第33話
「戻ったか!それで、成功したのか?」
陽達が部屋に入ったと同時に、待機していたグロムが待っていたとばかりに声を掛ける。
彼は塔が揺れるほどの衝撃や戦闘音を感じ取っており、ステラ達の方がどうなっているか気になって仕方がなかったのだ。
「ああ、ヨウのおかげで、無事に目標を達成する事が出来た」
「おお!やったのか!」
「本当!?すごいじゃん!」
ステラの報告を聞き、グロムは思わずガッツポーズをし、ギブリは兎のように飛び跳ねて喜びを表現する。
その後ろでは座って休んでいたローウェンが無言で頷いていた。
勝利を収め、緊張が解れた和やかなムードに包まれている空間であったが、その中で1人、黙り込んでしまっている者がいた。
「……」
作戦の功労者であるはずの陽である。彼は余韻に浸るわけでも無く、周りが和気藹々と話す中で、床に転がされているものを見つめていた。
彼が見ていたのは、手足を縛る事で自由を奪われているクラムの姿だった。クラムはただ無言で、部屋に充満する優しい雰囲気に似つかわしく無い、射殺すような鋭い視線を陽以外の全員に向けていた。
クラムのそんな様子に、陽はどうやって声を掛けて良いのか分からず、立ったまま硬直してしまっていた。
そしてステラ達のクラムを全く気に留めていないような態度を見て、クラムの事を気にしているのは自分だけなのかという錯覚に彼は陥っていた。
「っと。そっちも、私の言ったとおりにしてくれているみたいだな」
黙り込んだ陽を横目でちらりと見たステラが話題を変えると、全員の視線がクラムに注目する。
「あぁ、暴れるこいつを抑えるのには苦労したぜ」
肩をすくめ、おどけるようにしてグロムが言った。クラムが起き上がり、そして今の状態に至るまでに、小さな戦闘があったようだ。
「殺さずに捕獲する事には成功しました。ですが、僕等が言葉を掛けても、睨むような反応はあっても言葉を返そうとする様子はありませんでした」
この部屋に到着した際に陽の説明を聞いていたローウェンは、もしやと思い自分でもクラムに話し掛け、会話が出来るのかどうかを試していたが、結果は失敗に終わっていた。
理由は不明だが、クラムは陽以外の人間とは会話を行っていないことが分かった。
ステラ達が三日月と呼んでいる額に三日月模様のある人達は、普通ならば死に至るような傷を受けたとしても、一定時間が経過すると傷が治り何事も無かったかのように動き出す。
意思の疎通は不可能で、首を切り落とさなければ死ぬことは無い。それが彼女達の共通認識だった。
だが、今回の一件でそれが正しいのかがステラの中で曖昧になってしまっていた。
「なるほど……」
ステラは首を捻り、陽を見る。グロム達で無理ならば、後はヨウに任せる他に方法は無い。彼女はそう考えた。
そもそもな話、意思疎通の検証も、殺さずに捕獲する事を命じたのも彼女ではあるが、彼女自身、陽とクラムが会話をしている場面を見ていない。
彼女の視線の先に立つ陽は、ぼうっとしたままクラムを見つめている。
彼はステラの予想通り、三日月達の本拠地と思われる場所を覆っている壁の、発生装置を破壊する事が出来る力を持っていた。
今回それが分かった以上、陽の安全確保には充分に気を配らなければならないとステラは考えていた。
ステラは、グロムの足元に転がるクラムへと視線を移す。先程と変わらず、クラムからは刺すような鋭い視線が放たれている。
明確な敵意、もしくは強い殺意。クラムから向けられるそれらに対し、ステラは顎に手を当てて考える。この状態でヨウを近付かせても良いのだろうか、と。
彼女の目的はあくまで三日月との戦いに勝利する事であり、陽の抱える謎を解き明かす事に関してはそれよりも優先順位が低かった。
しかし、陽の目的を無下にする事も出来ないため、彼女は腹をくくり、陽に声を掛けた。
「ヨウ、話さないのか?」
彼女はいつでも魔法を発動できるように呼吸を整えながら、陽の次の行動を待った。
ステラに話しかけられた陽は、少しのタイムラグがあった後、はっとした表情を浮かべる。
「すみません、何故かぼーっとしてしまってて……」
ぞんざいな扱いを受けているクラムに驚いていた陽だったが、我に返りると、ステラ達とクラムは敵同士である事を思い出す。
最初に出会った際に敵意を感じる事が無かったため、危険が無いものだと思い込んでいた。ステラ達にとってクラムは、いつ襲って来るかも分からない敵でしか無いのだという事を理解する。
彼は今の状況を受け入れ、もう一度クラムと言葉を交わすために一歩前に踏み出した。
グロムが、倒れているクラムの服を掴み、その身体を引き上げる事で膝立の状態にする。陽は膝立になったクラムと視線の高さが同じになるように片膝をついた。
これ以上無いほどに吊り上がっていたクラムの目は、彼が眼前に来る事で少し穏やかになった。
だが、依然としてステラ達に向ける鋭い視線は切らさないままであり、目の前にいる陽に語り掛けようとする事も無かった。
「クラム、こんな縛られたままの状態だと話しにくいと思う。けど、ステラさん達が安心するにはこうするしか方法が無いんだ」
「……」
クラムは陽の言葉に視線だけを向け、無言のまま聞いていた。
陽は次に何を言おうかと言葉を探すが、未だに整理のつかない頭では何も浮かんで来ず、彼の口は音も無く空気だけを吐き出している。
「だ、大丈夫だよ、俺は君と話がしたいだけだ。この拘束も、話が終われば解いてくれると思うから……」
何とか絞り出した言葉に対しても、クラムは陽の顔をただじっと見るだけで返事をしようとはしない。
「……クラムと言ったか、先程は攻撃してすまなかった。あれは私の勘違いだったんだ」
話が始まらない事を見かねたステラが、会話に入ってゆく。陽と同じようにクラムに目線を合わせる。彼女は心の中で、自分の言葉は届かないだろうと思いつつも、一呼吸空けてそのまま話を続けた。
「ヨウから話を聞いた、君が彼に対して友好的だったことを。終わった後で君に敵意が感じられなければ、こちらも危害を加えるつもりは無い、だから彼と話をしてくれないだろうか?」
「そうだよ、クラム。さっきまであんなに話してくれていたはずだろ?ステラさんもこう言ってくれているし、俺はさっきしていた話の続きをしたいんだ」
だが、2人の問いかけを受けてもクラムの無言は解かれる事は無く、陽の脳裏には焦りだけが募ってゆく。まるで別人のようだと彼は思った。
「チッ、話す気配が全く無ぇな。やっぱりこいつ等と会話なんて無理だったんじゃないか?」
進展しない状況に、グロムが苛立ちを覚えて舌打ちをする。
「ヨウ、話が出来たって本当なの~?」
ギブリに至っては、陽の言っていた事さえ疑い始める始末だった。
「本当だ!俺はクラムと話したんだ!記憶もちゃんとある!」
「じゃあその時はこいつと何を話したんだよ」
グロムの言葉に、陽は言葉を失ってしまう。先程は話せるような内容を聞く前に終わってしまったからだ。その事を知らないグロムは、黙り込んだ陽を見て目付きを鋭くした。
「おい、よさないか2人共、まだ始まったばかりで、どうなるかは分からないじゃないか」
ステラが慌てて2人を窘めるも、陽の焦りは増すばかりだった。そして、グロム達の不満も止まる事は無かった。
「ヨウがこの部屋に来た時からずっと同じじゃねぇか。俺は時間の無駄だと思うがな」
「そうそう、早くやっちゃって帰ろうよ~」
「待ってくれ!まだクラムから聞けてない事があるんだよ!……そうだ、縛っているのを外せないか?あれが痛くて話せないのかもしれない!」
その言葉を聞いたグロムは遂には声を荒げる。
「そんな事出来るわけが無いだろうが!どうしてわざわざ危険を冒すような真似をしなくちゃならねぇんだ!お前は話せたと言ってるが、俺達はこいつに襲い掛かられたんだぞ!?」
その凄まじい剣幕に陽は怯んでしまう。そして場を包む剣呑な雰囲気は膨れ上がってゆく。
「ヨウ、もしかしてこいつの拘束を解くのが目的なの?」
ギブリのその言葉を聞いた陽は、すぐさまそれを否定しようと息を吸い込んだ。だが、彼が発そうとした言葉は、周りに届くよりも先にステラのよく通る声にかき消された。
「ヨウの事を疑っているのか!?彼は見ての通りボロボロになってまで私達に協力してくれているんだぞ?それに、私達で言い争っていてはそれこそ時間の無駄だろう!」
「お言葉ですがステラ様、僕自身も今の状況は時間の無駄に思えます。なので早々に片付けて外に出るべきでしょう。まだ戦っている者もいるかもしれません」
ステラの言葉対して、ローウェンは食い気味で割って入る。
「ローウェン、君まで……彼の言っている事が本当なら、もう少し前に進めるかもしれないんだぞ!?」
仲間同士で言い争っているステラ達。そんな状況に陽はどうしていいのか分からずに、藁にもすがるような思いでクラムへと顔を近付けた。
「クラム!どうして話してくれないんだ!?君が話してくれないとどうにもならないんだ!それに、このままだと君が殺されてしまうかもしれない!だから何か言ってくれよ!!」
彼の必死の呼びかけに対しても、クラムは視線を合わせるだけで何も言おうとはしなかった。それを見ていたグロムは遂に、強硬手段に出た。
「もう待ってられねぇ!こいつをさっさと殺して、外の奴らの加勢に向かう!」
背負っていた槍を抜き放ち、それを大きく振り上げる。槍の先からは電流がほとばしる。
「うん、アタシもそうした方が良いと思う!グロム、さくっとやっちゃって~」
ギブリはグロムの言葉に賛成の意を示し、膝立ちになっていたクラムの身体を、首を切りやすいように押さえつける。
「……!!おい待てよ!抵抗出来ない相手をわざわざ殺す必要なんてないだろ!?同じ人間じゃないか!」
あまりにもあっさりとした殺人の宣言に、陽は思わず声を荒げる。だが、彼のその言葉を聞いたグロムは鬱陶しそうな様子で返事をした。
「あぁ?同じ人間だと?ならよく見とけ、こいつ等が俺達と同じ人間かどうかをな!」
「ッ!!グロム、よせ!!」
ステラが叫び、止めようと必死に手を伸ばすが、もう間に合わない。すぐにでも槍は振り下ろされ、クラムの首元へと一直線に迫ってゆく事になるだろう。
寸前までクラムに死が迫った時、陽は彼と視線を合わせていた。そしてグロムの持つ槍が振り下ろされようとした瞬間、陽はクラムの唇が動いたのを見た。
他の誰にも聞こえない、陽だけに聞こえるような声量でクラムは言った。
「陽、君は何故、侵略者と共にいる?」
「え?」
言葉の意味を確かめる間もなく、陽が次に聞いたのは槍の穂先が床にぶつかる音だった。
彼の身体に真赤な液体が飛び散った。それは誰かの血液のようだった。そして跪いた彼の手元には、血に塗れた何かが転がって来た。彼はそれを拾い上げる。
「それを見ても、同じ人間だなんて言えるのか?」
グロムの冷めた声が脳裏に響く。陽が手にしたそれは、切り落とされたクラムの頭部だった。
血に濡れ、貼り付けられたような無表情で固まっているクラムの顔、そしてその下にある首の断面からは、彼の身体を縛っていたコードのようなものが飛び出していた。
「え?」
陽が感じたのは、思考が白く塗りつぶされるほどの怒りと困惑。そしてその思考を映し出すように、彼の視界もまた、眩い光に包まれてゆく。
次に彼が感じたのは、頭と胸に来た少しの痛み。そして自分が、何かを叫んでいる感覚。
彼が最後に感じたものは、いつの間にか握りしめていた拳に伝わる鈍い痛みだけだった。
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