第5話

「グオッ!なんだこの音は!?」


「くっ……!」


「耳がっ!」


 3人は突如鳴り響いた大きな音に顔をしかめ、咄嗟に手で耳を塞ぐ。そして音はすぐに鳴りやんだ。


「おい……何だったんだ今のは?しかもあんだけ暗かったのに昼間みてぇに明るくなってやがる」


 グロムが驚きを隠せない顔で明るくなった部屋を見渡し、小声で呟いた。だが、それも束の間、次の瞬間には、部屋全体が大きな揺れに包まれた。


「今度は何だ!!」


 グロムの叫びと部屋が揺れる事によるによって鳴る音の他に、陽は何かが駆動するような音を聞いた。そして揺れはさらに大きくなってゆき、遂には部屋の入り口付近の床に、大きく亀裂が入った。

 そしてその亀裂から、金属がぶつかり合うような甲高く不気味な音が彼の耳に流れ込んで来る。あの亀裂の下に何かがある、彼はそう直感的に感じた。

 そして更に揺れは大きくなり、陽は立っている事が出来ずに床に座り込んでしまう。

 床の亀裂は揺れと共に広がってゆく。そして陽だけでなく、ステラ達でさえも立っているのがやっとというほどに揺れが強まった時、床の亀裂が一気に広がり、その下から巨大な何かが飛び出した。


 巨大な腕。それは亀裂をこじ開け、まっすぐ上へと伸ばされた黒く巨大な腕だった。その腕が折れ曲がり、腕に見合う巨大な手で亀裂の縁をがしりと掴む。駆動音が鳴り響いている。


「あれは……」


 ステラは気付く、その腕が何かの一部である事に。腕の根本、床に開いた亀裂から、更に巨大な何かが這い出そうとしている事に。

 亀裂の中からもう1本腕が飛び出し、同じように縁を掴む。2本の腕が軋み、亀裂の底から巨大な何かが持ち上げられる。腕が繋がっている先、その何かの胴体が垣間見える。


「グロム!戦闘になるかもしれない!構えるんだ!!」


「オウッ!!」


 ステラが叫び、グロムがそれに応える。部屋の揺れが収まった時、出口近くにできた亀裂から完全に這い出してきたそれは、グロムが見上げなければいけないほど巨大であった。

 丸い胴体に巨大な腕と脚、人型のようにも見えるそれに頭部はなく、その背面には青く光を放つ巨大な輪のようなものがあった。

 青い光が筋のように流れる黒い体表からは、天井からの光に照らされて、金属のような光沢が放たれている。

 そしてその頭部の無い黒い巨人は、駆動音と地響きを起こしながら、その巨体からは想像もつかないような速度で、3人へと迫った。


「チッ!やっぱ来やがったか!!」


「グロム、前へ!後ろから援護する!」


「うわっ!」


 ステラは陽の手を引っ張り、後ろへと下がる。そして息を吸い込み、迫り来るものに手を向ける。


 ズドンという強烈な音と共に、それの目の前で爆発が起き、爆風が部屋に広がる。突然の爆発に陽は驚く。

 しかし、爆風を至近距離で受けたはずのそれは、何事も無かったかのように速度を落とさず、3人の方へ迫っていた。


「オオオッ!止まれ!!」


 グロムが迫り来るものに向かって跳躍し、息を吸い込む。すると彼の身体の周りには青白い雷が弾け飛んだ。雷は彼の身体へと纏われてゆき、電流が迸る拳で迫る黒い塊の胴体と思われる部位を殴りつける。

 巨大な黒い体に青白い電流が走る。強烈な光に、陽は思わず腕で顔を隠す。


「なにっ!?」


 黒い体表に青白い電流が流れるが、それの動きを止めるどころか、動きを遅らせる事すら出来ていなかった。巨大な腕が振り上げられる。

 横薙ぎに振るわれた腕がグロムに直撃し、彼は弾き飛ばされ壁に叩きつけられる。グロムの顔が打ち付けられた苦痛で大きく歪む。

 黒い巨人は速度を上げ、陽達へと突撃してくる。


「ヨウ!!」


 ステラは陽を引き寄せ、横方向へと跳ぶ。すると先ほどまで2人が立っていた場所を黒い塊が通り過ぎ、大きな破砕音と共に地面が抉り取られる。

 2人はは地面へと倒れ込む。地面に身体を打ち付けた痛みに耐え、よろめきながら立ち上がる。


「何なんだよ、いったい!!」


 陽は、それがもたらす圧倒的な力と破壊に、恐怖していた。ステラとグロムが見せた超常的な力が、生半可な威力ではないことは肌で感じることができた。

 つまりその2人が抑えることができないものを自分なんかがどうこうできるわけがない、と。


「このままじゃ、死───」


 死ぬ。身体をガタガタと情けなく震わせて、彼はその思考へと思い至った。陽の中で、恐怖が膨れ上がっていく。逃げなければと思い、

 震える脚で立ち上がり、部屋の奥を見る。

 自身の視線の先で、恐怖の対象であるそれはゆっくりと振り返る。足が竦み、動けなくなる。

 と、その時だった。


 突如、大気が震えるような音がする、それは何かの叫び声のようだった。


 それは、彼の傍らにいたドラゴンのような生物が発したものだった。そして、その身体が一瞬にして何百、何千もの粒子へと溶けてゆく。

 そして、未だ状況が掴めていない彼の身体へと渦潮のように纏わりついた。


「何だ......これ!!」


 陽の身体に纏わりついた粒子は、彼の身体に沿って、鱗のような形を形成していく。

 そしてその鱗が彼の全身を覆いつくした時、胸と頭に走った軽い痛みと共に、炎 水 風 のような様々なイメージが浮かび上がる。


 彼は、無意識のうちに息を大きく吸い込み、雄叫びを上げていた。


「オオオオオオオオオオッ!!」


 叫び、跳躍する。地面が窪み、大気が震える。黒い鱗を纏った彼が、黒い塊の前へ一瞬で到達する。それは腕を振り上げ、突撃して来た彼へと叩きつけようとする。

 風が巻き起こった。飛び込んで来た彼の軌道が変わり、振り下ろされた巨大な腕は空を切り床を抉り取る。

 炎が吹き上がった。その巨体の真下から放たれた赫灼たる輝きが、黒い体を包み込み金属の身体が熱によって赤く染め上げられる。

 激流が流れた。巨大な金属の塊を押し流すほどの波が渦を巻く。その巨体が宙へと浮かぶ。


 浮かび上がった巨体の前に、彼は一瞬にして姿を現す。災害かと見違うような事象が彼の周囲で巻き起こる。

 彼は腕を後ろへ引いた。青く光る目で黒い塊の胴体を見据える。そして、全力で腕を前へと突き出した。


 霹靂のような音が鳴り、爆風が部屋に広がる。ステラは床に手を突き、余波に飛ばされないようにしながら前を見る。

 空間が歪んだかのような錯覚、粒子を纏い姿を変えた陽。彼女が見たものは、胴体が大きく歪み、奥の壁へと叩きつけられる黒い巨人の姿であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る