第38話

「行っちゃったね」


「あぁ、そうだな」


 陽を見送った後、しばらくその場で立ち尽くしていたグロムとギブリは、彼が去って行った方向を眺めながら話す。


「ねぇ、本当にこれで良かったのかな?」


「……さぁな」


「ヨウ、戻って来てくれるかな?」


「……さぁな」


「ステラに見付かっちゃったら、アタシ達どうなるんだろ」


「……さぁな」


「もう、ちゃんと聞いてるの!?」


「……聞いてるよ。俺も丁度、その事について考えてた。もしかしたら、俺達もヨウみてぇに閉じ込められるのかもな」


「うへぇ、それは嫌だなぁ」


 グロムの言葉を聞き、ギブリはうなだれる。そんな2人に向けて、背後から声が掛かった。


「そんな事はしないから、安心してくれ」


「!?」


「ス、ステラ!?」


 彼らの後ろには、声の主であるステラが立っていた。彼女はいつも通りに余裕を持った表情で、2人に近付いてゆく。


「チッ、気付かれてたのか、いつからだ?」


「気付いてなんていなかったさ。たまたま様子を見に行った時に彼が居なくて、慌てて探し回ったんだ」


 結局逃げられてしまったけどねと、ステラは皮肉めいたことを言った。


「……そうかよ」


 グロムは吐き捨てるように呟いた。彼は陽を逃がしたことを責められると思っていた。だが、ステラにその様子は一切無かった。

 初めから彼女の掌で踊らされていたような錯覚にグロムは陥り、苛立ちを募らせた。


「そう言う事だ。少し行ってくるよ」


「行くって、どこに?」


 歩き始めたステラをギブリが引き留める。


「当然、彼を呼び戻しに行く」


「どうしてそこまで、ヨウに固執するんだ!?あいつは嫌がってる、恐がってる。そんな状態の奴を無理矢理巻き込む必要は無いだろうが!」


「ッ!」


「ちょ、ちょっとグロム!」


 遂にグロムはステラの胸倉を掴み、彼女の身体を易々と持ち上げながら叫んだ。


「ステラ、お前に聞かなきゃならない事がある!どうして嘘をついたんだ!?」


「嘘?はて、何のことだか……」


 ステラは片目を閉じ、おどけたように言った。


「とぼけるな!ローウェンは死んでなんかいねぇだろうがァ!」


 そう、彼の言った通り、ローウェンは死んでなどいなかった。陽の攻撃をグロムを庇い食らった事は紛れも無い事実ではある。しかし、怪我は負っても命に別状は無かった。

 ステラは陽に、嘘をついていたのだ。


「嘘をつく意味がどこにあった!あいつを追い込むためか!?」


「必要だと、感じたからだ」


 着ている服に首を絞めつけられ、苦しそうな顔をしながら、ステラは答える。だが、その答えはグロムの求めていたものでは無く、彼の怒りはさらに膨れ上がる。


「ッ!答えになってねぇだろうが……!」


 グロムは服を掴んでいた手を放す。支えを失い、宙に浮いていたステラの身体は地に落ちる。彼女は激しくせき込んだ。


「ゴホッ!ゴホッ!」


「なぁステラ、俺達はどうして戦っているんだ?三日月を倒す事が使命だと、物心ついた時からそう信じてきた。けどよ、その先に何がある?戦う意味なんて、あるのか?」


 先程まで見せていた激情は消え、グロムは意気消沈した様子でステラにそう尋ねた。彼は自分の行いを見つめなおしたせいで、何もかもが分からなくなっていた。


「!!」


 グロムの言葉に、下を向いていたステラの顔が上がる。そしてその顔を見て、グロムとギブリは驚愕する。


「ス、ステラ、その顔……」


「ステラ、テメェ……なに笑ってやがる!」


「私が、笑って?」


 ステラは自分の口元に手を当てる。すると、線のように結んでいたつもりであった彼女の口は、いつの間にか弧を描いていた事が分かった。

 そしてその事を知った時、彼女は理解した。彼女自身の感情を。


「フフ、アハハ!そうか!私は、嬉しいんだ!」


 ステラは立ち上がり、グロム達の方向を向いて笑った。その顔は、幼い頃から共に過ごして来た筈の彼らですら、初めて見るものだった。


「君達が疑問を持ってくれたことが、嬉しいんだ!」


 子供と見間違うほどに無邪気な笑みを浮かべ、ステラは語った。そんな彼女の様子に、グロム達は言葉を失う。強烈な違和感に、彼らの身体は硬直する。


「それじゃあ、行って来るよ」


 無邪気に笑っていたステラは、いつもの表情を取り戻すと、街の外へ、陽が向かった方向へと歩き出した。


「ねぇ、ヨウは、戻って来るの?」


 ギブリの問いに、ステラは振り返らずに答える。


「あぁ、私はそう信じている。何故なら彼は、私の希望だからだ」


 彼女がどんな表情をしていたのか、グロム達には計り知る事は出来なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る