第17話
東の空に朝日が顔を出し、小鳥のさえずりが聞こえ始める刻、陽は目を覚ました。彼は不安で眠れないのではないかと考えていたが、グロムとギブリの励ましによって不安は小さくなり、それなりに眠ることが出来ていた。
彼はベッドから起き上がると、頬を叩いて眠気を覚ますと同時に気合を入れる。今日は移動に使われるが、作戦を開始する日であるからだ。
彼はベッドの傍らに座り込んでいるドラゴンを見つける。いつもこの時間は外に出て、日の光を浴びて眠っているドラゴンだが、今日は部屋の中に居た。
「おはよう。もう皆集まってるみたいだ、俺達も急ごう」
ドラゴンに声を掛けるが、いつものように彼を見つめる以外の反応は起こさない。彼の耳に、部屋の外から音が届く。
家の前にある広場から、誰かの話し声が微かに聞こえた。作戦部隊が出発の準備をしているのだろうと思い、陽は急いでドラゴンを引き連れて部屋を出る。
広場では陽の予想通りに出発の準備が進められており、後はもはや隊員が集まるのを待つのみといった様子だった。
陽は集まっている人の中からステラを探した。そして彼は、剣や槍などの武器が、沢山積み込まれている馬車の前に居るステラの姿を発見し、声を掛けるために近付いてゆく。
「ステラさん!おはようございます」
「ん?あぁ、ヨウか。おはよう」
陽から声を掛けられたステラは、積み込んである武器を確認する手を止め、振り向いて彼の顔を見て挨拶する。
「もうすぐ出発の準備が整うと思うが、問題は無いか?」
ステラは、陽が作戦に対して不安を抱えていたことを思い出し、それとなく尋ねる。その時、彼女の目には陽の背後からやってくる2つの人影が見えた。その1人が陽の方へと手を伸ばしている。
「おう!来てたかヨウ!ちゃんと眠れたかよ?」
「おはよう、グロム、それにギブリも。昨日はありがとう、おかげさまでよく眠れたよ」
「うん!今日も移動だけだから明日に備えてゆっくりしてていいよ~」
グロムとギブリと話して、陽の顔には笑顔が見えている。
「その様子なら心配要らないな。ヨウ、明日は頼んだぞ」
そんな彼の様子を見て、ステラは安心したように笑いながら言った。
「はい!それに……こいつの力も、昨日2人に協力してもらったおかげでちゃんと使えるようになったと思います」
彼はその言葉に元気よく返事を返し、心配要らないと言わんばかりに昨日あったことを話す。ステラは納得したように微笑んで頷いた。
「あ、ステラ。もう皆揃ってるから出発できるよ~」
「よし、それじゃあ出発しようか」
ギブリから準備が整った事を聞き、ステラは出発の号令をかける。隊員達はそれぞれの馬車に乗り込んでゆく。陽も以前と同じように荷馬車に乗り込み、床に借りてきたクッションを置いて座る。
ドラゴンも彼に寄り添うようにして体を丸めている。そしてすぐに馬車は動き出し、街外へと向かってゆく。
石の路面から舗装されてない道に変わり、決して良いとは言えない乗り心地に揺られながら、彼は遠ざかってゆくマーレの街を眺めていた。
何度かの休憩を挟みながら馬は走り、太陽が陰り始めた頃、陽の乗っていた馬車は止まった。
「ヨウさん、野営地に着いたみたいですよ」
陽が御者に言われて外を見ると、そこは森の中にある少し開けた場所だった。馬車から降りてゆく隊員達が見え、陽は彼らから遅れないように、馬車から飛ぶように降りた。
一度、隊員が全員集まった後、彼らは手分けしてテントなどを設置してゆく。そして太陽が完全に沈んだ頃には、少し開けただけだったその場所に野営地が完成していた。
彼らはそこで食事を済ませ、明日の作戦について軽く打ち合わせを済ませると、各々与えられたテントに入り就寝してゆく。
陽とドラゴンも、彼らの為に設営されたテントに入り、眠る準備をする。陽はテントの中で寝袋に入り、瞼を閉じる。そして傍に居るであろう無機質な生物に小声で語り掛ける。
「明日からの作戦で、何か1つでもいい。俺やお前に関する手掛かりを見つけたい。だから、がんばろうな……」
彼の眠りに落ちそうな声に、小さく答える音があった。
ドラゴンが返事をしたかのように小さく鳴いたのだった。陽は驚き、落ちかけていた意識を覚醒させ、声の聞こえた方へと顔を向ける。
そこにあったのは、丸くなって眠っているようなドラゴンの姿だけだった。
「なんだ、気のせいだったのか?」
陽は再び瞼を閉じ、そして彼の意識は、深い眠りへと誘われてゆくのだった。
*
翌朝、太陽がまだ昇っておらず、薄明の空が広がる頃、陽はグロムに起こされる。いつもとは違い、固い地面に寝袋を敷いて寝たせいで、彼は身体に痛みを感じる。
彼は身体を伸ばしながらテントから這い出る。続いてその後ろからはドラゴンも一緒に這い出して来る。
「お前、今日は眠らないでくれよ?」
ドラゴンに向かって軽口を飛ばしながら、彼は周りを見回す。野営地では、隊員達が活動を始めており、鎧や武器を荷台から取り出し、手入れや装備を行っていた。
それらを横目で見ながら、陽はグロムに連れられ、ステラとギブリのもとへと向かった。彼女達が使用していたテントの前に到着すると、4人は顔を合わせて朝の挨拶を交わす。
陽以外の3人は普段着ではなく、陽と初めて出会った時と同じく鎧姿だった。欠伸を噛み殺しているギブリの横で、眠気は全く感じない様子であるステラが、陽にこれからどう行動するのかを説明する。
「塔がある街には歩いて向かう。昨晩は暗くて見えなかったが、森を抜けたらすぐ見える所にはある。そう遠くはない」
陽はわかりましたと答える。ステラは頷き、隊員達を集合させる。そしてその者達の前に立ち、声を大きくして話始めた。
「これより三日月の塔破壊作戦を決行する!!作戦が成功すれば私達の使命を果たすための大きな前進となる!以前の私達では塔を破壊することは叶わなかった」
そこまで語ると、彼女は少し間を開け、陽を一瞥した後、前を向き話を続ける。
「だが、今は違う!塔を破壊出来る可能性を持った者が仲間に居る、君たちの役割は彼を目的地まで辿り着かせることだ」
そして彼女は、隊員1人1人と目を合わせながら、音量を少し抑えた、しかしはっきりとよく通る声で続けた。
「けれども忘れるな、自分の命を最優先に考えろ。塔の頂上が爆ぜた後、誰も欠ける事無く此処へ戻り、そして希望と共にマーレの街へ凱旋する事を心から願っているよ。以上だ」
最前列で彼女の話を聞いていた陽の背後から、隊員達の雄叫びが巻き起こる。士気は申し分無いほどに高まっていた。
部隊は野営地を出発し、森の中にかすかに通る獣道を進む。そして少し進んだ先で、鬱蒼と生い茂る木々の間、陽は目線の先から光が差し込んでいるのを見た。
続いていた森は終わるようだった。部隊はそのまま森を抜ける。その先の地は、まるで木々が切り取られたかのような荒野であった。
「ヨウ、見えたぞ。あれが今回の目的地、そして三日月達が拠点としている街、その1つだ」
陽の隣を歩いていたステラが前方を指差す。その場所の光景は、ステラに言われる前から陽の目に飛び込んで来ていた。
「デカい……」
彼の眼前に広がるそれは、昨日まで居たマーレの街と比べるとあまりにも広大だった。そして遠目に映る街の景色に、彼は既視感を覚える。
街の外周は黒い壁で囲まれ、街の中には昇り始めた朝日を反射する摩天楼が建ち並ぶ。そして街の中心には、それらを軽く凌駕するほどに巨大な一本の塔が聳え立っていた。
近未来。そんな言葉が陽の頭に浮かび上がった。彼が少し懐かしくも思えたその光景は、まるでSFに出てくるかのように大きく発展した都市だった。
「よし、ここから2手に分かれよう。グロム、そちらは頼んだぞ」
「おう、任せとけ!」
街の光景に驚嘆する陽をよそに、ステラ達は話と歩みを進めてゆく。
陽は街について何か言おうとしたが、喉を通り過ぎる前に言葉を飲み込んだ。自分の記憶にあることを言って混乱させるよりも、今は作戦の遂行が最優先だと考えたからだ。
そして、街の姿を見て、中に何かしらのヒントがあるという確信も持っていた。
部隊は作戦の内容に沿って2つに分かれる。グロムは大人数を引き連れて街の東側へと向かった。陽はステラ達と共に街の西側へと向かう。
「あの、こんな堂々と動いて気付かれないんですか?」
何かに身を隠すこともなく、堂々と街の外周を練り歩く自分達を客観視し、陽は敵に見つかる危険性を訴える。
「問題無い。彼らは街の外の事は興味が無いようなんだ」
その答えに、陽は違和感を覚える。何年も前から戦っている相手が居るにもかかわらず、攻めを警戒しないのは何故なのだろう、と。
塔を破壊できなかった。とステラは語っていた。それはつまり、壁を越えて塔まで辿り着けたということ。敵の侵入を許してしまうと、そこに住む人々が危険に晒されるのではないか。
それは敵側からしたらとても不味い事なのではないか。陽は思考するが、相手の正体が見えない以上、答えを出すことは出来なかった。
そうこうしているうちに、彼等は街の西側、つまり侵入を図る場所に辿り着いた。しかしそこに入口などは無く、黒く光る壁が立ちはだかっているだけだった。
「陽動隊からの合図があり次第、こちらからも侵入しよう」
ステラが壁に手を当て、上を見上げながら語る。
「あの、どうやって中に入るんですか……?それに合図って?」
入口も見当たらない場所で当然のように語るステラに陽は質問を投げかける。
「それはアタシの魔法でぴゅーっと飛んではいるんだよ!アタシ風を操れるから!」
「ギブリの言ったとおりだ、飛んで侵入する。それと、戦闘になる可能性がある。中に入る前にいつでもドラゴンの力を使えるようにしておいた方がいいかもしれない」
「なるほど、よし!来い!!」
陽の呼び掛けに、ドラゴンは光の粒子になってゆく。鎧を纏った陽の姿を見たステラは頷き、話を続けようとする。
「それで、合図というのは──」
彼が合図について聞こうとしたその時、遠くから爆発のような衝撃と音が伝わってくる。
「これのことだ。ギブリ、風を!」
「まっかせて!」
合図を聞き、ステラは素早く指示を出す。ギブリは大きく息を吸い込んだ。
轟音が鳴り、彼らの周りに突風が吹き荒ぶ。その中でギブリは叫ぶ。
「ヨウとステラは最後だね!皆、先に行って道を確保して!!」
ギブリは風を操り、自分と陽達以外の隊員を壁の内側へと送り届ける。それらを見送った後、彼女は陽達の方を見て言う。
「それじゃ、アタシ達も一緒に入ろう!いっくよー」
彼女の掛け声と共に風が巻き起こり、3人の身体が宙に飛ばされ、壁を越える為に上昇してゆく。
そして3人は壁より高い位置まで飛んだ。陽の目には街の中の様子が映り、街の反対側からは煙が上がているのが見えた。
ステラとギブリが風に乗り壁を飛び越え、陽もそれに続くように飛ばされる。そして、彼の身体が壁の上に差し掛かった瞬間。
鳥肌が立つかのようなおぞましいサイレンの音が、けたたましく街全体へと響き渡った。
「な、何だ!?」
陽は驚き、思わず声を上げる。
──入者確認、侵……確認……区域……ノ侵入ヲ確認 ……ニ拘束セヨ
サイレンが鳴り終わった後、無機質な声が響く。ギブリが放った風に掻き消され、所々聞こえない箇所があったが、辛うじて聞こえた情報から、陽は自分たちが敵に気付かれた事を理解した。
3人はそのまま地面に着地する。陽の目には、近くの建物からぞろぞろと出て来て、彼らの方向へ迫って来ている、額に三日月模様のある人々が映った。それが敵の正体であることを理解する。
「ステラさん!これは一体!?」
「あぁ、これは……想定外の状況だ……」
ステラは冷や汗を垂らし、迫り来る敵の大群を睨みつけていた。
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