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「……嘘」
そう言ったきり、僕は絶句する。とても信じられなかった。だが……クラスの誰も知らないはずの僕のハンドルを知っている、ということは……やはり、そうなのか?
「ほんと、ごめんなさい。私、平良君をめっちゃ騙してました!」
瀬川さんは目の前で深く頭を下げる。
「……いや、でも……なんで?」僕はそこまで言うのがやっとだった。
「えっと、とりあえず、座ろっか」
「う、うん」
もてなしドームの石のベンチに二人並んで腰かけながら、僕は瀬川さんの話を聞いた。
彼女の兄が昔からかなりの戦闘機マニアで、その影響で彼女も戦闘機が大好きになってしまったらしい。「編これ」も兄の影響で始めたのだとか。だけど、そんな話はとてもクラスの中でできるはずがない。そこで、新潟市の男子高校生「カニンガム112」という設定でフェイスグラムを始めて、他の「編これ」司令官と交流していたのだ、と。新潟市在住という設定にしたのは、母親の実家が新潟市にあり、小学生の間ずっとそこに住んでいて今でも時々帰ったりしていて土地勘があるから。そして……問題の、ボットを使っていた理由は、彼女の本名のフェイスグラムアカウントと使い分けをはっきり区別するためだった。
「ほら、二つもアカウント使ってると、絶対間違えそうでしょ? だから、基本的にカニンガムの方はテキストをボットに投げる形で投稿するようにしてたのよ。本名のアカウントでうっかり『うおおおおロシアンナイツのフランカーキター!!!』とか書いたらやばいじゃない」
……。
ようやく僕は実感した。やっぱこの人、間違いなく「カニンガム112」だ。
言われてみれば、確かに新潟市在住にしては、もてなしドームとか鼓門とか、金沢駅のことよく知ってたもんな。それに最近ちょくちょく瀬川さんと目が合うなあ、なんて思ってたが……まさかこの人が、「カニンガム112」だったとは……
「だけど、なんで僕が『フェニックス54』だって分かったの?」
「たまたま『おすすめユーザー』に出てきたから、アクセスしてみたのよ。そしたら虹の写真があってさ。あれ、私も見た。あの位置、あの角度、あの時間、あのまんま。あれ、学校のバス停からだよね。だからこの人は私と同じ学校の人だ、って思って、それでフォローしたんだよ。だけど決定的だったのは、声。平良君、素の声でしゃべり方もそのままなんだもん。私はボイスチェンジャー使ってたけどさ」
……そうだよね。ボイスチェンジャー使ってなかったら、女の子、ってわかっちゃうもんね。すっかり騙されたよ。
「ね、平良君」
「え?」
「君が『いいね!』稼ぎのボット使われて傷ついたのは、すごくよくわかる。だけど……信じてもらえないかもしれないけど、私はボットをそんな風に使ったことは一度もないよ。私もボットに『いいね!』付けられるのは、正直好きじゃない。でも……ボットを使ってたことは、事実だからね。だから……ごめんなさい」
瀬川さんはまた、頭を下げた。
「あ……いや、いいんだ。ボットもいろんな使い道があるんだ、ってこと、僕も知らなかったから……むしろ、いきなりブロックしたりして……僕の方こそ、ごめんなさい」
「ううん、私の方こそ……いろいろ騙した形になっちゃって、ごめんなさい」
二人の謝り合戦はしばらく続いた。そしてそれは苦笑交じりで瀬川さんが言った「……きりがないね」の一言で終止符が打たれた。だけど彼女は、僕の顔色をうかがうようにして、呟くように言う。
「できれば……平良君もまたフェイスグラムと『空』に帰ってきてほしい。私にとって……ううん、ボクにとって一番の
その口調は、まさに僕が知っている「カニンガム112」そのものだった。
「……うん。分かったよ」
「良かった」
瀬川さんが、ニッコリと笑う。
「それじゃ、また『空』でね。クリスマスのイベント、忘れんなよ? "フェニ"」
唐突にまた「カニンガム112」になって腰を浮かせかけた瀬川さんは、
「あ、そう言えば」
と思い出したように僕を振り返る。
「"フェニ"は確か、クラスに気になる女の子がいる、って言ってたよねぇ」
「!」
しまった……そういやそんなこと、言っちまったっけ……
「それって、誰のことなの?」
……。
僕の顔が、真っ赤に染まる。
(了)
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