第3話

 少しずつ眠りから覚めてゆくような感覚、ゆっくりと覚醒していく意識の中で、陽は先程見た不思議な夢の事を思い出していた。

 彼の頭の中に残っているのはほとんどおぼろげな記憶だが、自身に語り掛けてきた優しい声が語っていたことを必死に思い出そうとする。

 あの得体の知れない何かは、「夢じゃない」と語っていた。彼はその事が印象に残っていた。彼は最近、夜眠ったとしても夢を見る事はほとんど無かった。

 そして彼にとってどこか現実感すら覚えたあの夢。不思議な夢を見たものだ、と彼はまだ起き切っていない頭で考える。


「うぅっ……」


 更に眠気が引いていき、意識がよりはっきりとしてくると、彼は自分の身体に違和感があることに気づく。

 背中に当たる感触がいつも寝ているベッドよりも、何倍も固く感じていた。気付かないうちに床に転げ落ちたのか、と彼は瞳を閉じたまま考えていた。


 しかし、違和感は身体に感じるものだけではなく、少しだけ感じる獣のような臭いと、それに混ざり合う甘い匂いが彼の嗅覚に届いていた。

 そしていつもは自分の顔を照らしている朝日を感じられず、その代わりに微かな熱と何かが燃えているような音も聞こえていた。

 それらの違和感と、彼は昨日決めたことを思い出して目を開けようとする。彼は昨日、今の堕落しきった生活に終止符を打つことを決意していた。

 彼は目を開く。するとそこには、朝起きた時に見るいつもの部屋とは違った光景が広がっていた。


「あ、起きた」


 陽の顔のすぐ前には、アメジストのような瞳で彼の顔を覗き込んでいる少女の顔があった。


「うわっ!?」


 突然の光景に陽は情けない声を上げて飛び上がり、顔を勢いよく逸らして横に首を振る。

 だが、首を振った先でもいつもの部屋の風景は目に映ることは無く、先程よりも衝撃的な光景が彼の視覚を襲う。


 青い眼をした、巨大なトカゲのような顔面が、まっすぐ彼を見つめていた。


「うわああああぁぁ!!!!」


 寝起きの思考に受けた大きな驚きによって彼の心臓は早鐘を打ち、そして一度は目覚めたはずの彼の意識は、再び眠りに落ちかけていた。



*


 陽が情けない悲鳴を上げてから、落ち着きを取り戻すまで少々の時間が過ぎた。彼は乱れた息を整え、周りを見渡す。そこは見慣れた自分の部屋ではなく、彼には全く見覚えの無い空間だった。

 彼が少し落ち着いた様子を見せたことで、少し離れて様子を見ていた少女が近付いてゆく。

「もうそろそろ、落ち着いたか?」


「あ、はい、大丈夫です……」


 紫色の瞳をした少女が陽に問いかけ、彼はそれに答える。


「全く、いきなり叫ぶもんだから驚いたぜ」


 少女の隣にいる、大男がそう話す。陽は愛想笑いをしながら、薄暗い部屋の中、少女の周りを浮遊している炎に照らされている2人の容姿を詳しく見ていた。

 少女の方は、銀色の髪に紫の瞳、身長は170cmの陽より少し低い位で、長めの髪をポニーテールにして後ろに流している。

 その少女の隣に立っている男はとても背が高く、陽の目からは2m以上あるように見えた。赤い髪を短く切りそろえており、エメラルドのような色をした綺麗な瞳で彼を見ている。


 そして、彼の目を一番引いたのは、日本で生活していたらあまり見ることの出来なかった髪色や瞳の色ではなかった。

 少女には彼とは違い先端が尖った耳が、大男には、額に1本の角があったのだ。


「と、分からない事だらけで君には色々質問したいことはあるけど、一先ず自己紹介でもしようか」


 陽の視線に気づいたのか、銀髪の少女がそう提案する。彼女も今の状況を深く理解出来ていないようだった。


「私の名前はステラ。よろしく」


「俺はグロムだ」


 ステラと名乗った銀髪の少女に続き、赤髪の大男も名前を名乗る。


「陽、素留 陽です」


 眠気はすっかりと消えたが、今の状況を全くできていないといった表情をしている陽も、彼女たちに続いて慌てて自分の名を名乗る。


「ヨウ、か」


 ステラはそう呟くと、陽から視線を逸らし、顎に手を当てて何かを考え始める。

 そして何か思い至ったのか、視線を戻し、彼の横を指さしてこう言った。


「ヨウ、君の横にいるその生物、どうにかできないだろうか」


「え?」


 彼女の指のさされた方へと顔を向けると、陽の目に映ったのは、先ほど目の合ったトカゲのような生物が姿勢を低くし、ステラとグロムに今にも飛び掛かりそうなほどに威嚇をしている姿だった。

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