第12話

 花畑での会話の後、2人は街の食堂で昼食を取った。昼食後、陽が現在使用している家まで歩く。

 また明日と別れの挨拶を言うステラに、陽はぎこちなく笑って挨拶を返す。


 陽はそそくさと家の中に入り部屋へと向かった。ベッドに仰向けに寝転がり、疲れたように大きなため息を吐く。

 彼は、少し休もうかとも思ったが、明日までに答えを出さなければならないと自分から言っていたことを思い出し、思考を切り替える。


 陽はステラの真剣な眼差しを脳裏に思い浮かべる。彼女は陽に、力を貸して欲しいと言っていた。陽は寝転んだまま首を横に向け、ベッドの脇に座っているドラゴンを見る。

 彼女が言う貸して欲しい力とは、間違いなくこのドラゴンが持っているものだと考える。


「俺の力とは言えないよな……」


 自分の力ではないと改めて認識する。そして、その力の正体も未だに掴めておらず、そして最初に出会った場所以外ではその力を使っていない。


「そういえば、今もあれ、使えるのか?」


 陽はふと気になり、ベッドから立ち上がる。そしてベッドの横で自分を見つめているドラゴンを見て、どうしたものかと考える。


「あの時は気づいたらああなってた……どうすればいいのか全く見当がつかないな……」


 陽はステラ達やこのドラゴンと会った部屋での事を思い出すが、いくら考えても力を使う方法に関しては思い当たる節が無かった。


「よし、とりあえず、いくつかそれっぽいやり方を試してみよう」


 頭に触れる、心の中で念じる、顔の前に手を居かざす、腕を前に突き出し、「来い!」と声に出して呼ぶ。だが、どの方法でもドラゴンは陽を見つめるだけに終わり、

 彼には自分が今しがた起こした行動に対する羞恥心だけが残っていた。陽は深くため息をつき、ベッドに腰掛ける。


「ほんとに何なんだよお前は……試そうにも、これじゃどうにも……」


 陽は進展しない状況に少し苛立ち、そして気恥ずかしさを誤魔化すようにドラゴンへと声を掛ける。


 と、その時、小さく鳴く声が聞こえたと同時に、ドラゴンの身体が光の粒子に変わってゆき、陽の全身へと纏わりついた。


「え、うわっ!?」


 陽は光に驚き立ち上がり、思わず腕を顔の前に持ってゆき目を閉じる。目を閉じた彼の脳裏には、自然現象のようなイメージが湧きあがる。

 そして、微かに感じた胸の痛みに反応し、彼は目を開ける。その時には、彼に纏わりついていた光は収まっており、代わりに、彼は自身の身体に何かが張り付いている感覚を覚える。


 陽は少し狭くなったように感じる視界で、自分の腕を見る。するとそこには、黒い鱗のようなものを纏った腕があった。

 そして腕だけでなく、胴体や脚にも鱗が隙間無く敷き詰められ、背には翼と尾、頭には角のような突起が出来上がっていた。

 彼の姿は、ロボットに襲われ、そしてそれを撃退した時の姿となっていた。


「これは……でも、なんでいきなり」


 陽は自身の身体の状態と、ベッドの横に居たドラゴンが消えているのを見て、状況を理解する。

 同時に、先程まで無反応を貫いていたドラゴンがこの姿に変化したのかが疑問だった。


「声、じゃあ無いよな……さっき呼んだけど反応無かったし。今、他に何が……」


 陽は先程の状況を頭の中で整理しながら、声以外で考えられる要因を探す。そして、1つの仮説が浮かび上がった。


「さっき、何やってんだろって恥ずかしくなって、それで上手くいかなくて少し苛ついてた。そうだ、あの時……」


 陽はロボットに襲われた時のことを思い出す。ステラ達の攻撃が全く通らず、眼前まで迫る死、湧き上がったものがあった。


「死にたくないって、恐いって思ってた」


 感情の変化。それが、陽の思い浮かべた仮説であり、ドラゴンの力を使う方法だった。彼はそのまま力を使えるか試すことにした。


「イメージ、だったよな……」


 彼は、今朝ステラとした会話を思い出す。ステラは掌の上に炎を灯していた。それと同じ事をしようと、陽は腕を前に出し、掌を上に向ける。

 そして頭の中ではっきりと炎をイメージする。


「あれ、出ない……なんでだ?」


 しかし、炎が灯る気配はなく、彼はもう一度ステラとの会話を思い出す。


『息を吸い込んで、頭の中でイメージするんだよ』


「そうだ、息を……!」


 陽は、彼女が魔法を使う際に息を吸い込んでいたことを思い出す。そして、もう一度炎をイメージしながら息を吸い込んだ。何かが破裂するような大きい音が鳴り、彼の掌の上から炎が飛び散った。そして飛び散った炎は床や机に落ち、燃え始める。


「まずっ!!み、水を!!!!」


 燃え始めた部屋を見て、陽は慌てふためく。そして消化しなければと思い至り、脳内には水のイメージが生まれる。そして、無意識に大きく息を吸い込んだ。


 次の瞬間、炎は消えたが、部屋は水浸しになっていた。陽がイメージしたことで、ドラゴンの力が発動したのだ。


「はぁ……最悪だ……」


 陽は部屋の惨状を見て意気消沈し、床に座り込み胡坐をかく。彼がもう一度ため息を吐くと、彼が纏っていた鱗が粒子状になり剥がれてゆく。

 そしてその粒子が形を作ってゆき、そしてすぐに、陽を心配そうに見つめるドラゴンが完成した。


「とりあえず、水を拭かないと……」


 陽は部屋を出て、色々な道具が収納してある部屋に行き、雑巾を取ってくる。そして水浸しの床を拭き始めた。

 そしてそのまま床を拭く手を止めずに、彼は考え始める。


 まるで扱いきれてはいないが、力を使うことは出来た事、そして何より、あの鱗を纏ったような姿になるための方法が少しでも解ったのが大きな進展だったと考える。

 だが陽にはもう一つ、答えを出さなければならない大きな課題があった。彼は思考を切り替え、ステラからの申し出について険しい顔で考え始める。


「ステラさんは、俺がロボットを殴り飛ばしたのを見て、力を借りたいと思ったんだよな、きっと……」


 得体の知れない強大な力、それを欲している。その事や、ステラとの会話の中で、陽は薄々気付き始めていることがあった。


「あの人達は何かと戦っていて、そのためにこの力が必要なんだ」


 陽がステラ達に協力すること、それはつまり、彼もその何かと戦うことになる可能性があるということ。


「戦いなんて、絶対にしたくない。でも、今の俺に他の選択肢は、無い……」


 そして、その申し出を断った場合に、自身が出来る事は何も無く、1人で自分の置かれている状況を解明するのは難しいだろうと彼は考えていた。


「どうして俺はあんな場所に居たのか、手掛かりが見つかるかもしれない。それに、ステラさん達は素性も分からないだろう俺を快く受け入れてくれている。きっと、悪い人達じゃない」


 陽は、右も左も分からずに、野垂れ死ぬ可能性があった自分を助けてくれた彼女達へ、恩返しをしたい気持ちもあった。


「よし、決めた!!」


 じっとしているだけでは何も始まらない。彼は状況の打開に繋がる手掛かりを見つけるため、助けてくれた恩を返すため、ステラ達に協力することを決めた。



*



 翌日、太陽が昇り、小鳥のさえずりが聴こえ始める頃に、陽は目を覚ました。閉じそうになる瞼を手で擦り、大きな欠伸をする。

 彼は大きな伸びをしながら部屋を見回す。そして、昨日と同じように部屋の扉が開いており、ドラゴンの姿が見えないことに気が付いた。

 彼は寝起きで少しおぼつかない足取りで家の外へと歩いてゆく。


「やっぱり、ここに居たか」


 家の外では、昨日と同じように太陽の光を浴びて眠るドラゴンの姿があった。光合成でもしてるのかと軽口を叩きながら、陽はそれの横に座る。ドラゴンは陽に頭を撫でられたりしても無反応だった。

 陽はそこに座ったまま、ステラが来るのを待つことにした。少しして、彼は遠くの方にステラの姿を見つける。

 陽は立ち上がり、彼女の方へと早歩きで近付いてゆく。そして声の届く距離になった時、陽はステラに声を掛ける。


「ステラさん!」


「おはよう、ヨウ」


「おはようございます」


 2人は挨拶を交わす。そして、ステラが何か言うよりも先に、陽が口を開く。


「あの、昨日してた話なんですけど、俺、やろうと思います!こんな俺を良くしてくれてるステラさん達に、恩返しがしたいんです」


 陽はステラを真剣な表情で見つめて語り、そしてそのまま言葉を繋げる。


「それに、俺は何故あんな所に居たのか、何か手掛かりが見つかれば良いと思って」


 陽の言葉を、ステラは驚いたような表情で聞いていた。だが、彼が話し終えるとその顔は笑顔に変わり、陽へと言葉を投げかける。


「ありがとう、とても嬉しいよ。実は断られるんじゃないかって思ってたんだ」


 ステラは手を差し出し、陽はそれに応えた。2人は固く握手を交わした。


「それでその……俺は一体何をすれば?何かと戦うことになるんですか?」


「あぁ、申し訳ないがそうなるだろう。城に行こう、私達が何と戦っているのか、君にも話しておかなければ」


 2人は城の方へと歩き始めた。

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