第37話

 泣き疲れて眠っていた陽は、少しの肌寒さを感じて目を覚ました。長い間眠っていたようで、日の光が差し込んでいた窓からは、微かに月明かりが部屋の中に漏れていた。

 少しばかり冷静さを取り戻した頭で、陽は考える。

 

 これから何をすればいいのか。彼が元の生活に戻る事はもう不可能だ。このままここに居たとしても、辛い闘いの日々が待ち受けている事は明白だ。

 しかし、どれだけ頭を捻って考えても、この閉ざされた部屋から抜け出す方法すら、彼の頭に浮かぶ事は無かった。


 彼の口からため息が零れる。考えて、何も浮かばずため息をつく。彼が目覚めてから、何度繰り返しているか分からない。

 明かりの無い部屋で、闇の中。考えるのを止めて、すべて忘れて眠ってしまおうか。彼の頭には、目を逸らすような考えが浮かぶ。だが、冴えた目は、眠りに落ちて逃げる事を決して許さない。何も無い部屋の輪郭だけを映し出す。


 陽はローウェンと交わした約束を思い出す。疑いを晴らすため、行動で示すと彼は自ら語った。

 だが、その結果はどうだろうか。彼は怒りに我を忘れ、約束を交わした本人を殺めてしまった。

 これでは疑いを晴らすどころか、敵になったようなものだ。彼はその結論に辿り着き、自責の念を抱く。止まったはずの涙が再びにじむ。


「俺はずっと、このままなのか?」


 ステラが求めている以上、彼はステラに力を貸す事になる。他に取る事の出来る選択肢を知らないからだ。

 その事でしか、自分の価値を見出す事が出来なかった。どうしたいかは関係無く、生きるためにはそうするしか方法が無い。


 ならばいっそのこと、ここで終わっても良いのではないか。彼の思考は、遂にそんな事まで考え始めてしまった。


「はは、結局俺は、どこに行こうと同じなんだな」


 彼は自嘲した薄笑いをする。


 そんな時だった。閉ざされていた扉から、ガチャリと鍵が外される音が聞こえた。

 陽の独り言以外は何も無かった部屋に、いきなり現れた音に、彼は驚き、開きかけている扉の方を凝視する。

 ゆっくりとドアノブが回り、音を殺すように扉が開かれる。開かれた扉の隙間から、微かな明かりが暗い部屋の中に差し込む。

 そして何者かが、部屋の中に入って来た。その何者かが持っているランタンの明かりに照らされ、陽はその正体に気が付いた。


「グロム、ギブリ……」


 消え入りそうな声で、その2人の名前を呼んだ。


「……!起きていたのか……」


「あ、えっと……」


 陽が起きていた事が予想外だったのか、グロムとギブリの2人はたじろいだ。


「どうしてここへ?俺を殺しに来たのか?」


 陽は無意識にそんなことを言ってしまう。


「ち、ちがっ!アタシ達は……!」


「落ち着くんだギブリ。ヨウ、俺達はお前を逃がしに来たんだ」


「……逃がしに?」


 陽が全く予想していなかった返答が、グロムの口から出た。


「ステラから聞いた。お前が話していた、全部の事」


 グロムが陽の目をじっと見つめて話す。ギブリは彼の後ろで真剣な表情をしながらその様子を見守っている。


「その事を聞いて、俺達は考えたんだ。自分がした事は正しかったのか」


「……!」


「俺は今まで、自分の行いが正しいと信じていた。三日月達を倒す事が使命であると、親にもそう教わったし、周りの皆もそう思っていた」


 グロムはいつもの豪快さが嘘のように弱々しく語る。


「けど、お前の怒りに触れて、話を聞いて、分からなくなったんだ、自分が正しいのかどうかが。そんな事、今まで一度も考えた事なんて無かった!」


 彼は下を向き、続けた。


「なぁ、教えてくれ、俺達がしていた事は間違っていたのか?俺達は罪を犯していたのか?」


 グロムは訴えかけるように陽の目を真っすぐに見る。だが、陽はそんな視線に耐えきれず、横を向いてしまう。


「そんな、そんな事……!」


 答えられるはずが無かった。陽とグロム達では、根本的に考え方が、価値観が違う。陽が何かを言ってしまえば、それは価値観を押し付けるだけになる。


「ごめん、俺には、答えられない……」


「そうか……」


 幾何か、静寂が流れた。


「罪を犯したのは俺だ。俺は、ローウェンさんを殺してしまった」


「……!!」


 息を呑む声が聞こえる。


「俺は、彼に、彼の家族に、どう詫びればいい?どう罪を償えばいい?恐いんだ、それと向き合う事が!」


「ヨウ……」


 ギブリの弱々しい声が刺さる。グロムは何も言わなかった。

 ギブリが陽の方に手を置き、優しい口調で語り掛けた。


「ヨウ、ここに居ても、辛い思いをするだけ。ここに残ると、戦いは避けられないんだ……だから、君が望むなら、街の外まで連れて行ってあげる」


 彼女は陽に選ばせた、戦うか、逃げるか。


「分からない……」


「え?」


「自分がどうしたいのか、どうすればいいのか、分からないんだ……だから少し、考えさせてくれ」


 陽は下を向きながら話す。グロム達からはその表情を読み取る事が出来なかったが、悲哀に満ちたものだというのはその声から感じ取れた。


「ここに居ても仕方がない、一旦街を出るべきだ。その準備もしてある」


「うん、グロムの言う通りだよ。気持ちが決まったら、戻ってくればいいから!」


 陽は彼らの提案に頷いた。彼はここではない場所で、一度深く考える事に決めた。

 

 グロムとギブリは、陽を街の外へと逃がすために行動を開始した。

 3人は、陽が居た城の一室を出て、夜の街を隠れて進む。そして何事も無く、街の外れまで辿り着いた。


 そこでは、陽を待っていた影があった。


「竜鎧……」


 闇の中から現れたのは、青い眼を光らせた竜鎧だった。

 陽はそれ以上何も言わず、竜鎧の横を通り過ぎる。そのまま彼の後ろに竜鎧は着いてゆく。


「2人共、ありがとう」


 後ろを振り向かずに、陽は礼を言った。そして、街の外へ向けて歩いて行った。


「おう」


「うん!」


 グロムとギブリは短く返事を返すと、陽の背中が、闇の中に消えて見えなくなるまで、じっと見つめていた。

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