第11話

「ヨウ、もしも」


空を見上げながら、ステラは口を開く。


「もしも、皆の大切な何かが目の前で消え去りそうになっていて、そのことを誰も理不尽だと感じていなかったら」


彼女の言葉に陽は顔を上げる。風に髪が揺らされている横顔が見える。


「当然のことだと感じていたら?その時、君ならどうする?」


一呼吸空け、彼女は陽へと向き直り話を続けた。2人の目が合う。


「え?」


陽は、ステラが言った事を上手く整理することが出来ずに聞き返してしまう。

彼が見るステラの顔は、いつもの凛々しい表情とは違い、何かに押しつぶされそうな、風に吹かれれば消えてしまいそうなほど弱々しく見えた。

 そんな彼女と目を合わせることで、陽の思考は途切れ、何も言葉が出てこなくなる。


「すまない、おかしなことを聞いたな。忘れて欲しい」


 我に返ったのか、ステラは目を逸らし言う。彼女からは先程の儚げな表情は消えており、気恥しそうに指で頬を搔いていた。

 陽は何か言わなければと思い、質問に答えられなかったことを慌てて謝罪する。


「あ、いえ……答えられなくてごめんなさい。今のだけじゃなく、さっきのことも。色々あったせいで動揺してるみたいです……」


「そうか、昨日あんなことがあった後だ、気持ちの整理がつかないのは当然か」


 この青年にとっては、この場所も自分たちも、まるで知らない初めて触れる存在であったことをステラは思い出す。

 

「ヨウ、君は私達と出会う前、何処で何をしていたんだ?」


 ステラは彼自身について聞く。自分達とは違う容姿や雰囲気、どんな性格でどんな考え方をしているのか興味が湧いたからだ。

 陽は、そういえばと言い、記憶を呼び起こす。泡のように沸き上がるその記憶を辿り、ぽつりぽつりと話し始める。


 何処に住んでいたか、そこはどんな場所だったか、自分は何をして、どのように暮らしていたのか。

 それらのことを薄明な日々を思い出しながら、遠くの空を見据えて語る。

 ステラは彼の話を真剣な顔で聞いている。そして一通り語り終わった後、彼はステラに自分が話したことの中で知っていることは無いかどうか尋ねる。


「すまないが、君が話した場所も、名前も、全て聞いたことが無い」


 彼の語った内容は、ステラの記憶の中には存在しないものばかりだった。彼があの場所に居た理由も、何もかもが未だに謎のままだった。


「あいつのことも、分からないんですよね?」


 そう言った彼の視線の先には、全身が黒い鱗に覆われた青い眼を持った生物が居る。


「あぁ、君が語った事と、私がこの目で見た事以外は何も」


 彼はそうですかと言い、小さくため息をつく。


「君のことは話してもらったし、逆に私に聞きたいことはあるか?」


 ステラの言葉を聞き、何を聞こうか考える。彼の脳裏に蘇ったのはロボットに襲われた時の事だった。

 陽はとても気になっていたことがあったのを思い出す。


「あの時、あのロボットに襲われた時、ステラさんとグロムさんはどうやって攻撃していたんですか?爆発したり雷が出たりしていた記憶があるんですけど」


「魔法の事かい?」


「魔法……!」


「息を吸い込んで、頭の中でイメージするんだよ。こんなふうに──」


 彼女は魔法についての説明を始め、すっと息を吸い込む。そして手を前に出し、掌を上に向ける。


 小さく音が鳴り、彼女の掌の上に小さく炎が灯った。


「おぉ……!凄い!!」


 陽はステラの見せた魔法に驚き、瞳を輝かせて立ち上がる。ステラは、君の方が凄いことをやったんだが、と心の中で言い、これが魔法だよと彼に教える。


「もしかして、俺が使ったのも魔法なんじゃ?炎とか水とか、色々出てたんですけど」


「あぁ、そうなのかもしれない。だが、君と私達のは違うような気がするんだ」


「それは、どうしてですか?」


「私達は、1人につき1種類しか魔法が使えないんだ」


「なるほど」


 陽が巻き起こしたものは、明らかに1つの事象だけではなかった。ステラが言う、1人1つの制約には当てはまっていなかった。

 彼はドラゴンの方へ目をやる。ドラゴンについて、この場所について、自分がこれからどうするべきか、彼は一度深く考えるべきだと思った。


「あの、ステラさん」


「ん?」


「明日には、必ず答えを出します。さっき話してた力を貸すかどうかについて」


「あぁ、分かったよ。じゃあまた明日、答えを聞きに行くよ」


 陽はお願いしますと言って頷く。その彼の顔は、少し前までの不安そうな表情が無くなり、少しだけ楽しそうな、そんな表情へと変わっていた。

 ドラゴンや魔法、知らない世界。そんな未知が、彼の心を少しだけ、波立てていたのかもしれない。

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