6話
金髪がよく似合う、色白の女学生。黒目勝ちでつり目の瞳に、桃色の小ぶりな唇。帆信は目の前の女学生と、かつて追いかけていたアイドルの顔を重ねた。どこか雰囲気が似ている。
彼女はライターを返してきたが、帆信はそれを受け取らなかった。
「ライター無くしたんでしょ? 俺、他にも持ち合わせがあるから、それで良かったらあげますよ」
嘘だ。ライターの持ち合わせなんて無い。どうしてそんなことを言ったのか、帆信自身も分からなかった。
彼女は少し困った表情を浮かべたものの、「ありがとうございます」と小さく呟いて、その紫色のライターをポケットに仕舞う訳でもなく、ただ握りしめていた。
帆信は再び空を見上げた。先ほどよりも雲が分厚く、どす黒くなっている。
「雨、降りそうッスね」
「……そうですね」
「もうすぐ梅雨だからかな」
サササ……と、鳥が羽ばたくような音が聞こえた気がした。快晴でも曇天でも、鳥たちには関係のないことだ。
冷たい風が帆信の頬を撫でる。これは、本当にひと雨来るのかもしれない。そう思い、女学生の方に顔を向けると、彼女はいつの間にか、帆信のすぐ隣に立っていた。
目が合う。彼女の瞳は意地の悪い笑みを浮かべていた。帆信はドキリとした。好きなアイドルに似た彼女に見つめられているからではなく、得体の知れない陰を感じたからだ。
先ほどまでと雰囲気が違う。再び、一陣の冷たい風が通りすぎていった。
「あなたがイタズラの犯人でしょう?」
まるで水のような透き通った声だった。そして帆信はその冷水に突然打たれた。
「イタズラ? 何のこと?」
抑えきれない動揺。彼女に察せまいと、平然を装う。しかし――
「私、見たのよ。最初は2階から4階までの掲示板に貼ってある新歓ポスターを汚したところ。1階を避けたのは、昼休みが終わって学生たちの往来があったから」
なんだこいつは。本当に見られたのか?
帆信の背中に、ジワリと汗が浮かぶ。
「それからのイタズラも、私は全部見てた。さっきは男子シャワー室にコーヒーを溢した、でしょ?」
見られた。終わった――心臓の音が早く、はっきりと聞こえてくる。言い逃れは出来ない。土の湿った匂いとともに、ぽつりぽつりと雨が降り始めた。
「だ、だったら……どうするんスか?」
意を決してそう言うと、彼女は桃色の唇に大きな笑みを浮かべた。
「バイトは何時まで?」
「……は?」
「君の仕事。毎週水曜日に、
「6時だけど」
どうしてそこまで知っているのか。知らぬ間に、彼女は2本目の煙草を咥えていた。
「そう。なら、6時半にメビウスに来てよ。君も知ってるでしょ? 学生会館の手前にある喫茶店だよ」
そこで待ってるからね、と彼女はまだ長い煙草を灰皿に落とす。
「来なかったら、どうなるか分かってるよね?」
そして彼女は去っていった。
状況がいまいち読み込めない帆信は、彼女の背中が見えなくなるまで無心に追いかけていた。
しばらくして、事の重大さに気付き始めたのか、膝が震えている。バレた――今までのイタズラを見られていたのだ。だが、不思議と心は落ち着いていた。危機的状況のはずなのに、帆信は彼女が吸っている煙草の銘柄が何なのか、と考えていた。
セリフもト書きも無い裏方だった彼に、スポットライトが当たる。それは決して眩しいものではなく、むしろ心地良い照明だった。
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