第18話
ステラは周りを見渡す。そこには他の隊員達の姿は見えず、ステラとギブリと陽の3人以外は無事、敵に見付からずに潜入出来たようだった。
壁際に立っている彼女たちには、囲うように迫って来ている敵から逃げる道は存在しなかった。
戦闘は避けられない。苦虫を噛み潰したような表情でステラは考える。
ステラ達ならば、少ない被害で集まった敵を倒すことが出来るだろう。だが、この場所で相手を殲滅するような動きを取ると、塔に辿り着くのが遅れ、グロムたちの陽動が効かなくなり、より多くの敵に囲まれる可能性があった。
そして、戦うということは、戦闘経験の浅い陽を危険に晒すリスクが跳ね上がるということだった。ステラはそれらリスクを把握している。
「兵士が来た。応戦しよう……そして隙を見て敵の警戒が薄い箇所を突破、建物の陰に隠れて移動する」
ステラは迫る敵を睨みつけたまま、早口で2人に告げる。応戦、その言葉を聞き、遂に戦闘が始まるんだと陽の心臓は早鐘を打っていた。
顔まで覆っている鎧によって狭まった視界でも、はっきりとその姿が確認出来る位置まで敵が迫っている。彼は敵をよく見る。
「あれが、三日月……!」
彼らの容姿は以前ステラが語っていたように、額には三日月の模様、黒いスーツに黒いアーマー、両手には大きなグローブが付けられていた。
彼らにはステラ達のように尖った耳や角などの特徴は無かった。彼らは等しく無言で険しい表情をし、陽達を睨んでいた。
「魔法で敵を散らしながら進む!2人は私から離れずに、死角から来る敵を頼む!」
ステラは2人に指示を出し、腕を前方へと突き出した。微かな吸気音が鳴った後、彼女の掌から爆炎が放たれ敵達へ向かい飛ぶ。
敵達は迫る炎を回避しようとするが、密集しているため動くのが遅れる。結果、何人かの兵士は回避行動が間に合わず、到達して来た炎に全身を焼かれる事になった。
辺り一面に焦げたような臭いが広がった。だが、回避した兵士はおろか、身を焼かれた兵士でさえ足を止めておらず、煤を飛ばしながら3人の元へと迫っていた。
「はああああっ!」
最初に到達して来た兵士に、ギブリが対処すべく前へと躍り出る。彼女は腰にさしていた剣を抜き放ち、息を大きく吸い込みながら縦薙ぎに素早く振るう。
彼女が振るう剣先から風の刃が飛翔し、地面を抉り取りながら敵の兵士へと迫る。突風が兵士たちの居る場所を通り過ぎた時には、それを受けた者達の全身に刃物で切り付けられたような傷が付いて居た。
正面から風を受けた兵士の中には、アーマーの上から胸を大きく切り裂かれ、倒れ込み動かなくなる者も居た。しかし、それでも尚彼らの前進は勢いを殺すことは無かった。
陽はその光景を視界に捉えた時、敵であっても人が死んだ事に大きなショックを受け、その場に立ち尽くしてしまう。当然迫り来る敵を足止めする事など叶わず、彼の居る方向から敵の到達を許してしまう。
「ヨウ!前見て!!」
ギブリがそれに気付き、陽の前に飛び出し、兵士達との近接戦にもつれ込む。三日月の兵士達の戦闘手段は、アーマーで身を守り、鋼鉄のグローブによって強化された拳で殴るというものだった。
兵士の1人が鬼のような形相で殴りかかるが、ギブリはそれを体をひねり翻し、そのままの勢いで兵士の胸に剣を突き立てる。アーマーは易々と貫かれ、背中から剣先が飛び出る。
そのまま彼女が息を吸い込むと、飛び出た剣先から暴風が巻き起こる。風を受けた兵士達は姿勢を低くし、グローブを地面に突き立ててやり過ごそうとするが、何人かは耐えきれずに上空へと巻き上げられる。
人が地面に激突し、潰れる音が陽の耳に飛び込んで来る。彼の鼓動はより早く大きくなってゆく。
ギブリが移動したことで、それまで彼女が抑えていた敵達が一気に3人へと迫る。未だに動けていない陽を尻目に、ステラは炎を吹き出す手を横薙ぎに振るい、広範囲に敵を焼き払う。
火だるまになった兵士がもがき、他の兵士と衝突する事で炎は燃え移り、そのまま燃え広がってゆく。それでもすべての兵士を止める事は当然出来ずに、ステラは雪崩れ込んで来た兵士たちに格闘戦を仕掛ける。
迫る拳を翻し、受け流し、カウンターを決める。彼女に殴られた者は炎に焼かれてゆく。そして彼女は隙を見て離れた場所に居る兵士へと手をかざす。彼女の掌の先に居る兵士の眼前で爆発が起こり、周りに居た兵士達も共に爆風によって吹き飛ばされる。
悲鳴や叫び声は上がらないが、攻撃を受けた兵士達は苦悶の表情を浮かべる。人が簡単に死んでゆく戦いの光景。陽は今、その光景から目を逸らす事しか出来なかった。
彼は立ち竦み、荒い息を何度も繰り返す。彼は本当の戦い、命のやり取りを目の前で刮目し、それに関して楽観的に考え思考するのを止めていたことを痛感する。
遊びなどではない、本当の戦いである以上、自分達が無事に帰る事を優先にするということは、それは相手の命を削る事に他ならない。彼はその手で誰かの命を奪う事など考えていなかったのだ。
戦場に出た時に自身の精神がどうなるのか、考えていなかった。
巻き起こる風の音、何かの焼ける音と臭い、飛び散る赤い血飛沫。彼は遂に腰が抜けて、情けない声を出しながらその場に尻餅をついて座り込んでしまう。喉の奥からは吐き気が込み上げる。
地面に座り込んだ彼に、敵の兵士達が襲い掛かる。振り下ろされる手足に、彼は身体を丸めて耐える事しか出来ない。彼の纏う鎧が殴られ続けて少しずつ剥がれてゆき、彼の身体に鈍い痛みを生み出してゆく。
「……ッ!ヨウ!!」
ステラが袋叩きに合っている彼を見つけ、助け出す為に魔法を放つ。彼の頭上で小規模な爆発が何度も起こり、囲っていた兵士達は吹き飛ばさる。
「ヨウ!大丈夫か!?」
ステラは彼に駆け寄り、彼の身体を体を揺すり起き上がらせようとする。ステラの意識が陽へと向くことで、彼女は攻撃に対して一瞬だけ、無防備となった。
何かが打ち付けられたような音が響く。ステラは敵の兵士に、脇腹から蹴りを入れられていた。彼女の軽い体は吹き飛び、そのままうめき声を上げながら地面を転がる。
ステラが陽から離れた事で、緩められていた、兵士達の彼に対する攻撃の手は再び振り上げられる。
「ステラ!ヨウ!」
今度はそれに気付いたギブリが彼に纏わり付く兵士達に剣を突き立て風で吹き飛ばす。蹴り飛ばされたステラも痛みに顔を歪めながら立ち上がり、迫る兵士達との戦闘を続行する。
未だに陽は立ち上がれない。それを庇いながらステラとギブリは戦う。彼に意識を向ける事で、攻撃を受ける回数が増え、彼女たちの受けているダメージは増加し、蓄積されてゆく。
「どうなってるのこの数!?それにこいつら、いつもより強い……!?」
ギブリが文句を言いながら戦場を駆け巡る。突破口は未だに見えていないどころか、敵の数は増える一方であった。このまま同じ展開が続けば敗北は免れない状況だった。
「あ、あぁ……」
陽はゆっくりと顔を上げ、鎧によって狭まった視界から周りの様子を伺う。彼にとって、そこは地獄という他なかった。
倒れ伏して事切れている三日月の兵士達の姿、それを鬼気迫る表情で越えて迫り来る兵士達、自らに襲い掛かるそれらを、ステラとギブリが攻撃を受けながらも焼き払い、切り裂いてゆく姿。
「お、俺が、俺がなんとかしないと……」
彼は震える声でそう言うと、腕をゆっくりと地面に押し当て、立ち上がろうとする。しかし、彼の手足は大きく震えるだけで、力が全く入っていなかった。
彼の精神は、恐怖によって完全にへし折られていた。
「ステラ様!こちらです!!」
絶体絶命かと思われたその時、近くの建物の上からステラを呼ぶ声が聞こえる。ステラが声のした方に視線を投げると、そこには先に街の中へ潜入していた隊員の姿が目に入った。
「ギブリ!ヨウを彼の所へ!!」
「任せて!!」
ギブリは大きく息を吸い込んだ。陽の身体を風が包む。作戦の目標は塔を破壊することだ。2人はそれを理解しているため、陽を塔へと向かわせることを優先した。
「こいつらはアタシ達に任せて!」
「君は塔の最上階へ急ぐんだ!」
彼の身体が風に包まれ、ふわりと浮かび上がる。彼の精神は折れたまま、彼の身体だけがこの地獄から舞い上がった。
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