3

 あっという間にこの世界で十数年が過ぎた。僕は一人ぼっちになっていた。


 僕は、ドラゴン退治以外は全く何もできない人間だったのだ。ドラゴンが絶滅してしまったら、存在する意義がない。アイデンティティの崩壊だ。だから、だんだん僕は誰にも相手にされなくなっていった。ドラゴンスレイヤー時代にあれほど僕をちやほやしていた人間は、みな手の平を返すように遠ざかっていった。もちろんその中には八人の妻も子供たちも含まれていた。


 放蕩の限りを尽くしたせいか、報奨金は早々と無くなっていた。僕はどんどんすさんでいった。もう誰も信じられない。こうなったら世捨て人として一人で生きていこう。


 そう思って、僕は山の中にでも行こうとした……のだが。


 よく考えたら、僕は火をおこしたことがない。この世界にはマッチもライターもない。ドラゴンスレイヤーのパーティには魔法使いが一人いて、火を付けるのは彼女の仕事だった。魔法使いじゃない人間は、火打ち石で火を付けるしかないのだ。だけど、そんなのやったこともない。


 一応僕も最低限の料理だけはそれなりにできる。だけど、火が使えなければそれも無理だ。それ以前に、食材をどうやって調達すればいいのか。狩りなんかやったこともないし、野草も何が食べられて何が食べられないのか、なんて分からない。こんな状況で一人で生きていくなんて、絶対に無理だ。


 僕はようやく気づいた。


 今までだって一人ぼっちで生きていたつもりだった。だけど、そうじゃなかった。結局僕は、見ず知らずのいろいろな人たちに支えられていたんだ。


 今、僕が履いている靴を作ってくれた人がいる。僕の着ている服を作ってくれた人がいる。僕が市場で買ってきた食べ物を作ったり狩ったり獲ったりした人がいる。そして、それを市場まで運んだ人がいる。そして、そういう人たちも、他の無名のたくさんの人たちに支えられて、生きている。人間社会とは、そういうものだったんだ。


 ドラゴンスレイヤー時代だってそうだ。僕が聖剣を発掘したわけじゃない。聖剣を発掘してくれた人は別にいる。そして、僕の体を守ってくれた鎧を作った人がいる。戦う僕の力の源となった食事を作ってくれた人がいる。


 僕も、そのような無名の多くの人たちに支えられて、ドラゴンと戦うことができた。それなのに、僕はそういう人たちをバカにしていた。何の才能も無い奴らめ。しょうがない。僕が守ってやろう。そんな不遜な態度をとり続けていた。


 バカなのは僕の方だ。現実の僕は、まさにそんな「何の才能も無い」人間の一人だったじゃないか。なんで今までそれに気づかなかったんだろう。


---


 結局僕は人間社会から離れられなかった。だけど、こんな僕でも何か人の役に立つこともあるかもしれない。そして、それが得られそうな機会は意外に早くやってきた。


 ドラゴンスレイヤー時代の仲間が、僕を呼びに来たのだ。ドラゴン討伐隊はそのまま軍組織へと形を変えていた。


 ドラゴンが絶滅し生存が脅かされることがなくなった人間は、ものすごい勢いでその数を増やしていた。そして、限られた資源を互いに食いつぶすようになり、隣国との間に緊張が漂うようになった。おそらく遠からず戦争になるだろう。その時に一緒に戦って欲しい。仲間はそう言った。


 だけど、僕は気が進まなかった。


 僕は人間たちを守るためにドラゴンと戦ったのだ。その「人間たち」には、隣国の人間も含まれる。命がけで守った人間を、なぜ我が手で殺さなければならないのか。


 それでも、僕にはそれしか道がなかった。僕はそのまま軍人となった。


 しかし。伝説の聖剣は、扱いにくいだけで人間相手にはむしろ何の威力も無かった。正質量の剣が負質量物質を含むドラゴンの体からはじかれるように、負質量物質を含む聖剣は正質量の人間の体からはじかれてしまうのだ。だから、僕は特殊能力など何も無い、単なる凡百の兵士の一人に過ぎなかった。


 開戦は思ったより早かった。最前線で僕は……敵前逃亡をやらかした。

 やはり人間相手に戦うことはどうしてもできなかったのだ。幸いにして、僕の脱走により味方に与えた損害は最小限で済んだ。しかし、僕の身柄はあっという間に拘束され、軍法会議にかけられた。最高刑に処す、という判断が下された。かつての英雄「セイバー」の名前も、今は何の役にも立たなかった。


 僕は処刑された。


---

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る