第10話
2人はホールを通り、家の外へと出る。出てきた陽に気が付いたのか、少し前まで眠っていたドラゴンが近寄って来て、一緒に歩き始める。
陽はステラに、ドラゴンの同行は大丈夫かどうか確認する。彼女は当然だと言うように微笑みながら、彼の申し出を承諾した。
陽はステラの後ろに続きながら辺りを見渡す。朝、動き始めた街は活気に満ちており、若い人達が忙しなく動いていた。
そんな街の様子を見ながら歩き、2人は街の外側に近いところに着いた。ステラが足を止めると陽へと振り向く。
「この辺りは畑がたくさんある。ここは小麦で、向こう側は野菜を育てている」
ステラが柵の向こうを見て教える。陽は彼女と同じ方向に視線を移す。そこには緑の小麦畑が広がっていた。
隣の野菜畑では、何人かの若い男女が作業している姿も見えた。
ビルやマンションが建ち並び、コンクリートで舗装された街並みを見て過ごしていた陽は、普段見る機会がなかった畑を見て、
その広さと豊かさを見て感動を覚え、小さく声を上げる。
「もしかして、これを見るのは初めてなのか?」
陽が驚いているのを見て、ステラが不思議そうな顔をして、彼に声を掛ける。
声を掛けられた彼は首を横に振り、質問の内容を否定する。ステラは「そうか」と言い視線を畑の方へ戻す。
「でも、こんなに広いのは初めて見ました。凄いですね」
陽は思ったことをそのまま口にする。それを聞いたステラは、少しだけ嬉しそうな顔をして、
「彼らが頑張ってくれているからだ」
と、作業している人達を指差した。
そして彼女は次の場所に行こうと言い歩き出した。陽は返事をして後ろに続く。
次に2人は牛や豚、鶏などの家畜を育てている場所を見て回った。しかしそこは臭いが強く、少し見ただけで次の場所に急いだ。
畜産所を見た後、2人は大きな道路に同じような建物が建ち並ぶ場所に着いた。建物の前面は壁が無く、中の様子が分かった。
建物の中では、様々な作業をしている人達が目に入る。
「この場所では色んな道具を作っているんだ。私達が着ている鎧も服も、家の中にある物も、ほとんどがこの場所で作られている。」
「なるほど……」
2人はそのまま道路を進み、広場の横を通り、城の方へ歩いてゆく。そして城の足元まで到着する。
陽は城を見上げて、その大きさと美しさに感嘆の声を上げる。
「凄い……!!」
陽は城を見上げていて、気になることが出来た。昨日、ステラが隊員達から敬称を付けて呼ばれており、
自分と別れた後城の方へと歩いて行っていたことを思い出したのである。
もしかしてと思い、彼は恐る恐るステラに質問する。
「あの、ステラさんってもしかして、凄く偉い人だったりしますか?」
「いや、そんなことは無いんだが、何故?」
否定の後、陽の質問の意図が分からず、ステラは聞き返す。
「ステラ様って呼ばれているのを思い出して…… それに昨日、このお城の方に歩いて行ってましたよね?」
「様を付けて呼ばれているのは昔から決まっているからなんだ。それに、すまないが城に行くと偉いというのがよく理解できないんだが……」
「あっ、すみません…… 城に住んでるのはそういう偉い人達って印象があって……」
陽は質問が上手く伝わっていないことに焦る。
「あぁ、なるほど。それでそう思ったわけか」
ステラは彼の質問してきた事を理解し、勘違いしていることに気付く。
「私は此処に住んでいるわけじゃないよ、これは会議や集会に使うための建物なんだ」
「そうだったんですね……」
陽はその答えを聞き、自分のイメージだけで間違った質問をしてしまったことが恥ずかしくなり、少し視線を横に逸らした。
逸らした先にはドラゴンがおり、どうしたと言わんばかりに首をかしげている。
「よし!次は私のおすすめの場所に案内しようか」
彼の心情を察したのか、ステラは少しだけ声を大きく彼に声を掛け、次の場所に向かおうとする。
陽は慌ててその髪が揺れる後姿を追った。
無言で歩き、城から少し離れたところで、ステラは立ち止まる。そこは道沿いに緑の垣根が並び、その垣根の中央にお洒落な門がある場所だった。
「入ろう、この中なんだ」
彼女はそう言うと門を開け、中へと入ってゆく。陽も続けて中に入る。
陽が顔を上げると、その目には辺り一面に広がる花畑が目に飛び込んできた。
「おぉ……!!」
彼はその美しさに思わず声を上げる。ステラはそんな彼の様子を嬉しそうに眺めた後、花畑の中央にあるベンチに座ろうと促す。
2人はベンチに座り、花畑を見渡した。
「綺麗ですね、とても……」
「気に入ってくれて良かったよ」
陽が素直に感想を伝えると、ステラは笑ってそれに応える。花が風に揺られ、花弁が宙を舞う。しばらく無言の時間が流れた。
「あの、ステラさん」
「ん?なんだい?」
沈黙を破り、陽がステラに声を掛ける。声を掛けられた彼女は遠くの花を見ながら返事をする。
「どうして俺を、この街に連れてきてくれたんですか……? 見ず知らずの俺を……」
「それは……」
陽の質問にステラは言葉を詰まらせ、視線を下に向け、何かを考え始める。2人の間に沈黙が訪れる。
彼の問いに、ステラは自分の考えを言おうか、言うまいか迷った。だが、ここで嘘をついても意味が無いと考え、思ったことをそのまま口にする。
「それは……君の力が、必要だと感じたからだ」
「俺の、力……?」
ステラの答えに、怪訝な顔をする。
「そうだ、君が見せた、私達とは違う、強力な力だ」
遠くを見据えながら彼女は零した。横顔を見ているだけでは彼女の心情を図る事は出来なかった。
「ヨウ、君にお願いがあるんだ」
彼女は顔を上げ、真剣な表情で語り掛ける。
「君の力を、私達に貸してはくれないだろうか?」
ステラが陽に懇願する。彼はその真剣な顔に惚けて、思わず顔を逸らしてしまう。
顔を逸らした先にドラゴンの姿が目に入った。ドラゴンは、地面に座り、ひらひらと舞っている蝶へと視線を沿わせている。
あれは俺の力なんかじゃない。彼はそう理解していた。力が必要だと、ステラは言った。
陽は彼女のその言葉を反芻する。彼は自身に向けられたはずのその言葉が、別の誰かに向けられているように感じ、ステラと目を合わせることが出来なかった。
それに、彼女の願いを受け入れてしまうと、力を使って何かと戦う羽目になるかもしれないと言う考えにも至り、彼の中で戦いに対する恐怖も生まれた。
2人の間に何度目かの沈黙が流れる。そして、陽が迷っているかのような表情でステラの方へ向き直る。
「ごめんなさい、少しだけ、考えさせてください……」
少し震える声で、彼はそう言った。
「そうか…… いきなりこんな事を言って悪かった。ゆっくりと考えて欲しい。出来れば、良い答えを聞かせてくれると嬉しいよ」
悲しそうな顔でそう言ってステラは顔を上げ、何か遠くの方を見据える。同じように陽も彼女の視線の先を見る。
2人の視線の先は、城の上空。そこには、何か得体の知れない恐怖を感じる、黒い霧のようなもの、神界への門が浮かんでいた。
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