4

 目が覚める。


 知らない部屋だ。どことなく、病院の病室に似ている。


「お目覚めですか?」


 知らない声。知らない顔が、僕を覗き込んでいる。


 知らない顔……?


 いや、違う。


 もはや初老と言えるほどの老け方だが、その顔には、かつて僕を軍に引き入れたドラゴンスレイヤー仲間の面影がはっきりとあった。彼の着ていた軍服は、将軍の位に相当するものだった。


「また、あなたの力が必要になりました……セイバー」


 彼は静かに、そう言った。


---


 僕が処刑されてから、二十年ほどの月日が経っていた。この国では死刑が廃止されているが、無期懲役では囚人の生命維持に多額の税金がかかるため、最高刑は「冷凍刑」……つまり、いわゆる人工冬眠コールドスリープを意味していた。判決では、僕は少なくとも百年は眠ったままになるはずだった。


 しかし。


 戦争は膠着状態に陥り、未だに続いていた。そして、隣国がとうとう禁じられた技術を使って、ドラゴンを復活させてしまったのだ。それを兵器として使うために。


 だが、ドラゴンはまず隣国の人々に襲いかかった。そして大きな損害を与えた後、それはあっというまに繁殖し、とうとう国境を越え我々の国にも襲いかかってくるようになった。かくしてドラゴン討伐隊の再結成が計画された。しかし、伝説の聖剣を操る技術は継承の意味なしとして後継者も育てられていないし、かつてのドラゴンスレイヤーたちは年老いてしまい、実戦には耐えられない。そこで、かつてドラゴン討伐隊のトップエースだった僕の冷凍刑を解き、再び戦わせようというのだ。


 僕は苦笑した。なんて虫のいい話だ。みんなかつては僕のことを、まるでぼろ雑巾のような扱いをしやがったくせに。


 だけど、結局僕にはそれしかできないのだ。それが僕のアイデンティティだった。だとすれば、やるしかない。


 昔の僕なら、一人でもドラゴンに立ち向かっていったかもしれない。だけど、僕はまず仲間を育てることにした。それには才能のありそうな若者を選ぶ必要がある。


 仲間はすぐに選抜された。全員が二十代の兵士だった。面接するため、僕は全員を会議室に呼びよせた。


 最年長は"ファントム"という、28歳の女。聖剣は元より若干魔法も使えるらしい。そして"イーグル"という25歳の男と、"ファルコン"、"バイパー"という双子の22歳の兄弟。


 しかし、こうして並べると、全員に共通点があった。みな顔がどことなく似ているのだ。そして何故か、全員がほっぺたの同じ場所にほくろがある。僕と同じように。


 まさか……いや、でも……


 だけど、その僕の考えは、イーグルの口から吐き捨てられた言葉で完全に裏付けられてしまう。


「クソ親父! なんで今頃になって現れたんだよ! 今まで俺たちがどんな思いをしてきたのか、分かってんのかよ!」


 彼は憎しみのこもった目で、僕を睨み付けた。


---


 彼らは、敵前逃亡をした裏切り者、犯罪者の子供ということで、幼い頃からかなり酷い目にあったらしい。学校ではいじめられ、卒業後は軍に入隊することがほぼ義務づけられた。僕の処刑当時、8人の妻全員の子供を合わせれば15人はいたはずだったが、僕の子供らは優先的に最前線に送られたため、既に11名が戦死していた。結局、今生き残っているのはこの4人だけだという。


「すまなかった……お前たちには本当に、悪いことをしてしまった……」


 そう言って、深く頭を下げることしか僕にはできなかった。


「ふざけんな! そんなんで俺たちがあんたを許せるとでも思ってんのかよ!」


 僕の胸ぐらをイーグルが掴んで揺さぶる。


「許してもらおうとは思っていない」僕は彼の目を真っ直ぐ見据える。「だが……こんなこと、頼める義理ではないが……お前たちの力が必要なんだ。頼む。力を貸してくれ……」


「ばかやろう!」


 イーグルに乱暴に突き飛ばされた僕は、そのまま会議室の冷たい床に無様に転がる。


「……命令、すればいいじゃねえかよ」彼が顔を背けながら、言う。


「え?」僕は彼の顔を見上げる。


「あんたの肩の階級章は、大尉じゃねえか。俺は曹長。ファントム姉は准尉で、ファルコンとバイパーは伍長。みな階級はあんたより下だ。あんたが命令すれば従うさ。そのために俺たちは来たんだ」


「だけどそれは……」僕は立ち上がる。「本当にお前たちが望んでいることなのか?」


「望むも何もねえよ!」激しい口調でイーグルが言う。「俺たちはプロの軍人だ。心の中でどう望もうが、命令には従う。それだけだ。ただ、今更あんたに父親面されるのだけは、ここの誰もが望んじゃいねえと思う。みんな、そうだろ?」


 イーグルが他の子供たちを振りむくと、全員がためらいなく同じようにうなずく。


「……」


 それもそうだろうな、と僕は思う。僕だって彼らと同じ立場になったとしたら、目の前のふざけた野郎に今更父親面されたらたまったもんじゃない。


「分かった」僕は姿勢を正す。「それでは、これからお前たち……いや、諸君らをドラゴン討伐隊員に任命する。これは命令だ」


 その瞬間、全員がかかとを鳴らし、揃って敬礼する。


---

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る