エピソード 3ー3 あらたな家族

 オリヴィアの両親から、オリヴィアを妾にする許可をもらった俺は、一度グランシェスのお屋敷に帰還。真っ先にアリスの部屋へと戻った。

 アリスはソファに座り、ミリィ母さんとおしゃべりをしていた。


「ただいま、アリス、ミリィ母さん」

「お帰りなさい、リオン」

「お帰り、リオン。その様子なら、ちゃんと許可はもらえたみたいだね」

「うん。アリスの予想通り、な」

 ザッカニア帝国が、人質としてオリヴィアを送り込んだのは、リゼルヘイムとの繋がりを持ちたいから。ひいては、俺との繋がりが欲しいから。だから、妾にすると言えば、なにか条件を出されても断られることはない。アリスの予想通りだったというわけだ。

 しかし、身重な奥さんに、妾を作るためのアドバイスをされるのは……いまさらか。


「アリスの方はどうだ?」

「つわりとかは平気だよ」

「なら、寂しい想いとかは?」

「リオンが出かけてばっかりで寂しい――なんてね。クレアにソフィアちゃん。それにミリィお母さんや、シスターズのみんな。みんな優しいから、私は凄く幸せだよ」

「そっか……留守がちでごめんな」

「本当に平気だってば。だけど……うん。今日くらいは一緒にいてくれると嬉しいな」

「もちろん、そのつもりだ」


 俺が頷くと、ミリィ母さんが「それじゃお茶菓子を用意するわね」と退出していった。たぶん、気を利かせてくれたんだろう。

 それに感謝しつつ、俺はソファのアリスの隣に腰を下ろした。


「……なんか、こうしてのんびりするのは久しぶりだな」

「リオンといると、いっつもなにか騒動に巻き込まれるからね」

「まあ……自覚はある」

 この世界に生まれ落ち、前世とほぼ同じ時間の時を過ごした。前世でも、わりと苦労をした記憶はあるけど……この世界での日々とは比べるまでもない。

 思えば、ずいぶんと色々なことがあった。


「最初は、前世の妹だなんて知らなくて好きになったんだよな」

「ふふっ、最初に知ったとき、リオンは引いてたよね。いまでは、私にお兄ちゃんと呼ばれて、興奮しちゃったりするのに」

「――ぶっ、それを言うのは止めろ」

 あぁでも、なんか分かった気がする。最初にアリスに惹かれたときに、俺の前世の価値観は壊れ始めてたんだな、きっと。


「ところでリオン」

「うん?」

「クレアとソフィアちゃん、同時に手を出したんだってね?」

「ぶっ!?」

 なぜそれを――なんて、聞くまでもないか。あれの後押しをしたのもアリスみたいだし、知ってて同然だとは思うけど、一体なにを言われるのやらと戦々恐々だ。


「頑張って、早く二人も孕ませて上げてね」

「……なんか、予想より生々しい方向だった」

「生々しくないよ。みんなにも早く子供を産ませてくれないと、私とリオンの子供だけ年が離れちゃうじゃない」

「あぁ……たしかにそれはあるな」

 一人だけ年の離れたお兄ちゃんかお姉ちゃん。それはそれでありだけど、やっぱり年の近い兄弟姉妹がいた方が楽しいと思う。


「そうだなぁ……じゃあ、お父さんは子作りを頑張るかぁ」

「リオン、なんだか親父臭いよ?」

「アリスが言い出したのに!?」

 言ってから、アリスと顔を見合わせて笑う。


 しかし、今夜はアリスと一緒に寝るつもりだった。

 もちろん、身重でまだまだ安定期ではないから、ただ寝るだけのつもりなんだけど、ソフィアやクレアねぇと子供を作るとなると……ふむ。まあ、そこら辺は後で考えるとしよう――なんてことを考えながら、俺はアリスとの穏やかな時間を過ごした。



 その翌日。俺はアオイのもとを訪れ、シロちゃんを妾候補として、新しい屋敷に住まわせる旨を伝えた。

 シロが欲しければ、あたしを倒して奪い取って見せな――なんて言われることも覚悟していたのだけど、返ってきたのは「え、まだ手を出してなかったのかい?」だった。

 誰が年齢一桁に手を出すんだよ。

 いやまぁ……既にモフモフ依存症レベルで、俺にモフモフされたがってるあたり、一概に俺は無実だとは言えないのだけれど。


 それはともかく、その後にヴィオラの両親にも事情を説明。

 こっちは、ヴィオラを借金のかたに売り飛ばした負い目があるのか、ヴィオラが望むのならとあっさり、本当にあっさり許可をくれた。

 なんか、ヴィオラが二人を従えてるように見えた気がしないでもないけど気のせいだろう。


 とまあ、そんな訳で、シスターズの両親に許可を取る旅も、残すところ二箇所。リズの両親と、クレインさんである。

 リズの両親……と言うか、アルベルト殿下とノエル姫殿下が大変そうなので、俺は先にクレインさんのいる、グランプ侯爵領に顔を出した。



「ご無沙汰しております、リオン様」

「あぁ、久しぶりだな、ジョセフさん」

 グランプ侯爵家を訪ねると、執事のジョセフさんが出迎えてくれた。そして、こちらでお待ちくださいと、足湯のある応接間へと通される。

 以前アリスが掘った温泉を使って、部屋に足湯を作ったようだ。


「はぁ……癒やされるなぁ~」

 グランシェス領の温泉とは効能が違うのだろう。なんかこう、いつもと違う癒やしがある。

「リオン、くつろいでいるようだな」

「こんにちは、クレインさん」

 俺は立ち上がってクレインさんを出迎える。クレインさんの隣には、アリスブランドの洋服を身につけたローリィがいた。

 以前はメイド服を着ていたはずだけど……


「もしかして?」

「ああ。妻が亡くなってずいぶんと経つ。そろそろあいつも許してくれると思ってな」

「そうですね。奥様も、クレインさんの幸せを願っていると思います」

「……あぁ、ありがとう」

 クレインは穏やかな笑みを浮かべ、俺の向かいの席にローリィを伴って座った。

 出会った頃はもっと鋭い人だったけど、ずいぶんと穏やかになったと思う。まあ……年も今年でたしか三十六歳だしな。

 ……三十六歳。

 俺はふと、クレインさんの奥さん、ローリィに視線を向ける。たしか、手を出すのは成人してからと言っていたから、彼女はまだ未成年だったはずだ。


「ローリィさんは、成人なさったんですか?」

「いえ、私は来年成人です」

「……クレインさん」

 この世界の成人は十二歳。つまりは現時点では十一歳で、クレインさんはトリプルスコア。


「ふっ、なにを誤解しているか知らんが、俺は約束通りまだ手を出しておらん。むろん、十二になったときに楽しませてもらえるように、あれこれ教えてはいるがな」

 要するに、性知識だろう。ローリィが恥ずかしそうに顔を伏せた。って言うか、いくら異世界で価値観が違うとは言え、やっぱりアウトではないだろうか?


「言っておくがリオン、これもお前の真似だからな?」

「………………………………そうでしたね」

 うん。そう言えば、ソフィアがそうだった。と言うか、シスターズがそもそも、俺を喜ばせるあれこれを学ぶ部活動だった。……うん。口にしていたら、特大ブーメランとして返ってくるところだったけど、口にしてないからセーフと言うことで。


「そう言えば、リオン。ようやく式を挙げるそうだな」

「ええ、クレインさん達も、良ければ参加してください」

「もちろんだ。ローリィや、街で希望する者も連れて行ってやるつもりだ」

「……希望する者、ですか?」

「お前と関わった冒険者などが、噂を聞いたらしくてな。祝いたいと言ってきたのだ」

「みんなが……」

 クレインさんが見せてくれたリストには、冒険者ギルド受付のサラさんや、冒険者のメリッサ、マックス。そして食堂のレミーとその家族など、多くの名前が書かれていた。


「お前は、俺の領地でもずいぶんと好かれているらしいな」

「……それを言うなら、クレインさんもでしょう。普通、平民がこんな風に、貴族にお願いなんてしませんよ?」

 リゼルヘイムの大貴族様だ。普通なら、声を掛けるのだって躊躇する。


「以前の俺なら、声を掛けられることも、その声に応えることもありえなかった。お前を見習ったおかげだな」

「それでも、俺を見習って成功した貴族は多くありませんよ」

 ミューレの街の技術を得て、リゼルヘイム全土は豊かになった。けれど、どこの領地でも、同じように豊かになったわけじゃない。

 ある程度は、上手くいっている土地と、そうでない土地に分かれている。クレインさんの領地は、もっとも上手くいっている土地の一つだと思う。


「なんだ、今日はやけに持ち上げるではないか。もしや、なにか頼みでもあるのか?」

「えっ、いや、それは……」

 別にそういう理由で褒めたわけではないのだけど、マヤちゃんを妾候補に入れさせてくださいという予定なのは事実。


「冗談だ。お前がそんなに器用ではないことは知っている」

「えっと……その……」

 ここで否定してしまうと、あとでマヤちゃんのことを切り出しにくくなると焦る。


「くくっ、そう焦った顔をするな。マヤを妾候補に入れるのだろう?」

「もう知っているんですか!?」

「当然だ、マヤがあんなにはしゃいでいたのだからな」

「え、いや、はい……」


 マヤちゃんがはしゃいでいたのは事実だけど、ここからミューレの街まで馬車で数日。どうやって知ったのか……いまさらか。密偵、一杯いるんだろうなぁ。

 クレインさんを敵にしなくて本当に良かった。


「クレインさん、俺自身、妾という立場が幸せなのか分からないから、絶対に幸せにする、とは約束できません。だけど、全力で大切にすると誓います。だから……」

「ああ、俺の……俺と亡き妻の忘れ形見をよろしく頼む」

「……はい」

 俺は深々と頭を下げた。


「……しかし、出会った頃は、ここまでの付き合いになるとは思っていなかった。……思えば、お前と出会えたことが、俺にとっての幸運だったな。パトリックには感謝しなければな」

「……そう言えば、パトリックはどうしているのですか?」

 死罪を免れないレベルでやらかしたけれど、俺にも原因があると言うことで恩赦を願った。その結果、クレインさんの元でこき使われていたはずである。


「あいつは守備隊の下っ端として働いている。最近は、性根を入れ替えつつあるようだぞ」

「……そうですか」

 兄、ブレイクとは分かりあえなかったけれど、パトリックとはいつか――そんな、期待をほんの少しだけ抱く。


「しかし……ハイエルフやら王女やら貴族と結ばれる――か、お前はとんでもない人脈を形成しつつあるな。最初に出会ったときは、甘ちゃんのガキだと思っていたのだがなぁ」

「実際、ちょっと知識を持っているだけのただの子供でしたよ」

「ぬかせ。知識がある程度で、ここまで上り詰められるものか」

「クレインさん? 今日はやけに持ち上げますね。なにか、頼み事でもあるんですか?」

 さっきのセリフをそっくり返す。クレインさんは、まあそんなところだと笑った。

 あっさりと肯定して見せる。そういうところが敵わないんだよなぁ。


「で、なにを頼むつもりですか? クレインさんの頼みなら、大抵は引き受けますが」

「頼みというのは正確ではないな。以前にも言ったが、俺の息子となるつもりはないか? むろん、それで優遇しろなどとは決して言わない。それは約束する」

「……クレインさん」

 クレインさんと俺は既に、強固な友好関係にある。マヤちゃんを妾にすれば、それは更に強まるだろう。力的な意味で言えば、あらためて親子になる必要はない。

 だけど、だからこそ、純粋に言ってくれているのが分かる。


「……良いんですか?」

「言いも悪いも、俺はとっくの昔に、お前を息子のように思っているぞ」

「ぅ、あ……」


 前世の俺は、両親を幼くして失い、今世でも父を幼くして失った。

 どっちも、ろくに家族として触れあうことはなかった。こっちの世界では、色々な人に囲まれ、ミリィ母さんとは同じ時を過ごすことが出来たけど……父の温もりを知らない。

 だから――


「お、俺も、父が生きていれば、貴方のような感じなのかなと思っていました」

「……そうか。なら、いまこの瞬間より、リオン――お前は俺の息子だ」

「……はい、お義父さん」

 

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