第23話
2人は息を吸い込み、陽の腕からは炎が、ローウェンの腕からは水が生まれ、それぞれ前方へ迫る敵に向けて、強い勢いで撃ち出される。
敵の兵士達は回避行動を取る様子も無く正面からそれを受ける。片側では炎に身を焼かれ、もう一方では水に沈められ、悲鳴を上げる事も無く地面に倒れ伏し、動かなくなる。
攻撃の範囲外にいた敵が2人に迫って来る。2人は背中を合わせ、お互いを庇うように戦う。
陽は迫る敵に対して、強化された身体能力を生かして肉弾戦を中心に攻撃を仕掛ける。
殴り飛ばし、蹴り上げ、投げ飛ばす。少々の被弾は意に介さずに、無理矢理に攻撃を通す。そして敵が離れたところで暴風や炎で追い打ちを掛けている。
ローウェンは息を吸い込み、両手を固く握った。彼の拳の周りに水が漂い始め、それは流れるように変化してゆき何かを形作る。
彼の両手には、短剣のように真っすぐに伸びた刀身が作られた。それは手の甲から前に伸び、ジャマダハルのように敵を突き刺すための形状を取っていた。
その刀身を形成している水は、彼の魔法によって圧縮され、とてつもない速さで流動していた。
ローウェンは迫る敵に向けて腕を振るう。水の剣は敵の身体に易々と突き刺さり、刺された敵の身体からは、真っ赤な血と少し血の色が付いた水が噴き出している。
ローウェンは剣を突き刺した敵から素早くその刀身を引き抜き、脇腹を蹴りつけて転倒させると、近くにいた別の敵からの攻撃を翻し、先程と同じように剣を突き立てる。足元に流れる水に血の色が混ざり始める。
「倒しても倒しても、これではキリがない……!」
ローウェンが陽にも聞こえるくらいの声で愚痴をこぼす。彼の言葉に陽も少しの焦りを感じ始める。
実際、2人がどれほど敵を倒そうとも、敵の数は減るどころか増える一方であった。
多勢に無勢、魔法という武器があっても、いつかは数という武器で押し切られてしまう。ローウェンはその結論に至り、何か打開策は無いのかと思考を巡らせる。
思考にリソースを割いたことで、彼は地面に倒れている敵に気付かずに、その身体に足を取られ、体勢を崩してしまう。彼は何とか足を踏ん張り倒れる事は回避したが、敵に対して攻撃の隙を与えてしまった事には変わりなかった。
彼が視線を前に戻すと、グローブを付けた敵の拳が顔の前まで迫っていた。まずい、そう考えた瞬間、彼の顔を衝撃が襲う。
「がぁっ……!」
正面から敵の攻撃を食らい、水しぶきを飛ばしながらローウェンの身体は地面に叩きつけられた。彼の口からはうめき声と共に血が漏れ出す。地面に倒れ伏した彼の顔は痛みと外傷で歪み、すぐには立ち上がることが不可能な状況だった。
その大きな隙を敵が見逃すはずもなく追撃に移る。敵は倒れているローウェンを踏みつけるため、脚を持ち上げる。そして全体重を乗せたその脚が、彼の胸に落ちる。
「ゴボッ!」
一瞬、ローウェンの手足が浮き上がるほどの衝撃。肺の空気が全て押し出され、彼は苦悶に満ちた表情を浮かべ血を吐きながら深くせき込んだ。
「……っ!ローウェンさん!!」
陽が音とうめき声を聞き振り返ると、ローウェンが倒れていることに気が付いた。彼はローウェンを助けるために駆け寄り、ローウェンを踏みつけている敵を殴り飛ばし、さらに周りにいる敵達と交戦を始める。
「大丈夫ですか!?」
敵の攻撃を受け止め、押しとどめながら未だに倒れたままのローウェンに声を掛ける。
「ゴホッ……すみません、油断しました。このまま戦闘を続けるのは厳しいかもしれません……」
ローウェンは右手で胸を押さえながらフラフラと立ち上がり、もう片方の手で口元の血を拭う。この人はもう戦えない。彼の受けたダメージが甚大であることは陽の目から見ても明らかだった。状況が一気に悪化した瞬間だった。
どうすればいい、彼は敵を必死に食い止めながら考える。彼1人で押し寄せる敵の波を捌ききれるかなど、火を見るよりも明らかだった。
長期戦になった事でローウェンの魔法で生み出された水が足元に溜まり足場が悪くなっている。さらに、先程のローウェンのように倒した敵に足を取られる可能性も、敵を倒せば倒すほど増してゆく。
敵兵士は、倒れている味方の事など気にも留めていないのか、躊躇なく踏み越えて迫り来る。どうすれば、どうすれば、と焦りだけが強くなってゆく。
陽は肉弾戦の他にも、炎や風を放ち敵を倒そうとするが、やがて限界が近づいて来る。遂に、彼は敵を抑えきれずに、殴り飛ばされてしまう。背中から地面に落ち、水しぶきが上がる。
「くっ……!この状況をどうにかする方法を……!」
地面に手をつき立ち上がる。その間にも、怪我で満足に動けていないローウェンに敵が迫る。陽は脚に力を込め、駆け出す。一瞬で敵へと肉薄し、敵を地面に叩きつける。水しぶきが上がる。水、水。
「……!そうだ、水があるなら!!」
塔の前にある広場、戦闘が行われている場所の地面には、ローウェンの魔法によって生み出された水が溜まっていた。陽はこの状況を打開するための策を一つだけ思いついた。彼は隣にいるローウェンに語り掛ける。
「ローウェンさん、今、魔法は使えますか?」
「えぇ、数回程度なら大丈夫です。どうするつもりですか?」
「魔法を使って空へ、空高くまで飛んでください!!」
陽の真剣な声に、何か考えがあっての事だろう、とローウェンは考え、頷くことで返事をした。
「では行きますよ……!流されないでくださいね!!」
そう告げると、ローウェンは深く息を吸い込む。息を吸い込んだ時に胸に激痛が走るが、それに構うことは無い。
彼が掌を地面に向けると、腕の周りから水が生まれる。そして地面に落ちる水の勢いは急激に増してゆき、彼の身体が浮かび上がるほどまでに達する。
彼が雄叫びを上げると、さらに水の勢いは増し、彼の身体はかなりの速さで宙へと投げ出された。
ローウェンが空へ飛ぶために生み出された激流が広場に流れる。陽はそれに流されまいと地面に腕を打ち付け、必死にしがみついている。そして彼は、地面に、水に手を付けたまま、息を吸い込んだ。
「これで……終わってくれ!!」
陽は叫び、頭に浮かぶイメージを強くする。
ローウェンは、空に浮かびながら、彼は何をしようとしたんだ、と眼下に広がる敵の海を見る。彼が下を向いた瞬間、その場所は青白い光に包まれた。
陽がイメージしたのは雷だった。電流が足元の水を伝い、敵達へと襲い掛かる。その範囲は敵全体を覆いつくすほどだった。そして青白い光が消えた時、立っているのは黒い鎧を纏った陽だけだった。
敵が等しく倒れている場所に、ローウェンは着地する。一網打尽にされた兵士達を見て、彼は感嘆の声を上げる。
「ヨウさん、やりましたね……!」
「はい。でも、もっと早く気付いていれば、ローウェンさんが怪我をする事も無かった……」
痛々しいローウェンの顔や身体に作られた傷を見て、陽が申し訳なさそうに気持ちを吐露する。
「いいんです、過程がどうであれ、僕はあなたに助けられたんですから。くっ……」
「あっ……少し休んでください。ほら、肩貸しますから……」
陽はよろめいたローウェンを支えながら、塔の入口へと歩いてゆく。
「どうやら僕が行けるのはここまでのようです。ですがあなたを塔まで案内する任務は果たしましたよ……!」
陽は塔の入口の壁を背もたれにしてローウェンを地面に座らせる。座ったローウェンが陽に向かって手を差し出す。
「だからヨウさん、後はあなたに託し──」
ローウェンが差し出した手は、握られることは無かった。
水の跳ねる音がした。最初は一つ、そして瞬く間に音は増えてゆく。2人は音が聞こえてくる方向、広場の方を見た。
「嘘だろ……なんで!?」
2人の目に飛び込んで来たのは、陽が放った電撃で倒されたはずの三日月の兵士達が、続々とその身を起こし、今にも歩き出そうとしている光景だった。
「……ヨウさん、行ってください」
ローウェンがふらふらと立ち上がり、陽に先へ進むように告げる。
「で、でも、その身体じゃ……!」
「僕の事は気にしないで。ヨウさん、あなたは自分の目的を果たすんです」
瞬間、陽の身体はローウェンによって塔の中へと突き飛ばされた。転ばないように足を踏ん張り、後ろを振り返った陽が見たのは、向こう側が見えないほどに分厚く、塔の入口を覆うほどに巨大な水の壁だった。
「ローウェンさん!!」
水の落ちる音に掻き消され、陽の声は届かない。ローウェンは既に満身創痍だった。この壁の先で彼がどうなっているかなど、考えなくても分かる事だった。
陽は歯を食いしばり、涙を堪えて塔の内側へと振り返る。彼の脳内には、ローウェンの言葉が反響する。目的を果たせ、と。
「ローウェンさん、ごめんなさい……!」
彼は拳を痛いほどに握りしめ、塔の奥へと進んでいった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます