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 その時。


 物理教員室の引き戸が、ガラガラと開く。


「……どうしたんですか?」


「あ、竹田先生……」


 俺の在校当時からいる唯一の先生、英語の竹田先生が顔をのぞかせていた。


「なんか叫び声がして大きな音がしたから、何事かと思いましたよ」


「あ、すみません、お騒がせしまして……何でもないんです」


「何でもない、って顔じゃないですよ。よかったら……話を聞きましょうか?」


「先生……」


 ---


「なるほど。そうだったんですか」竹田先生は神妙な顔でうなずく。「全く、君は昔から全然変わってませんね。責任感が人一倍強くて、そのくせ人に頼るのがすごく下手くそで」


 ……全くおっしゃるとおりです。


「でも、今回はさすがにもう、誰かの力を借りるしかないでしょう。残念ながら私はパソコンが不得手なので手伝うのは難しいですが……教職員だけでなく、生徒の手も借りてはどうですか?」


「今は春休みですよ? 部活に来ている生徒しかいませんよ。わざわざ学校に呼び寄せて作業をさせるにしても、バイト代を出せるわけでもないですし……」


「だったら、部活に来ている生徒を使えばいいじゃないですか」


「いや、だからそういう生徒は部活のために学校に来てるわけで……」


 なぜか竹田先生は、ニヤリと笑う。


「そうか。君は普通科の、それも進学クラスだったから忘れているのかもしれませんね。だけどね、うちは総合高校です。そして、総合科の生徒が中心に所属しているワープロ部というものが、あるんですよ」


 ……!


「ああああっ!」


 まるで、真っ暗なトンネルを抜けて一気に視界が開けたような感覚だった。


 そうか! その手があった!


 主に商業科の高校生たちが文書作成技能を競う大会があるのだ。ワープロ部はその大会に出場するための部活である。もちろん今日もコンピュータ室でタイピングの練習をしているはずだ。その生徒達に頼めば、彼らの練習にもなるし原稿もデータ化できる。一石二鳥だ!


「竹田先生! ありがとうございます!」


 先生に頭を下げた俺は、そのままコンピュータ室に走った。


 やった! ワープロ部の生徒達が十数名、一心不乱にタイピング練習をしている! 早速俺は直談判しようと思い、顧問の先生を探した。


 驚いた。めちゃくちゃ可愛い、女の先生だ。南野都羽とわ先生。今年新卒で、臨採(臨時採用)教員として入っているらしい。知らなかった。こんな先生、我が校にいたんだ……確かに、総合科棟にはほとんど行くことないからな……


 南野先生は快く引き受けてくれた。生徒達も皆笑顔でうなずく。俺は目頭が熱くなってきた。


「ありがとう……ぐすっ……みんな、ほんとにありがとう……」


 ボロボロ泣きながら、俺は頭を下げる。南野先生にも生徒達にも若干引かれてしまったようだが、この際そんなことはどうでもいい。これだけの数のタイピングに長けた人員がいれば、手分けすれば今日一日で原稿を全てデータ化することができるだろう。これで大丈夫だ……


 俺が原稿用紙の束を南野先生に渡すと、なぜか彼女の顔がこわばる。そして……


「すみませんでした!」いきなり彼女が俺に向かって深く頭を下げる。


「え? え? え?」俺は混乱したまま絶句する。


「この一ノ瀬良平という人……私の祖父なんです」


「ええええ!」


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