第16話

 陽は、身体の痛みで意識を覚醒させ、目を勢いよく開いた。どうやら固い何かの上に寝転がっている状態のようで、ごつごつとした感触が背中から伝わって来ていた。

 彼は全身の痛みに顔を歪めながら手をついて上半身を起こし、自分の後ろを確認する。そこには、先ほどまで彼が鎧として纏っていたドラゴンがおり、彼はドラゴンに身体を預けて眠っていたことを理解する。


「あ、起きた!一瞬でやられちゃってたね~」


 身体の痛みに暗い表情を滲ませている彼とは逆に、明るい声色で話しかける人物がいた。陽が声のした方向を見ると、ギブリがにやけ面でからかうように見ていた。

 そしてそのその隣には、少しだけ困ったような表情をしているグロムの姿も見えた。グロムは申し訳なさそうに頭を掻きながら、陽に向かって問いかけをした。


「なぁヨウ、もしかしてこんな戦闘自体初めてだったとかじゃねぇよな?」


 手合わせを通して、グロムは手応えの無さを感じた。陽の攻めは単純で、我武者羅に突撃して来ただけに見えていた。よって簡単に回避することが出来た。

 能力は発動させることが出来たようで、水の中に封じ込められたときには、まずいと考えていたグロムであったが、次に陽がした攻撃は、風に乗せて炎を飛ばすというものだった。

 あのまま閉じ込められていれば自分は敗北していた、そうグロムは分析する。

 実際は爆風に水が吹き飛ばされ、グロムは自由になっただけだった。そして水蒸気の陰に隠れて、陽に認識されずに背後に回り、後の事は、水蒸気が完全に晴れた時、地に伏し、鎧が剥がれてゆく陽と、それを立って見ているグロムが物語っていた。


「はい、実はそうなんです……」


 グロムの問いかけに、陽は小さな声で肯定の返事をする。

 彼はこの場所に来る以前は、比較的治安のいい街で暮らしており、更に言えば自ら争いを起こしたり、巻き込まれたりするのを出来るだけ避けて生活していた。

 今回のような戦闘どころか、小さな喧嘩ですら何年も経験していないのだった。

 そんな彼が、それなりに上手くドラゴンの力を引き出せたとはいえ、戦闘経験が豊富なグロムを相手取って勝利する可能性があったかと言えば、答えは否である。


 グロムは陽の問いかけに、やっぱりそうだったか、と前置きして頭を下げ、謝罪の言葉を述べ始める。


「悪かった。何故か勘違いしてたみたいだ、力を上手く使えないだけで戦闘経験はあるもんだと…… こんな事になるなら手合わせしようなんて言わなきゃよかった」


「えぇ~?でもかなりノリノリじゃなかった?最後なんて、本気で殴ってたでしょ!!」


「グッ……もっと強いと思ってたんだよ……」


 表情は見えないが、申し訳なさそうな声で謝罪するグロムに対して、茶化すように言うギブリ。

 そしてその2人のやり取りを黙って聞いていた陽は、何故がとても申し訳ないという気持ちに苛まれ、未だに頭を下げたままのグロムに慌てて声を掛ける。


「あ、あのっ!大丈夫ですから。ほら、大きな怪我とかしてないし、それにこいつの力もちゃんと使えましたから!」


「そ、そうか?それならありがたいんだが……」


 陽が問題無いことを告げると、グロムは安心したように息を吐く。そして当初の目的としていた、陽が上手くドラゴンの力を使えるかどうかの検証は、ひとまず成功であったと言える。

 彼は、炎や風といったようなものを、きちんと発生させることが出来ていた。

 自分のイメージ通りに事象が巻き起こるのを見て、前に検証した時は部屋が狭かった事と、イメージがしっかりと出来ていなかったせいで、上手くいかなかったんだと陽は結論付けた。


「作戦のときも、ちゃんと使えそうか?」


「それは……今の感じを忘れなければ、上手くいくかもしれないって思いました」


 掌を見つめて答えた後、陽は作戦に手応えを感じ、謎の解決へと少し近付けたように思い、ぐっと拳を握る。


「火とか水とか出してたもんね、すごいな~アタシも色んな魔法使ってみたい!」


「あぁ、普通は1種類なんだがな、ステラがお前の力を借りたがるのも頷ける」


 陽は2人から持ち上げられるが、褒められることに慣れていなかったため赤面し、話題を変えようと必死に頭を回した。

 しかしいい話題の変え先が見つからず、結局黙り込んでしまう。そして追い打ちを掛けるかのように、彼の腹の虫がぐうっと情けなく鳴った。

 運動したことで腹も空き、丁度時間も昼食時になっていた。


「あ、ヨウ、お腹すいたの?じゃあご飯食べに行こうよ!お詫びにグロムがご馳走してくれるってさ!」


「おい!まだ何も言ってねぇだろ! まぁ……でもヨウには悪いことしたし、行くか」


 陽は2人と共に昼食を食べることになった。


*


 陽達3人は昼食を食べ終わり、食堂を出てきていた。


「ふぃー、食った食った。ヨウ、お前も満足したか?」


 腹をさすりながら、隣を歩く陽を見下ろしてグロムは言う。


「うん、美味しかったよ、満足した」


 3人は陽が使っている家の前まで到着する。


「それじゃ、アタシ達は準備に戻るけど、陽は明日に備えて早めに休んでね!」


「そうするよ、ありがとうギブリ」


 3人は食事を通して色々な話をした。陽は主に自分について話した。以前どうやって暮らしていたのか、そしてこれから先どうなるのかが分からなくて不安であること。

 陽の話にグロムとギブリの2人は興味津々なようであったり、時に励ましたりしていた。

 そして、食事が終わる頃には、丁寧口調が消えるほどに、陽は2人と打ち解けることが出来ていた。そして同時に、こんな風に誰かと砕けて話すのを久し振りだと思った。


 別れの挨拶を言いながら去ってゆく2人に手を振りながら、今日あったことを振り返る。頭に思い浮かぶのは自分がグロムと戦った時の事。

 あの時、イメージ通りに力を使うことが出来た。そしてグロムとギブリの励ましもあり、作戦に対する不安はかなり減少し、いけるかもしれない、という思いが彼の頭の中にはあった。


 陽は手を振るのを止めた後、隣で遠くを見つめているドラゴンに目をやる。そして目線が揃う高さにしゃがみ、頭を触る。固い感触が彼の手に伝わる。


「頼んだぞ、俺の謎も、お前の謎も、そしてステラさん達の目的も、全部お前に懸かってるんだ」


 手応え、そして決意。それらを持った陽の瞳が向けられたドラゴンは、特に何かの反応を見せることも無く、静かにその瞳を見つめ返すだけだった。


 翌日、陽やステラ達は街を出発し、三日月の塔を破壊するための作戦が始まる。

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