第20話

 陽と黒髪の隊員は、魔法によって生み出された水流に乗って水路を流れてゆく。隊員が水流を操作することで、2人の身体は水に沈む事は無く、流されながらでも会話が出来るほどに体勢が安定していた。


「ヨウさん!勢いで飛び込んだはいいですけど、これからどうするつもりなんですか!?」


 水の音に掻き消されないように大声で叫ぶ。隊員の視線の先には黒い鎧を全身に纏う陽の姿があり、攻撃を受け剥がれた鱗はいつの間にか元通りに修復されていた。彼の表情はそれに隠されてうかがい知る事は出来なかったが、下を向き無言でいる彼を見て嫌な予感が隊員の脳裏によぎる。


「まさか何も考えていなかったんじゃ……」


「はい……とにかく逃げないとって思って……」


「やっぱり……」


 隊員から呆れたような声で指摘され、陽は水の流れに消え入りそうなほど小さい声で答える。この流れがどこへと繋がっているのか、全く見当がつかないまま、彼らは暗く口を開けている水路の先へと流れていった。

 しばらく水流に乗ってゆくと、水路は終わり、広い湖のようになっている場所に到着した。2人は泳いで岸へと上陸する。陽は纏う鎧が水を弾いてくれていたが、隊員の服からは常時水が滴り、その肌に張り付くような感覚に不快感を表していた。


 その場所は巨大な空洞になっており、いくつもの水路がこの場所に集結しているようだった。巨大な柱がいくつも天井へ伸びており、降り注ぐ弱い光に照らされ不気味さすら感じるその場所を、2人は見渡している。


「街の水路はこの場所に繋がっているみたいですね」


 陽は自分が住んでいる都市の地下にも、目の前に広がる景色のようなものがあるという事を、以前雑誌で見た気がしていた。それは洪水を防ぐための場所だったと記憶を辿り思い出す。洪水が起こるとこの場所が水で満たされるのだろうか、と途方もないことを考える。


「ええ、街の地下にこんな場所があるとは……」


 空洞は2人が立っている場所よりも遥か奥まで続いているようだった。


「このまま奥に進んで行けば、どこからか地上に出られる場所が見つかるはずです」


 それが正しい判断かはさておき、敵の脅威がひとまず去った事で、陽はそれなりに冷静に思考出来る程には落ち着いていた。


「ええ、ヨウさんの言うとおり、先に進みましょうか。ですがもし出口が見つからなければ?」


「もしそうなったら水路を逆に進んで飛び込んだ場所まで戻るしか……」


 そうなったら終わりだ、と陽は考えていた。水路を遡上そじょうしてゆくと、敵が大勢いる場所へ、街の外側へと戻る事になってしまう。彼らは街の中央の塔へと向かわなければならない、これ以上の会敵は避けて通らなければならなかった。

 従ってこの先に出口がある事に賭けなければならない状況に陥っていた。2人は空洞の奥へと歩みを進めていった。


「そういえばまだ名乗っていませんでしたね。僕はローウェンと言います」


 歩みを進めてゆく中で、2人の間には足音だけが流れていたていたが、ローウェンと名乗った彼の言葉によって会話が始まる。


「あ、はい。よろしくお願いします、俺は──」


「ヨウさん、僕はあなたを知りませんでした、会議の時に初めて見掛けたほどです。ですがステラ様はあなたがこの作戦の要だと、塔を破壊出来ると言っていました」


 ローウェンは陽の言葉を遮って話し出す。前に進む足を止めずに、彼は横目で陽を見ながら畳み掛けるように続ける。


「彼女がそこまで言う程の何かがあなたにはあるのだろう、そう思っていました。ですが、あなたが壁を越えた時に鳴り響いた音、それに呼応するように集まって来た敵、それにあなたの容姿。そしてこの場所を抜け出す方法を知っているような素振りも見せた」


 その声色は冷淡に感じられるものへと少しずつ変わってゆき、2人の間に緊張感が漂う。陽は彼が言おうとしていることを察してしまい、手に汗を掻きながら次の言葉を待った。


「ヨウさん、あなたは、僕達の敵ですか?」


 予想はしていたが、言われたく無いと思っていた言葉が陽に届いた。彼は歩く足を止め、必死に敵であることを否定しようとする。


「違います!俺はただ……」


「ただ?」


「何も、分からない……だけで……」


 それ以外の言葉は出て来なかった。疑われるのは必然的だった。彼自身、今の事態に関して理解出来ていないため説明する事が出来ず、仮に自分が何者かを必死に説明したところで不信感は増すだけに思えた。

 下を向いて硬直している彼に、ローウェンが声を掛ける。


「自分が敵では無い事を証明出来ないようですね。と言っても、あなたが敵だと言う完全な証拠も無いですがね。敵に囲まれた時、あなたも攻撃を受けていたようですし」


 彼の言葉に、陽は自分がまだ疑いを晴らすチャンスがある事を知り、顔を上げる。


 陽の心には、ステラ達への申し訳無さがあった。彼が失敗する事で、彼を信頼し快く迎えてくれた彼女達の株まで落とすことになるからだ。この後彼が取るべき行動はおのずと決まってくる。


「こ、行動で示します!俺が敵じゃない事を」


 彼がその疑いを晴らすためには、塔を破壊し、作戦を成功させる以外に無かった。

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