第31話
大きな音を立てて巨人の身体から瓦礫が滑り落ちる。陽は驚きの余り脱力し、立ち尽くしたままその姿を見ていた。
ビルが揺れるほどの衝撃を直接受けた筈の巨人は未だに健在だった。だが、ダメージが全くないというわけでは無かった。
その頭部は、辛うじて原型を留めているものの大きく歪み、視覚情報を読み取っているであろうカメラは、面積の半分以上が割れていた。
ハンマーへと形を変えていたその右腕は、肘の部分から先が吹き飛び、断面からは電線が飛び出し先から火花が散っていた。
胴体と両脚に欠損は見られなかったが、全身至る所に損傷があった。動く度に塗装が剥がれ落ち、鉄が軋む音が鳴り続けている。
動いているのが不思議なくらいだった。あと少し攻撃を加える事が出来れば、完全に破壊する事も可能だろう。
だが、陽は追撃を開始する様子は無かった。彼もまた同様に限界だったのだ。巨人の突撃を受け止めた足腰は、悲鳴をあげるように震え続けている。
そして彼の心もまた、限界が近かった。そして今にも折れそうな彼の心は、ある1つの選択をする。
「クソッ!なんで俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだ……!」
彼が選んだのは逃亡だった。もう戦えない、逃げなければ殺される。
全身の痛みが絶え間無く脳に送られ、それを受け取った脳が手足を動かせと信号を送る。
彼は壁に手をつき、よろめく身体を支えながら、壁沿いに進んだ先にある出口と思われる場所へとゆっくりと進んでゆく。
「早く、早く外に……!」
陽はちらりと巨人を見た。破損によって移動速度がかなり落ちているようだが、それでも一直線に彼の元へと進んで来ている。
亡者に取りつかれているような動きに、陽の恐怖は膨れ上がる。彼は果たすべき使命も忘れて、もがくような動きで必死に進んだ。
そして彼はビルの内部を移動するための階段へと辿り着いた。
「そんな……!これだと下に行けないじゃないか……」
だが、戦いの余波か、元々そうなっていたのか、下へと続いていたであろう階段は、瓦礫の山で塞がれてしまっていた。
「上に行くしか……無い」
無慈悲にも、背後から聞こえる足音が、彼に考えている時間など無い事を突き付けていた。
彼は足を止めていた思考を振り払い、進む事の出来る方向へ、上へ上へと歩みを進めた。
軋む足に鞭を撃ち、幾度も倒れそうになりながらも、彼はただ逃げるためだけに階段を上る。
次第に巨人が鳴らす音が遠のき始めている。満身創痍と破損寸前。互いに牛歩な事に変わりは無かったが、陽の歩みの方が少しだけ早かった。
「着いた、早く外に出ないと!」
陽は遂に階段を上り切り、屋上へと繋がっているであろう扉の前まで辿り着いた。
彼はドアノブを回す事さえも忘れて、倒れ込むようにして扉に突進し、扉と共に倒れ込むようにして屋上へと投げ出された。
「逃げ切れたのか?……どうやって戻ろう」
巨人は今にも停止しそうなほどに損傷が激しかった。陽は自分を追っている途中で完全に停止する事に賭けていた。その他に自分が逃げ切る無いと、彼はそう考えていた。
陽は無我夢中で階段を上って来たが、その後の事を全く考えていなかった。迫る脅威から遠ざかる事しか考えていなかった。
屋上の端、彼の胸のあたりまである塀に背中を預け、どうしたものかと考える。
ここはかなりの高さがあるビルの屋上、周りの建物との距離もかなりあった。屋上を見る限りでは、非常階段も見当たらず、どこかに飛び移り移動する等と言った方法は不可能だった。
彼が途方に暮れかけていたその時だった。地震かと錯覚するような揺れが起こった。階下から天井を突き破り、何かが彼のいる屋上へと飛び出して来た。
「!?」
瓦礫の破片と、白い煙のように舞い上がるビルの破壊片に陽は思わず顔を隠した。だが、彼の顔は鎧が守っている。すぐにその事に気付いて腕を元に戻し、白煙が上がる中心を見た。
屋上に出来た大きな穴、その中心に浮いている物が、陽を絶望へと叩き落した。
「巨人……まだ追って来てたのか……クソッ!」
陽は後ろを振り返る。一か八かで飛び降りるか、この鎧が守ってくれるかもしれない。無謀とも思える考えが頭に浮かぶ。それほどまでに、彼には余裕が無かった。
塀の上に登り、飛び降りる覚悟を決めようとした瞬間、彼は見た。見下ろした先、塔の入口付近で、戦っている人達を。
ステラの仲間の隊員達が、倒しても倒しても時間が経てば復活する三日月の兵士達を相手取っている。
それは、陽が壁の発生装置を破壊するまでの間、塔の内部へと敵を入れないための時間稼ぎだった。すなわち彼らは、傷だらけになりながらも、陽の為に戦っているという事だった。
陽は思い出す、ローウェンとの約束を。自分の言葉を。
「俺が、やらないと!」
自分の行動によって隊員達が傷付くのは許容出来ない。身を粉にして戦ってくれている彼らの思いを無駄にする事はしたくない。
陽は戦う覚悟を決め、逸らしていた視線を巨人へと戻す。巨人は背から炎を噴出しながら宙に浮いている。
陽は巨人を倒しつつ塔の最上階に戻り、壁の発生装置を壊す方法を考える。そして目の前に浮かぶ巨人の姿から、一つの方法を思いついた。
「出来るのか?そんな事が」
彼は自分が思い至った方法の可否を問う。だが、もう彼の頭にはそれ以外の方法が浮かぶことは無かった。
「やるしか、無いんだ!」
彼が叫んだと同時に、巨人が動き始めた。その鋼鉄の身体を前に傾け、陽に向けて突進を開始する。
爆風が吹き荒れるが、陽は脚を踏ん張りながら耐える。そして目を背けずに巨人を睨みつけた。
「行くぞ!塔の頂上に叩きこんでやる!」
陽は、巨人の背に付いている、炎が噴き出すジェットエンジンを見る。そしてその映像を頭の中で繰り返す。
彼は、巨人と同じ事をしようとしていた。彼が纏う鎧の翼に火が付いた。そしてそれの勢いは徐々に増してゆき、彼の身体を宙に浮かせるほどの推進力を生み出した。
巨人が高速で迫る。だが、彼はそれを正面から受け止める。
陽と巨人は激突した。ビルの屋上から衝撃波が波紋のように広がってゆく。爆発が起こり、瓦礫が飛ぶ。
爆心地では、陽と巨人が押し合っており、その力は拮抗していた。
「おおおおおお!!」
陽は叫び、痛みが駆け巡っている四肢に全力で力を込める。翼から噴出している炎の勢いが増し、巨人の身体を少しずつ動かし始めた。
彼はさらにイメージを強くする。それに伴い炎の威力は何倍にも増してゆく。遂には完全に巨人の力を押し返す程になっていた。そのまま塔の頂上へと向かって飛んでゆく。
「いっけえええええええ!!」
塔の壁を突き破り、中にある装置目掛けて突き進む。彼の視界の端には驚愕の表情を浮かべたステラの姿が映っていた。
陽は巨人の身体を装置にぶつけた。激突し、塔の頂上で爆発が起こった。ステラは急いで柱の蔭へと避難した。
陽は爆風を受けて吹き飛ばされるが、柱に当たって止まる。床に倒れたまま、顔だけを上げて爆心地を見た。
「今度こそ……!」
白煙が晴れてゆく。陽の目に映ったのは、動き出す気配の全く無くなった巨人と、完全に破壊されている装置だった。
作戦の目標が達成された瞬間だった。
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