第32話
「やった!やったぞ!」
陽はうつ伏せで倒れながら顔だけを上げ、完全に沈黙した巨人を見て歓喜の声を上げた。
そして同時に、装置の破壊にも成功している事に気が付き、目的を達成した安心感で脱力し、深いため息を吐いた。
「はぁ、良かった……」
陽は仰向けに姿勢を変え、天井に開いた穴を見ながら呟いた。そのままの状態で動く気力が無くなった彼のもとに、駆け寄って来る足音が聞こえた。
「ヨウ!無事か!?」
足音はステラの物だった。彼女は陽の攻撃に巻き込まれそうになったが、柱の陰に隠れる事で何とか凌ぐことが出来ていた。
彼女は動けない陽の身体を起こし安否を確かめようとする。しかし、彼の顔は鎧に覆われており、その表情を読み取ることが出来なかった。
「ステラさん、俺、やりましたよ……」
「あぁ、ありがとう。君のおかげで、あれを破壊する事が出来た」
「はい。でも少しだけ、休ませてください……」
陽はステラの言葉に対して、呟くように返事を返し、鎧の奥で瞼を閉じた。身体の至る所に鈍い痛みが残り、少しでも動かすとその痛みは強くなっていた。
陽が短く息を吐くと、彼の身体を覆っていた鎧が粒子状になり剥がれてゆく。鎧の下からは、戦闘時に受けた傷が痛々しい陽の姿が現れる。
彼の身体から離れた粒子は、一点に集中してゆき、ドラゴンの姿を形成する。完全に元の姿に戻ったドラゴンは、心配そうに陽の顔を覗き込んでいる。
「お前のおかげだよ、ありがとな」
陽は薄く目を開けて、ドラゴンに向けて礼を言った。彼は腕を伸ばすが、既の所で力が抜けてしまい届かなかった。
だが、彼の腕は地面に落ちる前にステラが掴み、ドラゴンの方へと持ってゆく。ドラゴンは青い瞳を閉じ、彼の手に額を当てた。
陽は掌に温かいものを感じると、瞼を閉じる。
「お疲れ様、少しの時間だが、休むといい」
優しい声色でステラが言う。陽はそれを聞き、ゆっくりと意識を手放していった。
*
「うぅ……」
少しの時間が経過した後、陽の意識は次第に戻り始めた。未だに身体の節々に痛みは残るが、先ほどよりは幾分かその痛みは和らいでいた。
固い床の感触が伝わって来る中で、彼は後頭部に柔らかい感触を覚えた。
彼がはっと目を開けると、すぐ近くで彼の顔を覗き込んでいたステラと目が合った。ステラは少しでも姿勢が楽になるようにと彼に膝枕をしていたのだった。
「──!?」
「わっ」
ステラとの距離に、陽は言葉になっていない驚きの声を漏らしながら飛び起きる。そのままの勢いで転びそうになるが、そんな彼をドラゴンが尾を使って受け止め、転ぶ事を回避させる。
そんな彼の唐突な行動にステラは目を丸くして体を震わせた。そして、ドラゴンに姿勢を戻される陽に向かって声を掛ける。
「いきなり飛び上がるものだから驚いたよ」
「す、すみません……」
心臓が止まるかと思った。陽は心の中でそう漏らしながら胸を撫で下ろす。彼の思考とは裏腹に、彼の心臓は早鐘を打っていた。
「その様子なら、歩くのに問題は無いかな?」
「は、はい。まだ少し痛みますけど、1人で歩けるくらいにはなったと思います」
一瞬だけ驚いていたステラだが、すぐに涼しげな顔に戻り、彼に膝を貸すためにしていた正座を解き、外していた鎧を再び装着し始めた。
真赤な顔をしながら肩で息をしている陽だったが、少しの時間、休息を取った事で歩けるほどには回復していた。
陽は自分だけが狼狽えているのが恥ずかしくなり、それを隠すために身体の調子を確かめるフリをしながらステラから目を逸らした。
この場所に来た本来の目的であった壁を発生させる装置の破壊は終了しており、後は戻るだけだが、ステラの脳裏にはこの街からの脱出と、そしてもう一つ試すべきことが浮かんでいた。
「下に降りよう、番人と話すんだ」
「……!そうですね、急ぎましょう」
完全に忘れていたわけではないが、巨人の乱入というイレギュラーによって陽の思考は別の方向に向いてしまっていた。
彼はステラの言葉で思考の軌道修正を行った。彼は、ステラ達が番人と呼ぶクラムと話をし、情報を聞き出さなければならない。
ステラ達の言う通りに、致命傷を与えても時間が経過すれば何事も無かったかのように起き上がるのだとすれば、クラムはもう起き上がっているかもしれない。
陽はそう考える。そしてクラムが起き上がった際は殺さずに捕獲するようにステラは指示を出していた。
彼はそれを思い出し、戦いの余波から何とか逃れていたエレベーターの方向へと歩き始めた。
ステラとドラゴンもそれに続き、2人と1匹はエレベーターに乗り込んだ。陽はエレベーターのパネルを操作し、一番下の階層に行くためのボタンを押す。
控えめな音を立てながらエレベーターは動き出し、2人は少しの浮遊感に包まれる。そんな感覚に包まれている陽の身体には、塔を上っている時とはまた違った緊張が走っていた。
不安だ。彼は床を見つめながら心の内で呟いた。ステラの魔法を受ける前にクラムは何かを教えてくれようとしていた。あれは一体何を言おうとしていたのか。
もう一度クラムと会話をする事が出来たとして、自分は何を聞けばいいのか、どう答えてくれるのか。そしてそれは、自分が置かれている今の状況を打開する事が出来るものなのか。
静寂に包まれているエレベーターの中、彼がそんな事を考えていると、みるみる緊張の波は高まってゆく。
手汗のにじみ出た掌を丸め、マイナスに向かおうとしている思考を払うように首を振る。
それがどんな結果であれ、きっと何かは分かるはずだ。と、彼は思考を切り替え、顔を上げようとする。
それと時を同じくして、設定された階層に到着したことをエレベーターのベルが告げた。
エレベーターの透明なドアは、開く前から部屋の様子を見る事が可能だったが、彼が到着に気付いた時にはドアはゆっくりと開き始めたところだった。
陽は部屋の状況を見る。部屋に置かれていたのか、電源コードのようなもので手足を縛られているクラムの姿があった。
そしてその表情は陽と会話をしている時の物とはかけ離れているものだった。
常に浮かべていた余裕のある微笑みは見る影もなく消え失せ、脇に立って見張っているグロム達を鬼のような形相で睨みつけている。
「本当に、起き上がるんだな」
陽は生唾を飲み込み、より強く緊張が走る身体に鞭を打って、部屋の中へと歩き出した。
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