第36話

 自分がした行為によって、人が死んだ。陽はその事実を受け入れる事が出来ずに、震える唇で呟いた。


「死んだ?嘘だ、そんな事……」


「……嘘じゃない、本当の事だ」


 少しの沈黙の後に、ステラの口から再び事実を突き付けられる。ステラに対して、あれだけ批難していた事を彼自身も行ってしまっていた。

 我を忘れていた事など彼には関係無かった。彼自身の手で、ローウェンを殺してしまったという事実だけが深く深く胸に突き刺さる。


「ハァ……ハァ……」


 陽は、握りつぶすような勢いで、早鐘を撃つ心臓に手を当てる。だが、その鼓動は速度を落とす気配は無かった。

 目を見開き、荒い呼吸を繰り返す。手足は痺れ始め、目からは涙が溢れ出す。

 少し前までは暴力とは無縁の生活を送って来た彼には、それほどまでに受け止め難い事実だった。


「すまない。君がそうしてしまった以上、この場所に入って貰うしか無かったんだ。あれからもう1日が経った、私達はマーレの街に戻って来たんだよ」


 ステラが陽に声を掛けるも、彼は心ここにあらずと言った様子でステラの話など耳に入ってすらいない。

 今の彼の状態をどうする事も出来ないと考えたステラは、仕方なくその状態のままの彼に向けて話を続けた。


「ヨウ、君をこんな事に巻き込んで本当にすまないと思っている。だが、私には君の力が必要なんだ」


「俺の、力?」


 目を見開いた状態のまま、陽はステラの方を振り返った。涙で濡れ、目も当てられない程酷い顔をしている陽に、ステラは少したじろぎ、申し訳なさそうな顔をしながら話を続けた。


「あ、あぁ。君はその力を使い、見事な活躍をしてくれたじゃないか。三日月の本拠地に入るためには、まだ2つ同じものを壊さなければならない。だから、そのためには君の力が……」


「違う!俺のじゃない!!」


 ステラは微笑み、手を差し出すが、陽はそれを払い除け、ステラを睨みつけながら叫んだ。


「あんたが必要としているのは俺の力なんかじゃない!竜鎧の力だ!」


「りゅう、がい?」


「俺自身には何の力も無い、魔法も使えないし、戦いも恐くて恐くてたまらない!」


 陽は拳を握りしめ、下を向いて叫ぶ。まるで自分に言い聞かせているかのように。


「俺は人を、殺したんだ!こんなの、立ち直れるはずがない!俺には何の価値も無い。だって俺は、俺の人生は……無価値なんだから」


 彼はそう言い終わった後、歯を食いしばり、静かに泣いていた。彼の言葉は、彼自身を否定する言葉だった。


「ヨウ、私はそんなつもりで……」


「もう出て行ってくれ。今は、1人になりたい」


「……そうか、わかった」


 陽の言葉にステラはそれ以上何も言わず、部屋を後にした。外から鍵のかかる音が聞こえると、陽はその身体をベッドに放り投げる。

 涙が頬を伝い、布団を濡らす。その後も少しの間彼は泣き続け、気付かぬ内に眠りに落ちていた。

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