エピソード 3ー2 オリヴィアの両親

 俺はティナとリアナの身内に、娘を妾にすると伝えた。

 その結果、苦言くらいは覚悟していたけど、大きな問題が起きるとは思っていなかった。だけど……残るはリーゼロッテとオリヴィア。

 我が国と隣国のお姫様で――あれこれ問題が起きるのは必至。


 ただ、その両方を比べると、オリヴィアの方がなんとかなりそうな気がする。という訳で、俺はミューレのお屋敷、身重のアリスとの時間をとったり、クレアねぇやソフィアと三人で語らったりしながら、ザッカニア皇帝を説得するための材料を揃えた。

 そして――



「良くまいられた、リオン伯爵。そして……久しいな、オリヴィア」

 ザッカニア帝国の謁見の間、俺とオリヴィアは、ザッカニア皇帝に謁見していた。

 表向きの理由は、ザッカニア帝国で頓挫している技術開発あれこれのアドバイスと言うことなので、彼の他にも多くの官僚が揃っているようだ。


「さっそくだが、リオン伯爵。今回は技術支援の他にも、なにやら込み入った話があると言うことだが?」

「ええ、そのことですが……」


 人払いを頼むか否か、考えたのは一瞬。皆がいる前で話すことにした。俺は許しを得て顔を上げ、まっすぐにザッカニア皇帝の顔を見た。


「恐れながら申し上げます。オリヴィアを、我が妾にしたく、そのお願いにまいりました」

「――なっ!?」


 絶句。そして、周囲からざわめきが上がる。

 その内容に耳を傾けると、我が国の第三王女を、伯爵ごときが妾になどと、なんと無礼な。と言った内容から、彼女は彼の地に人質として差し出した身。彼から技術提供を引き出せるのなら……と言った会話が聞こえてくる。


 官僚達は条件次第――と言ったところだろう。問題は、皇帝陛下がどう思っているかだけどと固唾を呑んで、その反応を待つ。ほどなく、皇帝は厳かに口を開いた。


「お主は、オリヴィアを妾にすると言うことが、どういう事態を招くか分かっているのか?」

「それは……不満を持つものが現れると言う意味でしょうか?」

 様々な貢献をしているとはいえ、俺はあくまで伯爵。それが大国のお姫様を妾になどと、大問題になってもおかしくはない。そういう指摘だと思ったのだけど――


「いや、そんな者がいたら、お主の持ち込んだ技術で、頬を張り飛ばしてしまえば良い」

「は、はぁ……」

 そんな乱暴な言葉を聞くと思ってなくて、思わず呆気にとられる。


「では、なにがおっしゃりたいのでしょう?」

「決まっている。オリヴィアをリオン伯爵、お主の妾にすると言うことは、わしとお主が親戚になると言うことだ」

 妾とはいえ、家族に迎えるのには違いない。親戚になると言えなくもない。

 つまり――


「ザッカニア帝国に、より多くの便宜を図れと、そういうことでしょうか? もちろん、オリヴィアは大切にしますし、オリヴィアが故郷に貢献することは止めませんが……」

 自国を差し置いて優遇することは出来ない――と、それを口にするよりも早く、グラニス皇帝に遮られてしまった。


「そうではない、親戚と言えば、遊びに行っても不自然ではあるまい」

「……はい?」

 意味が分からなかった。

「だから、親戚と言えば交流を持つものだ。年末年始、なんらかの式典――そう、例えば、年末のお祭りに開催されるという、シスターズによるコンサートを我が見学に行っても不自然ではあるまい!」

 ――くわっ! って感じで目を見開いて迫られたけど、正直なにを言われているやら、


「ええっと……つまり、お祭りやコンサートが、街の活性化にどのような影響をもたらすか、実際にその目で確認したいと、そういうことでございましょうか?」

「彼の地で最も美しい少女達(シスターズ)が、大胆な衣装で歌って踊る。この世の楽園をっ、我が両眼で、特に最前列でっ、見たいと申しておるのだ!」

 だから、くわっ! って感じで目を見開かれても……いやまぁ、気持ちは分かる。前世の世界だって、アイドルグループは存在していて、熱狂的な人はいた。

 この世界に存在するアイドルグループはシスターズのみと考えれば、熱狂的なファンがいるのは無理からぬことだけど……見たことがない人がここまではまるだろうか?


「お父様は、友好を結んだ式典でリズさんの歌と踊りを見て、ファンになったそうです」

 俺の隣で一緒にかしこまっていたオリヴィアがぼそりと告げる。それは、なんと言うか予想外の事実だった。


「リオン伯爵、返答はいかに」

「えっと……まあ、そちらが出国の許可を得られるのであれば、歓迎いたしますが……ただ、シスターズは全員、私の嫁か妾――」

「あーっ、そんな現実は聞きとうない! シスターズは皆、未婚の処女に決まっておる!」

「いやまぁ……良いですけど」

 と言うか、その中の一人は、皇帝陛下の実の娘なんだが……知ってるんだろうか? オリヴィアが自分で報告してなければ知らない気がするけど……まあ良いや。


「分かりました。それでは、ミューレの街にザッカニア帝国の大使館を建てましょう」

「……大使館、とな?」

「ええ。大雑把に言うと、ミューレの街に、ザッカニア帝国の法が適用される敷地を用意すると言うことです」

「なるほど、それはありがたい。年末のお祭りには、そちらで過ごさせてもらおう」

「……良いですけど、出国の許可は自分でなんとかしてくださいよ?」

 帝国の臣下達が先ほどから、凄くなにか言いたげな顔で皇帝陛下を見ている。

 普通に考えて、皇帝陛下が他の国に遊びに行くなんて、第三王女が隣国の伯爵の妾になるのと同じくらい問題だと思うし。

 ……説得、頑張ってください――と、俺は苦労してそうな臣下達にエールを送った。



 そんな訳で、なんだかよく分からないうちに、俺はオリヴィアを妾にする許可を得てしまった。まあ……問題が起きなくてなによりなんだけど。

 ともあれ、皇帝陛下との謁見は終了。

 オリヴィアは、母親に会って話をしてくるからと別行動。

 後で挨拶に行くと伝えて、俺は技術提供で発生しているあれこれについて話し合うために、帝国の大臣達と共に別室にある会議室へと移動した。


「さて、リオン様。ミューレの街からご提供頂いている技術について、いくつかお尋ねしたいのですが、その前に、大使館について一つ確認させて頂きたい」

 各種大臣が、俺に真剣な眼差しを向けてくる。でもまあ、それも当然だろう。自国の皇帝が、他国の地方に遊びに行くと言っているのだから。


「皇帝陛下の願いでしたので大使館を用意はいたしましたが、大使館に行くには一度出国しなければいけません。その許可を出すかどうかは、そちらで決めてください」

 ようするに、ダメならそっちで止めてね? ってことなんだけど、そうではありませんと苦言を言われてしまった。


「その大使館、我々も使用することが出来るのでしょうか? いえ、そもそも、我が国の法を適用すると言うことは、我が国の要人を常任させると言うことですよね?」

「え? まあ……そうですね。人選はそちらで任せますが――」

 と言った瞬間、


「ふむ。大使館というのは実に興味深い。グランシェス家との円滑な関係を保つには、外交を担当するこの私がふさわしい」

「なにを申します。ミューレの街での情報を集めることを考えれば、技術開発を引き受けるこの私がふさわしいに決まっている」

「いやいやいや、そこはやはり、農業を担当する私だろう」

 大臣達が、自分こそが大使館に滞在するべきだと火花を散らせ始める。俺は思わず、そっちだったかぁ~と、声を漏らした。


 取り敢えず、らちがあかなさそうだったので、何年かごとに交代制にすればいい。その順番は、俺がいないときに話し合ってくださいと話を打ち切らせた。


「……それにしても皆さん、どうしてミューレの街にそこまでこだわるんですか? ミューレの街のこと、あまり知らないですよね?」

 技術提供をするといった頃は、まだ半信半疑という感じだった。その後、様々な技術を送ったとは言え、ミューレの街の素晴らしさが広がるほどではないと思うんだけどと首を傾げる。


「実は、毎月オリヴィア様から、いかにミューレの街が優れているか、報告を頂いておりましてな。それに、技術を受け取る際に派遣した者達がこぞって、ミューレの街の素晴らしさを自慢していたものですから」

「なるほど……」

 俺達、ミューレの街出身者が街の素晴らしさを告げるよりも、ザッカニア帝国の住人が、ここが素晴らしかったと語った方が現実味があった訳か。

 技術提供を始めた当初は、まだ不満を抱く者も多かったみたいだけど……この調子なら、ザッカニア帝国とは上手くやっていけそうだ。


「取り敢えず、本題に入りますね。提供した技術の一部が、上手く使えていないそうですが」

「ええ、その通りです。井戸に使うポンプや農業の知識などが、一部の地域で効果を現していないそうなんです。私どもでは原因が分からなくて……」

「報告を確認させて頂きましたが、だいたい原因は分かっています」

「おぉ……さすがはリオン様」

 大臣のあいだからざわめきが上がる。なんか、こういう反応も久しぶりだ。


「まずはこれを見てください」

 俺はそう言って、いわゆる懐中電灯のような物を取り出した。


「これは……紋様魔術を刻んである魔導具ですか?」

「ええ、アリスの新作です」

「ほう、アリスブランドの新作! 手に取ってみても?」

「もちろん、どうぞ手に取ってみてください」

 俺が進めるが、皆はちょっと不安そうだ。けれどそんな中、一人の大臣が興味津々といった感じで手に取った。


「……なにも起きませんな」

「ええ、それは手に取っただけでは発動しないのです。どうぞ、親指の辺りにあるスイッチを動かしてみてください」

「……スイッチ。これですな――っ。おぉ、光が!」

 懐中電灯が光を放ち、大臣達から歓声が上がる。


「まさかこれは、スイッチで紋様魔術のオンオフを切り換えられるのですか!?」

「その通りです。今までのように、手放さずとも止めることが出来ます」

「おぉ……」

 これがあれば、松明の代わりに。いやいや、他にも無限に可能性が! と、大臣達が話し合いを始める。さすがに帝国を支える大臣達――しかも、例の騒動を乗り越えて残った者や、新しく期待されて集められた者達である。

 すぐに、スイッチ式紋様魔術の有効性に気付いたらしい。


「実はこの大陸であまり効果を発揮していないポンプですが、あれは深さが七メートルくらいまでという制限があるんです」

 俺は彼らのざわめきが収まるのを待って切り出した。


「なんと、深い井戸では使えないということですか?」

「そのままでは使えません。いくつか改良する方法があるんですが……今回は、この紋様魔術で補助する物を用意いたしました」

「おぉ……これがあれば、深い井戸でも水を汲み上げることが出来るのですか?」

「その通りです。それに加えて、従来の井戸で使えば、普通のポンプよりも楽に水を汲み上げることが出来ます」


 詳しい説明をしても理解されないと思うので割愛したけど、大気圧との差を使って水を吸い上げる従来のポンプの機能に、水流を操る紋様魔術で補助をする機能を組み込んである。


 そして、ポンプの話が終わった後は、畑の話。

 酸性かアルカリ性かは地域によって違うため、灰を混ぜれば良いと言うわけではないこと。そのほか、地域によって変わるあれこれを説明。

 そうして、俺はザッカニア帝国で発生していた問題の対策をあらかた提示した。これで、オリヴィアを妾にすることに、反対する者は現れないだろう。


 ……え? オリヴィアの母親? オリヴィアの母親は、ミューレの街に行けば自分でもパフェを食べられるか確認した後、娘をお願いしますと頭を下げてきた。

 たぶん、娘がなにを望んでいるか考えて、娘の好きにさせてくれたんだろう。……たぶん。

 

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