男子生徒が俺の席へ駆け寄ってきて、そのまま机を蹴りつけてくる。


「っ……!?」


 椅子ごとこけそうになるが、踏ん張って何とか転倒は防ぐ。必死な様子の俺を見て、バカな連中が笑い始める。

 俺が蹴りつけた奴を睨むと、


「あぁ? 何か文句でもあんのかぁ、このぼっちがぁ」


 どうせ何を言ったところで無意味なのは分かっている。それでもやはり反射的に怒りを向けてしまうのもまた仕方ない感情のベクトルだ。


 俺は「蹴るな」と一言だけ伝えて席に落ち着く。

 この光景を見て、気弱な女子たちは教室を出て行ったりする。無関係を装いたい男子も寝たふりをして時間を潰すのだ。

 何故俺がこんな状況に陥っているのか。


 その理由は実に簡単だ。

 このクラス……いや、学校で絶対的権力を有している存在に歯向かったからである。

 チラリと、俺をこの状況に追い込んだ張本人に視線を向けた。


 クチャクチャとガムを噛みながら、俺をまるで害虫でも見るような目つきをぶつけてきている。

 髪を金髪に染め、耳には幾つもピアスをしている典型的な不良と呼ばれる生徒だ。しかし見た目に反して、授業にはちゃんと出るし成績も上位に位置する。

 教師からの印象もそう悪くない。というよりは怖くて逆らえないのかもしれないが。


 何せコイツ――王坂藍人おうさかあいとは、この【王坂高等学校】における理事長の孫なのである。

 理事長は孫を溺愛しているらしく、何度か警察沙汰の問題を王坂が起こしたが、コネを利用して揉み消したという話も有名だ。


 理事長の権威。それを思う存分振るう王坂には誰も逆らえない。

 事実誰もが彼の顔色を見て過ごし、彼のご機嫌取りに勤しむ。

 だがただ一人、俺はそんな王様気取りのバカに歯向かったのである。


 今から約二か月ほど前。高校二年生に上がり、運悪く王坂と同じクラスになった時のことだ。

 王坂はクラスの連中を侍らせながら、何を思ったか俺みたいに目立たない生徒に声をかけてきた。


『おいお前、喉が渇いた。ビールを買ってこい』


 当然何かの冗談だと思い、軽く笑って「無理だ」と答えた直後、いきなり奴が俺の顔面を殴りつけてきやがった。

 そして『いいからさっさと行けやクズが』と言うので、俺も頭に来て顔面を殴り返してやったわけだ。

 当たり前のように、俺の行動に周りは騒然とした。

 何せ誰も媚びへつらうことしかできない相手に対し手を上げた奴がいたのだから。


 そこから俺は王坂に完全に目を付けられ、こうしてイジメを受けているというわけだ。

 その日から、そこそこ話していた友人らしい知り合いも離れていき、誰も俺に近づこうとはしなくなった。

 それだけじゃなく、多くの者が王坂に従いイジメに加担するという始末。

 中には一年の時に仲良くしていた連中もいた。


 人間ってのは、結局自分が可愛いし、自分の世界だけが守れたら良いっていう存在だ。そこに善悪もない。それは本能的なことで、別に俺が憎むようなことじゃない。

 だがそれでも、この学校にいるすべての者たちの反応を受け、俺は人間に期待するのは諦めたのだと思う。


 たとえばの話。より絶対的な権力を駆使して王坂を排除したとしても、そのあとにコイツらと平和的に過ごせるかといえば無理だ。

 俺にとって、もう人間ってもんは信頼に値しない生物だってことが分かっているから。

 途中、休み時間になって王坂たちがトイレに行くのか教室を出て行った。どうやらこの時間は平和に過ごせそうだと思っていると……。


「あ、あの……坊地くん?」


 突如話しかけてきたのは、名ばかりのクラス委員長を務めている十時恋音おときこいねだった。


「……何か用か?」


 ぶっきらぼうに答えると、十時が教室の出入り口をチラチラと確認しながら、不安そうに口を開く。


「その、だ、大丈夫?」

「お前には関係無い」

「っ……ご、ごめん……なさい」


 王坂たちがいつ戻ってくるのか怯えながら心配されても鬱陶しいだけだ。


「んだよアイツ、せっかく十時さんが声かけてるのに」

「そうよね。何様のつもりだってのよ」

「だからイジメられてんじゃん? バッカじゃない」


 口々にそんな的外れなことを言い出すクラスメイトたち。何も分かってないくせによく言う。すでにお前らも加害者なんだよ。


 俺は「さっさとどっか行け」と強めに言うと、十時は目を伏せながら「ごめんなさい」ともう一度口にして自分の席へと戻っていった。


 そして昼休みに入ると、問答無用で王坂とその取り巻きに校舎裏まで連れて行かれる。

 これも毎度お馴染みの行動で、何ら驚く要素など一つもない。かといっても、この強制連行は三日に一度くらいの頻度ではある。要は王坂の気分次第なのだ。


 そしてこれから殴っては蹴られ、財布の中身は全部取られる。無論だからもう財布は持ってきていないが。


「……おいおい、少しは抵抗してみせろよな。つまんねえ奴。最初はこの俺を殴ってくる無謀さはあったってのによぉ」


 だったら三人がかりで俺を踏ん付けてる連中をどかせてみろ! すぐにでもぶん殴ってやるからよ!


 すでに顔も身体も腫れてしまい、試合後のボクサーみたいになっているが。


「そろそろ痛めつけんのも飽きてきたよなぁ。……殺してみるか?」


 王坂のそんな呟きに、さすがに顔色を青ざめたのは俺じゃなく、周りの連中である。

 殴る蹴るはできても、さすがに殺人は許容できないのだろう。


「どうせこんなクズ一人死んだところで誰も悲しまねえだろ? 知ってるぜおい。お前、親がいねえんだってな。高一からず~っと一人暮らしなんて、あ~可哀相に~」


 ちっともそんなこと思ってないのによく言う。


「おい石田ぁ、コイツでちょっとそいつの喉を切ってやれよ」


 そう言って、王坂が懐からアーミーナイフを取り出して、取り巻きの一人――石田に手渡そうとする……が、


「え、あ、お、俺……ですか?」

「てめえ以外に誰がいんだ?」

「そ、それは……でもさすがに……」


 やはり人殺しは嫌らしく、完全に目が泳いでいる。他の連中も目を逸らしてここでも見て見ぬフリだ。本当にくだらねえ連中だな。


「いいから……殺れ」

「っ…………」


 何も言わない奴に苛立ったのか、王坂が石田の腹にケンカキックを食らわせた。

 当然無防備に攻撃を受けた石田は呻き声を上げて蹲る。

 すると王坂が、俺に近づいてきてナイフで頬を叩いてきた。


「ほれ、今なら泣き喚いて助けを請えば許してやるぜ? いつまでも意地張って、何の得もねえだろ?」

「…………」


 俺はただ何も言わずに、王坂の目を真っ直ぐ睨み返していた。


「ちっ……またその目かよ。……たく、白けちまったなぁ」


 そう言いながら興味を失ったかのように踵を返してその場をあとにする。

 慌てて他の連中も、蹲っている奴を抱えながら去って行く。


「うっ……くぅ……!」


 俺は壁際まで這いずり、何とか起き上がって壁に背を預ける形で座る。


「いって……はは、また結構やられちまったな」


 まだ三日前に受けた傷も完治し切っていねえのに……。

 やられっぱなしは性分じゃないって言っても、毎度ボロボロにされるまで続くからやり返せないのだ。

 治った頃にまたやられるから堂々巡りのような感じ。

 しばらく座っていたらチャイムが鳴った。次の授業が始まったようだ。


「……はぁ」


 それでも俺は、決して屈したりしねえ。

 あんな連中に頭を下げるくらいなら死んだ方がマシだ。

 たとえ拷問を受けようが、殺されようが、最期の最期まで抗う人生を送る。


 それが――――死んだ親父から受け継いだたった一つの信念だから。


『いいか日呂ひろ、納得できねえもんに背を向けるようなダセぇ生き方だけはすんじゃねえぞ』


 親父は最期までその信念を守り通した。

 そんな親父を、俺はこの世の誰よりも尊敬している。そして俺もまたそうありたいと思っているのだ。

 だからこそ、たかが誰も助けてくれないイジメに遭っているからといって、逃げたり背を向けたりはしない。


「俺は…………負けねえよ、親父」


 歯を食いしばって立ち上がる。

 するとその時だった。


 ――パリィィィィィィンッ!


 頭の中に直接だ。ガラスが割れたような音が響き渡った。

 同時に一瞬、生温い湯にでも浸かったような感覚が全身を走る。


「っ…………何だ、今のは?」


 殴られ過ぎて頭の中までやられたのかと心配になった。一応頑丈さだけは売りだったのだが。

 しかしそんなことを考えていると――。


「「「「――きゃあぁぁぁぁぁぁっ!?」」」」


 突如女子生徒らしき悲鳴が聞こえてきた。





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