第19話
陽の身体が風に乗り、建物の上にふわりと舞い落ちる。ステラ達に場所を知らせた隊員が彼に駆け寄ってゆく。隊員が目にする彼の姿は、痛々しいものだった。
彼の纏う黒い鎧は所々が崩れ落ち、、顔の部分から覗く素肌には打撲の跡が出来ていた。彼は全身の痛みにうめき声を漏らしている。
黒い髪に獣のような耳を生やした男の隊員は一瞬、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるが、この場所に留まるのは危険だという事を思い出す。
「ヨウさん、立ってください。早く移動しないとすぐに敵が来ます」
陽は恐怖と痛みに耐えながら必死に立ち上がる。ステラ達が逃がしてくれたのだから、それを無駄にしてはいけない。塔の頂上へと急がなければならない。彼は思考を切り替えた。
「い、いけます!塔に向かいましょう!」
震える足を隠すように、大きな声を出して彼は言う。隊員は頷き、自分に着いて来るよう彼に言い、走り出した。建物はそれぞれ屋上と屋上とで繋がっており、それを伝って移動するようだった。
彼も隊員に遅れないように走り出す。2人が隣の建物へと進んだ時、先ほどまで2人が居た建物の、内部へと繋がっているであろう扉が勢いよく開け放たれる。隊員は後ろを振り返った。
自分に着いて来ている陽の後ろで、その扉から三日月の兵士達が大勢飛び出してくるのが見えた。兵士達は2人を発見し、走って追いかけ始めている。もう少し移動を始めるのが遅れていれば危なかった、と心の中で零す。
だが、彼らの進もうとしている先の建物でも同じく扉が開かれ、中から兵士達が躍り出て来ているのが見え、挟み撃ちにされている状況に陥る。兵士達が迫り、2人は屋上の端へと追いやられる。
戦って突破するしか無い、黒髪の隊員はそう思い、掌の上に水の渦を作り出す。兵士たちに向けてそれを放とうとした時、陽に腕を掴まれる。隊員は驚いて彼の方を見る。
「下に降りて逃げましょう!」
「降りる?この高さじゃ潰れて終わりでしょう!?」
「下に水路があります!上手く着水する事が出来れば逃げられるかもしれません!」
屋上から下を指差しながら彼はそう提案する。隊員が指し示す先を見ると、そこには一本の水路が流れているのが見える。水の量は多く、かなりの深さがある事が伺える。
「……!分かりました、飛びましょう!」
躊躇している時間は無かった。2人は顔を見合わせ頷くと、助走を付けるために少し前に出る。その間に敵はすぐ近くまで迫って来ている。そして振り返ると、屋上から飛び出すために走り始める。
敵の腕が2人を捕えようとその背中に迫る。少し走るのが遅かった陽の背中に掠るが、2人は既の所でそれを回避して、屋上から飛び出すことに成功する。2人はそのまま重力に従い水路の方へと落下してゆく。
水路に落ちる寸前、黒髪の隊員が息を吸い込む。すると、水路に元々あった水流とは違う、流れの速い水流が作り出される。2人はそのままその流れに落ちるが、それに飲み込まれることは無く、むしろ溺れないように2人の身体を上へと押し上げているようだった。
2人の姿は水路の下流へと、真っ暗なトンネルの中へと消えてゆくのだった。彼らが居たのは街の外周に近い場所。街の中心にある塔への距離は、まだ途方もないものだった。
*
街の東側、昇って来た太陽を背に、赤髪の大男、グロムが率いる部隊は、派手に魔法を放ちながら三日月の兵士達と戦闘を繰り広げていた。
彼らが魔法を繰り出す度に、集まって来た大勢の兵士達が吹き飛び、建物が大きく崩壊してゆく。彼らの役割は、陽動であった。
自身もその背丈以上もある槍を振るい、魔法による雷撃を飛ばしながら兵士達を蹴散らしていたグロムは、ある事に違和感を覚え始める。
「あいつら、俺達から逃げてやがるのか?いや、そんな筈は……」
陽動を開始した時に彼らを捕えようと集まって来ていた大量の兵士達が、ある一瞬からグロム達には目もくれず、踵を返してどこかへ駆け出してゆくのが見えていた。
そして何より、集まってくる兵士の数も時間が経つに従って一気に数を減らしている事にも気付いていた。
「どうなってる、何か変だぞ……」
数で攻める以外に脳が無く、勝てない相手にも思考停止したかのように向かってゆく集団。三日月の兵士に対する彼の評価はそんなところだった。
そんな兵士達がこれみよがしに暴れている自分達を無視して、どこかへ消えてゆくのは異常と言わざるを得ない。
「この場所はお前達に任せる!!ステラに言われたように危険だと判断したら離脱してもいい!!」
彼は周りで戦う隊員達にそう告げると、戦場から離れてゆく敵の兵士を追いかける事に決めたのだった。
散乱する瓦礫を飛び越え、兵士達の後を追う。一切の声を発する事無く密集して移動する兵士達は、街の西側、つまりステラ達の侵入する筈の場所に向かっているのではないかと彼は思い至った。
「ステラ……まさかしくじりやがったのか?」
不安に駆られ、独り言を零す。彼は兵士達が集結してゆく先へと、急いで向かうのだった。
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