第30話
浮遊感に全身を包まれながら、陽は霞んだ目で自分がいた塔の最上階を見た。
彼の身体が突き破った壁の穴が見え、そこからは巨人が飛び立った直後だった。巨人は凄まじい速度で彼に迫って来る。
巨人が飛び立った後、壁の穴からステラが身を乗り出した。陽の目からは彼女の表情を読み取る事は不可能だったが、何かを叫んでいたことは理解する事が出来た。
「くっ、まずい!」
このままでは追撃を食らってしまう。巨人の右腕に生えるハンマーからその未来を見た陽は、それを回避しようと必死で身をよじる。
しかし、彼がいるのは空中。当然、彼の腕は空を切り続ける。そして彼の努力も虚しく、巨人がその眼前へと肉薄した。
「くそっ!」
陽は腕を伸ばし、力によって生み出した風で巨人の攻撃をかわそうとした。
だが、風が巻き起こるよりも先に、巨人が横薙ぎに振るったハンマーが彼の脇腹に直撃した。
「──!!」
陽の身体はくの字に折れ曲がり、次の瞬間には巨人の眼前から消えた。頑強な鎧さえも貫通し、襲い掛かった激痛に、彼は声を出す事も出来なかった。
巨人の攻撃によって、自由落下の軌道を取っていた彼の身体は横方向に打ち出され、その先にあったガラス張りのビルへと飛ばされてゆく。
意識が揺れ、平衡感覚を失いながら、彼はそのビルのガラスを突き破り、フロアの床を転がった。
轟音が鳴り、埃と紙切れが宙を舞う。彼の身体は、そのフロアに並べられていた机や椅子を押しのけて進み、フロアの中ほどで止まった。辺りには瓦礫が散乱している。
仰向けに倒れ、一瞬意識を失った彼は、意識を取り戻した後、首だけを動かして周りを見渡す。
この場所は以前、会社のオフィスにでも使われていたのだろうか。普段なら、彼が荒らす前のフロアの様子を想像してそんな事を考えそうなものだが、今の彼にそんな事を考える余裕など無かった。
この瞬間にも、自身を攻撃した巨人が追跡して来ていると考えたからだ。彼はうめき声を漏らしながら手を床につき、上半身を起こした。
彼は口の中に血の味が広がってゆくのを感じる。巨人の攻撃は彼の内臓にまで打撃を与えていたようだった。幾度も倒れ込みながら彼は何とか立ち上がった。今にも崩れ落ちそうな膝を押さえて前を見る。
彼の予想通り、大きいな音を立てて巨人が無理矢理ビルの中へと侵入してくる。そして床に降り立つ事もせずに彼の元へと突進する。
巨人のジェットエンジンが生み出す爆風がその通り道に広がり、それに煽られ飛ばされた物が辺りに散乱する。
陽は拳を前に突き出し、大きく息を吸い込む。彼の胸に激痛が走り、その痛みに彼の脳が大きく揺さぶられ、足元がおぼつかなくなるが、なんとかそれに耐えて腕に力を込める。
彼がイメージするのは風だった。鎧の力によってそのイメージは具現化し、彼の後方から巨人に向けて強烈な風が巻き起こった。
机や椅子、その他にも机に置かれていた物など、このフロアにあったありとあらゆる物が巨人に向けて風に乗って飛ばされる。
「止まれええええ!!」
次、まともに攻撃を食らったら、もう立ち上がる事は出来ない。陽はそう感じていた。よって、彼はなんとしてでも巨人の侵攻を止める必要があった。
しかし巨人は、彼の放った強風と、それによって飛ばされた物にぶつかってもその勢いを弱めない。
陽は使っていない方の腕を前に突き出し、力を使う。彼の腕から電撃が放たれ、それは巨人に向けて走ってゆく。
電撃は命中し、全身に電気が駆け巡る。鋼鉄の身体に傷が入り、ほんのわずかだが、その勢いは弱まったように見えた。しかし、完全に止める事は出来なかった。遂には彼の元に辿り着いた。
巨人はハンマーを振るう様子は見せなかったが、その質量を生かして彼にタックルを仕掛けてくる。
避けるのは間に合わない。陽はそう判断し、突き出したままの腕で受け止める覚悟を決める。
激突する。ダンプに轢かれるのと同じレベルの衝撃が陽の身体に伝わる。その場所を中心に衝突の余波が広がり、衝撃波によって窓ガラスが粉々に砕け散る。
「ぐううううあああああ!!」
陽の腕はすぐさま悲鳴を上げる。骨が軋み、痛みが駆け巡る。それに歯を食いしばって耐えようとするが、痛により叫び声をあげてしまう。
拮抗した力を捻じ曲げるように巨人のジェットエンジンが勢いを増し、彼の身体は徐々に後方へと押され始める。その
倒れないようにと必死に踏ん張るが、彼の足や腕からは次第に力が弱まってゆく。
「止まれ!止まれ!止まれええええ!!」
雄叫びを上げ、藁にも
世界が歪むような錯覚、景色が色褪せてゆく。エネルギーの波は陽と巨人の元へと引き込まれてゆき、圧縮される。そして次の瞬間にはエネルギーは凄まじい速度で膨張する。
爆発が起こった。色が消えた世界に色が戻ってゆくのと同時に、強大な力が濁流のように広がった。
陽が気付いた時には、彼の身体は壁へと叩き付けられていた。壁からずり落ちながら、霞んだ目で状況を把握しようと前を見る。
彼が巨人と力をぶつけ合った地点には、ぽっかりと大きな穴が開いていた。そしてその穴の向こう側には、崩れ落ちている瓦礫に埋もれた巨人の姿があった。
「やった……のか?」
彼は地を這いながら顔を上げる。もう身体の限界はとうに超えている。鎧も所々剥がれ落ちてしまっており、眼に灯る青い光も消えかけている。壁に手を置き、ガタガタと震える足に精一杯の力を込めて立ち上がった。
「早く戻らないと……!」
ステラの魔法では塔の最上階にある装置は破壊する事が出来ない。陽はその事を覚えていた。故に、彼は急いで彼女の元へと戻る必要があった。おぼつかない足取りで出口を探す。
だが、大きな音と揺れが彼の足を止めた。彼はゆっくりと首を回し、音のした方を見た。
「そ、んな……」
彼の目が捉えたのは、瓦礫の中から起き上がる巨人の姿だった。
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