第29話
彼らの前に立ちはだかる巨人と呼ばれたそのロボットは、陽が目覚めた場所で戦ったロボットのような巨大な球体が連なっている姿とは違い、細身の人間のような体躯を持っていた。
軽く見積もっても彼らの倍近くある背丈に、細長い手足と黒く染まる小さな胴体、頭部にはカメラのレンズのようなものが付いており、赤く光るそれは陽へと向けられていた。
陽は耳鳴りかと錯覚するような音が鳴っている事に気が付く。彼が音のする方向を辿ると、それは巨人の背にある一対の円柱から発せられていた。
音の正体はジェットエンジンが回転する音だった。巨人はジェットエンジンで空を飛び、この場所へと飛来したようだった。
陽が纏う鎧の中に冷や汗が流れる。彼は突然の事態に、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなっていた。
巨人が彼に向けて、その鋼鉄の左腕を伸ばす。すると、人間の腕のようだったそれは、金属がぶつかり合う音をたてながら変形し始める。
その腕が筒状に変化すると、銃口のように開いたその先端から、赤く強烈な光が発せられる。何かを警告するような甲高い音が鳴り響き、その光は徐々に強まってゆく。
「まずい!」
それが攻撃の予備動作だと気付いたステラが、瞬時に陽を引き寄せて、柱の陰へと滑り込んだ。その直後、巨人の腕から光が放たれ、彼らがいた場所に照射される。
光の照射が終わると、それを受けた床からは白い煙が立ち込め、赤く焼き付いた様子から強い熱が伝わってくる。光の正体は殺傷能力を持ったレーザーのようだった。
危なかった。立ち込める熱気に顔をしかめながらステラは内心で呟いた。ステラの反応が少しでも遅れていれば、2人は今頃焼け爛れた床のようになっていただろう。
「はぁ、今回は想定外の事態ばかり起こるな……」
柱に背を付けながらステラはため息を吐いた。今回実行された作戦自体はシンプルなものであったが、彼女達が前回それを行った際は、今2人の目の前にある装置の破壊以外は問題無く遂行することが出来た。
しかし今回、侵入の際に出鼻を挫かれてからは、彼女の想定外の事態が巻き起こっていた。
こうなっているのはもしや君が原因なのか。彼女は、共に柱の陰へと逃げ込んだ陽を横目で見る。
彼が壁を越えた瞬間に鳴り響いた警報、ステラが対話が不可能だと思い込んでいた存在との対話、そして突如現れ、彼らの前に立ちはだかる機械の巨人。
それらの事から、ステラは陽が図らずもこの事態を引き起こしているのではないかと予想した。そして彼女は同時に、陽と三日月達に何らかの関係性がある事を確信した。
ステラがそのような思考を巡らせている横では、陽が柱の陰から顔だけを覗かせて、攻撃を仕掛けて来た巨人の様子を垣間見ようとしていた。
巨人は腕から白煙を上げながら、溜まった熱を発散させている。しかし、頭部は正確に2人の隠れた柱へと向けられていた。巨人のカメラに陽の姿が映る。
彼の姿を捉えた瞬間、今度は巨人の右腕が音を立てながら変形を始める。音が鳴りやむと、巨人の右腕は巨大なハンマーのような形状になっていた。
巨人は鉄を撃つような足音を響かせ、猛烈な勢いで2人が隠れている場所目掛けて突進を始める。巨人が蹴るたびに振動する地面がその質量を物語っていた。
柱の前まで迫ると、右腕を大きく振り上げる。
「ステラさん!」
今度は陽が、迫る巨人の様子が見えていないステラの身体を引き起こし、身を隠している柱から急いで離れる。
その直後に2人のいた場所に巨人の腕が振り下ろされた。巨大な柱は、まるで小枝かのように歪められ、巨人の腕が直撃した場所は砕け散り辺りに飛び散った。
陽とステラの2人は頭上を掠める柱の破片に身を屈め、別の柱の陰へと逃げ込んだ。
「すまない、助かった」
「……いえ、気付けてよかったです」
「まさか巨人が急に現れるなんて予想していなかった。どうやら巨人を退けなければ、あれを破壊する事は不可能なようだ」
ステラの視線の先には光を放つ球体、壁の発生装置があった。だが、今の状況のままだと、そこに辿り着く事にレーザーで焼き払われるか、ハンマーで叩き潰されるのが関の山だろう。
「やっぱり巨人って言うのはロボットの事だったんですね」
移動した彼らに向き直る巨人を見て言う。ステラ達にはロボットと言う概念が無いため、彼女達は自分達とは違う物だと認識しつつも、ロボットの事を巨大な人間、すなわち巨人だと呼称していたようだ。
陽はステラが以前、巨人について語っていた事を思い出した。
「あの、ステラさん。前に、巨人を倒したって言ってましたよね?その時はどうやって倒したんですか?」
ステラがその質問に答えるより早く、狙いを定めた巨人が、再び2人の元へと突進を開始する。それを見た2人は急いで別の柱の陰へと移動を始める。
後方では柱が破壊される爆音が鳴り響く。走りながらステラは口を開いた。
「前回、巨人は街の中を
ステラは柱の陰に身体を滑り込ませ、先程自分達が隠れていた方向を睨みつけて続けた。
「大勢で囲んで、魔法で攻撃した。受けた反撃も腕を使って薙ぎ払う程度で、全く脅威を感じなかった」
ステラが前回戦った相手は、今回対峙している物とは比べ物にならない程危険度が低かった。陽は鎧の奥で唾を飲み込んだ。
ステラは呼吸を整え、柱の陰から飛び出す準備をする。
「ヨウ、攻撃開始だ、一気に決めよう!」
「はい!」
2人は息を合わせて柱の陰から巨人の前へと躍り出る。ステラは巨人へと腕を伸ばして息を吸い込む。陽は鎧によって強化された身体能力を生かして素早く巨人に迫ってゆく。
陽が巨人の元へと辿り着く前にステラの魔法が発動する。巨人は爆炎に包まれ、その姿は彼らの目から見えなくなる。陽はその余波を受けるが、足を止めずに炎の中へと突き進んでゆく。
「うおおおお!」
陽は床を蹴り跳躍する。そして巨人がいた場所目掛けて全力で拳を振るった。鐘をついたような鈍く大きな音が鳴り響く。彼の攻撃は命中したようだった。
硬い物を殴りつけた感覚と同時に彼の身体は少しだけ弾き返される。彼は身体に纏わり付く炎を振り払う。
渦を巻く炎は徐々に弱まり、巨人の姿がその中に浮かび上がってくる。彼らの攻撃は当たったが、未だに健在なようだった。
「もう一度撃つ!一旦下がれ!」
ステラが叫ぶ。それを聞いた陽はその場から後ろに飛び退いた。次の瞬間、彼の目の前で爆発が起こる。ステラの魔法が炸裂した。
陽はステラの元まで下がり、爆発で生まれた炎に包まれている巨人を睨む。再び炎の中に巨人の影が浮かび上がる。
煌々と燃え盛る炎の中から、その炎よりも強い光が生まれる。その光は、先程2人に向けられたのと同じものだった。
「柱の後ろへ!」
レーザーが撃ち出される予備動作という事にステラはいち早く気付き、陽に向けて指示を飛ばす。
2人は左右に分かれ、それぞれ別の柱の陰に逃げ込んだ。
炎の壁を突き破り、中から赤いレーザーが撃ち出される。それは2人がいた場所へと突き刺さった。陽はそれを回避出来た事にほっと胸を撫で下ろす。
レーザーの照射が終わると同時に巨人を包んでいた炎が散ってゆく。2人はそれぞれ隠れている場所から顔を出し、攻撃を与えた巨人の様子を見る。
炎が完全に消え、その姿があらわになった。レーザーを放った腕から放熱しながら佇んでいる。
「効いているみたいだな」
「……!よし、このまま攻撃を続けていけば……!」
「勝てそうだ」
2人の攻撃を受けた巨人は、胴体の一部が激しく沈み込み、その全身にはステラの魔法による爆風と熱で出来たであろう傷が至る所にあった。
そこからは陽の攻撃だけでなく、ステラの攻撃もきちんと通用している事が伺えた。ステラは巨人から目を逸らさず声を上げる。
放熱を終えたのか、巨人の腕は元の形に戻ってゆく。
「攻め続けるんだ!行くぞ!」
ステラの号令で2人は飛び出し、そして2人揃って巨人へ向けて腕を突き出す。魔法で同時攻撃を行うようだ。
陽は炎をイメージする。燃え盛る炎のイメージが完成し、鎧の表面から彼の口、そして肺へと空気が流れる。そしていざ炎を撃ち出そうとした直前、彼の甲高い、耳鳴りのような音を聞いた。
だが、彼にそんな事を気にしている余裕など無く、今だというステラの叫び声を引き金に、彼は巨人へと炎を撃ち出した。ステラも同じく魔法を放つ。
2つの炎が巨人に迫ってゆく。
炎が巨人へと到達する直前、陽はそれを視界に捉えた。巨人の足元が爆ぜたのを。それは彼らが放った魔法によって生じたものでは無かった。
次の瞬間、彼の目には、巨人の姿が揺らいで見えた。そしてその視界から巨人が消えた。
「え?」
彼が驚きの声を上げたと同時に、その身体には強烈な痛みが走り、そしてそれと同時に身体が宙に浮く感覚も覚えた。
次に彼を襲ったのは耳を
高速で流れてゆく景色と、降り注ぐ太陽の光。そして直前まで隣にいた筈のステラの叫び声が遠くから聞こえていた。
「ガハッ!」
肺の空気がすべて吐き出される。全身に感じる痛みに苦しみ悶える。
殴られた。彼がそう理解した頃には、その身体は壁を突き破り、塔の外へと投げ出されていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます