第25話

「三日月っ……!!」


 10代半ば程に見える顔つきに藍色の髪、髪色と同じ瞳の上の額にある模様。そして塔の外で戦った兵士達と同じ服装。敵に見つかってしまった、戦わなければ。陽は突如現れた者の容姿を見て、そう判断する。


「来い、ドラ──」


「おいおい待ってくれよ、まさかぼくに攻撃を仕掛けるつもりなの?せっかく人に会えたんだから、楽しくお喋りでもと思ったのに」


「え?」


 部屋に入る前に装備が解けていた鎧を再び呼び戻そうとする。だが、微笑みながら陽の前に現れた少年には、彼を攻撃する意思が少しも無いように見えた。それどころか彼に対して対話を求めているようだった。


「会話が成立する……のか?」


「当り前じゃないか、ぼくが人とコミュニケーションを取れないわけがないよ」


「三日月と、会話が……でも、それじゃあ……」


 辻褄が合わない。彼は以前、ステラが話していたことを思い出していた。会話が成立しない。それがステラが語る三日月の特徴の1つであり、陽とは違うと語っていた点でもあった。

 実際、塔の外で彼と戦っていた兵士達には、彼に対して攻撃や厳しい表情を向けるものの声を掛け対話する者はいなかった。

 陽はそれを目の当たりにした時、ステラの、彼女の言っていた通りだと、そう思っていた。


「三日月……それはぼくらの事を言ってるのかな?もしかしてこれを見てそう呼んでるの?」


 少年は陽が漏らした言葉に反応して、自身の額についている模様を指差している。言葉を理解して、問いを投げかけている。


「そうだと、思う」


 会話が成立するのなら、戦わずに済む方法があるかもしれない。そう思った陽は少年の質問に答える。


「なるほどなるほど。まぁ、ぼくら全体に対する呼び方なんてどうでもいいんだけどね。ただ、ぼく個人の事はクラムと呼んで」


「クラム……」


「そう、クラム。ぼくが名乗ったんだし、君の名前を教えて貰えないかな?」


 素直に答えて大丈夫なのか。クラムと名乗った少年が話した内容から、彼が三日月の一員であることはほぼ確定していた。

 陽は敵である可能性が高いクラムに名前を伝えようか迷う。だが、ここで名乗るのを断った場合、クラムを刺激してしまう可能性もあった。


「俺の名前は素留陽もとどめようだ」


「陽って言うんだ、いい名前だね。でもなんでこんな所に来てしまったの?少し怪我をしてるし、外では大変だったんじゃない?」


クラムは純粋に陽を心配しているような顔をして聞く。こいつは外で何が起こっているのか知らないのか。と陽は少し驚いたが、それを顔に出さないようにクラムの質問に答える。


「……街の中で、君と同じように額に三日月模様の入った人達に襲われた」


 陽はこの街に来た理由は答えずに、兵士達に襲われた事だけを告げる。彼がここに来た目的は塔の破壊。それをクラムに伝えるのは流石にまずいと考えたからだ。

 陽の答えを聞いたクラムは、呆れたように肩をすくめながらため息を吐いて、当然だよ。と言った。


「彼らにとってはそれが仕事だからね。襲われた事に関してはこの街に入った君が悪いんじゃないかな?」


「クラムはどうして俺に襲い掛かって来ないんだ?」


「それはぼくの仕事じゃ無いからだよ、ぼくの仕事はこのタワーの管理だからね。ここを守ってるのは同じだけど、ぼくと彼らとでは厳密に言うと種類が違うからね」


「種類……それってどう違うんだ?」


「ぼくは自分の意思で行動してるけど、彼らは下された命令に従ってるだけだよ」


「自分の意思で?街で襲って来た人達には自分の意思は無いのか?」


「うーん、無くはないんじゃないかなぁ、たぶん」


 フリーランスと会社員のようなものだろうか。クラムの話を聞き陽はそう考えるが、的外れなような気もしていた。


「……この街は一体何なんだ?この塔を守るために作られたのか?」


「まさか、街は人が住むためのものだよ。この街にはたくさんの人達が住んでいたんだ」


 住んでいた。陽はクラムのその言葉に違和感を覚えた。外には数えきれないほどの人がいたはずだ。彼はそう思いクラムに質問を投げた。


「住んでいた?外にいる人達はこの街に住んでいるわけじゃないのか?」


「ん?あぁ、陽は勘違いしてるんだね、ぼくらについて」


 少しだけかみ合ってないような話に、クロムは納得したかのように手を叩いた。


「勘違い?」


 陽は勘違いと言われた意味が分からず、そのまま聞き返してしまう。彼はクラムの次の言葉を緊張しながら待っていた。


「陽、君が三日月と呼んでいるぼくらはね、君とは違って──」


 クラムが何かを言おうとしたその瞬間。陽が感じたのは強烈な音と熱、そしてその目に映ったのは、眩い光をその身に受け、唖然とした表情で部屋の奥へと吹き飛んでゆくクラムの姿だった。

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