11話

 待室に戻ってしばらくすると、受付が騒がしくなった。顔を覗かせると、映画研究会の連中が押し寄せてきている。


「誰かが機材室に入ったんです!」

「そして大切なデータがめちゃくちゃに……」


 ガードマンは対応に困っていたが、帆信はしらんぷりを決め込み扉を閉めた。いつもはある種の快感を覚える光景なのに、心が弾まない。なんたって、今の心は土砂降りの悪天候なのだ。嫌でも、稀乃と例のピアス野郎の顔が浮かぶ。そして2人の関係について、あれこれ考えてしまうのだ。


 扉がノックされた。開けるとガードマンが疲れきった顔をしている。


「赤井くん、悪いが見てきてくれる?」

「はい?」

「いや、映画研究会の子たちが、機材室がめちゃくちゃにされたって言ってるんだ。俺は受付があるからさ。赤井君に代わりにお願いできるかな」


 そう言ってガードマンは機材室の鍵を寄越してきた。帆信は地中の奥深くまで沈んだ腰を上げて鍵を受けとり、映研の連中と機材室へ向かった。道中、奴らは容赦なく帆信に怒りの矛先を向けてきた。その度、帆信は適当にあしらう。泣いて嗚咽を漏らしている者もいた。それを慰める者もまた目に涙を浮かべていた。


 ふん、大袈裟なんだよ。どうせロクな作品じゃないくせに。あのガードマンだってそうだ。俺を都合良く使いやがって。


 現場は、帆信たちが荒らしたままだった。コーヒーのシミや水滴が着いた映画データのボックスが、機材室の真ん中にポツリと置いてある。


 いつだってそう。イタズラをして、それを片付けるのもまた帆信自身。それで困惑する学生たちの顔を見れるのであれば、他愛のないものだった。しかし、今は違う。今はひとりに――否、稀乃に早く会いたかった。会って確かめたかった。ピアス野郎とは何の関係もありませんよ、と。ただの知人ですよ、と。


「おい! 聞いてんのかよ!」


 機材室で映研のひとりに肩を強引につつかれた。拍子に転びそうになってしまった。


「誰がやったんだよ!? お前ら受付にいたんだろ? ここは鍵が掛かってるし、誰が鍵を借りたのかくらい知ってるだろ!?」


 うるさい、黙れ!


「後の掃除はやっときます。鍵も調べときますんで」

「分かったらすぐに教えろよ!」


 ようやく荒れた波が退いていった。コーヒーで汚れたボックスは、映研の連中が持っていった。つつかれた肩の感触がまだ残っている。ひとり機材室に残された帆信は、衝動を抑えることができず、思い切り機材室の壁をぶん殴った。ズキズキと拳が痛む。皮が捲れて血も滲んでいる。


 やがて、帆信は機材室をそのままに1階へと向かった。待合室にあるモップは取らず、売店でコーヒーを2つ買って、機材室に戻ってきた。


 心の雷鳴は、もはや荒ぶる化身だ。周囲の声も、自分の声すらかき消してしまう。


 そうして、帆信は買った2杯のコーヒーを、置いてあるカメラに溢してやった。後はいつも通り。機材室の鍵を閉め、なに食わぬ顔で待合室に戻るだけだ。

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