エピソード 3ー7 ダンスの練習からの――

 リオン誕生祭――と、ちょっと恥ずかしい名前を付けられたお祭りは、六月の十六日から三日間。つまりは俺の誕生日まで開催されることになった。

 初日に武術大会。そして二日目がミスターコンテストと料理対決。三日目がミスコンと、シスターズによるコンサートという日程だ。

 仰々しすぎて毎年やるのはどうかと思うけど『イヌミミ族と人間の確執を取り除くのが目的なんだから、これくらい派手な方が良いでしょ』とは、クレアねぇの言葉だ。

 たしかにイベントを同時に開催してしまったら、興味のあるイベントしか見ないだろう。だから、互いを知ってもらうために、イベントを三日に分けるのは理にかなっていると思う。


 ちなみにだけど、ミスコンにシスターズの参加は禁止した。

 俺もそのうちの誰かを選べとか迫られるのは嫌だし、リゼルヘイムのお姫様であるリズに、ザッカニア帝国のお姫様であるオリヴィア。そしてグランシェス家に当主代理であるクレアねぇなどなど、順位を決めるのは危険すぎるメンバーが多すぎるからだ。

 そんな訳で、俺達は誕生祭に向けて準備を進め――お祭りの前日。足湯のある執務室でイベントの確認作業をしていると、クレアねぇが訪ねてきた。


「クレアねぇか。どうかしたのか?」

「コンサートの練習を見に来ないかなって。弟くんを誘惑……じゃない、誘いに来たのよ」

「……おい、なんか本音が漏れてるぞ?」

 と言うか、そんな分かりやすい誘惑に釣られると思うなよ。

「美少女達が歌って踊って、胸が揺れたり弾んだりするんだけど……興味ない?」

「ふ、ふんだ。そんな分かりやすい餌に釣られると思うなよ?」

「練習用の動きやすくて薄い服だから、見応えがあると思うわよ? それに、短いズボンだから、太ももは見放題なんだけど……弟くんは興味ないの?」

「どんなコンサートになるのか、確認するのも必要だよなっ!」

 ……いや、違うんだ。釣られた訳じゃなくて。今年はリズだけじゃなくて、オリヴィアとかも参加する訳だし、あまり扇情的なのだと色々とやばいからな。

 事前にチェックするのは大事だと思うんだ。


「――で、リオンお兄ちゃんの本音は?」

「見たいに決まってるだろ。それに、俺以外のやつに、扇情的なみんなを見られるのは嫌だから、事前に確認を……って、ソフィア?」

 入り口の向こう側。クレアねぇの背後から、ソフィアがちょこっと顔を覗かせていた。そして、そのままクレアねぇの横をすり抜けて俺の前に立ったんだけど……

「なぜに、体操服を着てるんですかね?」

 異世界で体操服ってだけでもツッコミどころが満載なのに、スパッツではなくブルマ。見た目は幼女だけど、胸だけやたらと大きいソフィアが体操服でブルマ。可愛いかと言われたら可愛いけど……なんと言うか、どこから突っ込めば良いか分からない。


「布を少しずらしたら突っ込めるよ?」

「――ぶはっ!? ちょ、ソフィア!?」

「……って、アリスお姉ちゃんが言ってたけど、なんのことだろうね? リオンお兄ちゃん、なんだか慌ててるけど……なんのことか分かるの?」

「ふぁっ!? いや、それはっ」

「ソフィア、分からないから。リオンお兄ちゃんに教えてもらいたいなぁ……ダメ?」

 慌てふためく俺に対し、ソフィアは天使のような無邪気さで、かなりきわどい発言をする。

 しかし、しかし、だ。エッチなお姉ちゃんぶる、口だけのクレアねぇはともかく、アリスやミリィ母さん達にあれこれ教育されているソフィアが分かってないなんてありえない。

 セリフのタイミングや言い回し、そして無邪気な表情で小首をかしげ、教えて欲しいとのたまう。全てが計算の上で為されているのだろう。まさに小悪魔ソフィアである。


「お兄ちゃんが手を出してくれないから、ソフィアはいまだに無垢なままだよぉ」

「説得力ねぇよ……」

 純情そうで可愛いけど、無垢ではないと思う。

 どうしてこんな風に育ってしまったのか――は考えるまでもないからあれだけどと、ため息を一つ。一体なんの話だったっけと思考を巡らせる。

 ……あぁそうだ。コンサートのリハーサルを見学するんだったな。



 やってきたのは、ミューレ学園にある体育館――と言うか、訓練室。板張りの舞台で、体操服姿のシスターズ達が歌いながら踊っていた。……体操服で。

 ソフィアがそうだったから、もしかしてとは思ってたけど……絵面が凄まじい。

 俺には前世の記憶がある。なので『体操服を着た少女達が、舞台で歌って踊る練習をしている』という言葉だけを聞けば、文化祭かなにかかなとか思いそうな感じはする。

 だけど、スパッツじゃなくてブルマ。

 しかもここは異世界で、体操服を着ているのは超絶美少女なハイエルフとか、金髪ロリ幼女とか、銀髪の実の姉とか。なんかもう、色々カオスすぎると思う。

 あと、俺に効果があると分かったからなのか、リアナとティナは体操服ではなく、ミューレ学園の制服を着用している。二人が跳ねたりクルッとターンするたびに、太ももがチラチラと……なんかもう、色々狙いすぎじゃないかなと。

 ――いや、最高だけども。なんてことを考えながら、みんなの練習風景を見守ること暫し。一抜けで練習を終えたソフィアが駆け寄ってきた。


「えへへ、リオンお兄ちゃん、ソフィアのダンス、どうだった~?」

 天使のような笑顔で、俺にそんなことを尋ねる。ソフィアの体操服は、汗でうっすらと透けていた。なんか……いつにもましてソフィアが妖艶だ。

「リオンお兄ちゃん? もっと服が透けるくらい汗を掻いた方が良かった?」

「……誰もそんなことは言ってない」

「でも思ってはいるんだよね?」

「……ソフィアのダンスは凄かったよ」

 取りあえず、イエスともノートも言わず、最初の質問に答えてお茶を濁す。

 実際、ソフィアのダンスは凄かった。体格では負けているから動きが小さく見えるはずなのに、ソフィアのダンスはそんな風に思わせない。

 さすがは、イヌミミ族をも上回る身体能力の持ち主である。


「えへへ、リオンお兄ちゃんに褒められちゃった」

 満面の笑みを浮かべると、水筒に入っている水を飲んで、俺の隣へと腰を下ろした。そうして俺と一緒に、みんなの練習風景を見学する。

 新人であるオリヴィアやヴィオラは少し戸惑っているようだけど、それでもみんなに遅れないようにと一生懸命に踊っている。それは良いんだけど――と、俺はリズに視線を向けた。

 どじっ娘なのに、あいかわらず華麗に踊っている。なんでどじっ娘なのに、ダンスを綺麗に踊れるんだろうな、どじっ娘なのに。


「リズお姉ちゃんは突発的なことに弱いからね」

「あぁ、そういやそうだったな」

 護身術とかも、練習では上手いんだけど……という感じだった。そっか、それで動きが決まってるダンスは上手なのか、納得した。

「リオンお兄ちゃんって、なんだかんだ言ってリズお姉ちゃんのこと大好きだよね?」

「まぁ……手間がかかる子ほど可愛いって言うからな。嫌いではないぞ?」

「ふみゅ~、ソフィアも手間がかかった方が可愛い?」

「いや、ソフィアはそのままの方が可愛いと思うぞ?」

 と言うか、どじっ娘のソフィアとか想像できない。そして、ソフィア自身も本気で聞いてきた訳じゃないのだろう。「ありがとう、リオンお兄ちゃん」と微笑んだ。


「ところで、リオン兄ちゃん、執務室ではなにをしてたの?」

「ん? なにって……お祭りで開催するイベントの内容を煮詰めてたんだけど?」

「イベントの内容って……お祭りはもう明日から開催だよ?」

 ソフィアが愛らしく首を傾げる。

「そうなんだけどさ。ミスコンとかの採点をどうしようかなって思って」

「……採点? 観客に投票してもらうんじゃないの?」

「そうなんだけど……人口は人間の方が圧倒的に多いだろ? それで人間ばっかり選ばれたら、イヌミミ族から不満が出そうだなぁとか」

「なぁ~んだ、そんなことで悩んでたの?」

「お? ソフィアにはなにか妙案があるのか?」

「簡単だよ。種族ごとに、各種族に投票してもらえば良いじゃない」

「おぉ……なるほど」

 例えばミスコンの場合、人間の決めるミス美少女な人間と、美少女なイヌミミ族。そしてイヌミミ族の決める、美少女な人間と、美少女なイヌミミ族。各四部門で順位を争う訳か。

 たしかにそれなら、人間とイヌミミ族の争いを引き起こさずに、両種族の好みなんかを知ってもらう機会になりそうだ。


「それとね。受賞した女の子達には、メイドカフェでしばらく働いてもらうと良いよ。でもって、投票した人達には、メイドカフェのクーポン券を配るの」

「ふむ、その心は?」

「イヌミミ族を恐れている男の人も、可愛いイヌミミ族の女の子がメイドカフェで働いてる姿を見れば、わだかまりなんてなくなっちゃうでしょ」

「そんなに簡単にいくかなぁ?」

「大丈夫だよぉ、男の人なんて単純なんだから」

「あ、はい……」

 幼く天使のような見た目の女の子から、男の人は単純だという言葉が飛び出す。普通なら笑い飛ばすところだけど、ソフィアが言うとシャレにならない。

 なんと言うか……恐ろしい世の中である。


 でも、たしかに良いアイディアだ。このお祭りを切っ掛けに、イヌミミ族と人間の垣根は、今よりも取り払われるだろう。もちろん、ほかにもいくつか問題もあるけど、それもきっとなんとかなるだろう――と、思っていたそのとき、

「シロちゃん、また遅れてるよ~?」

 ダンスの練習を続けていたアリスが、シロちゃんに向かって注意を飛ばす。言われてみれば、シロちゃんのステップがワンテンポ遅れている。

「ほら、私が一緒に踊ってあげるから、あわせてあわせてっ」

 アリスがそう言って隣で踊る。だけど、やっぱりシロちゃんはワンテンポ遅れている。


「……シロちゃんって、運動神経は良いはずだよな?」

 俺はアリスに直されているシロちゃんを見つつ、ソフィアに尋ねた。

「うん。ソフィアもびっくりするくらい運動神経が良いよ」

「ソフィアがびっくりするレベルなのは俺的には驚愕だけど……ダンスが苦手なのかな?」


 どじっ娘のリズがダンスを踊れるように、運動神経の良いシロちゃんがダンスは踊れないと言うこともあるかもしれない。なんて思ったんだけど、ソフィア曰く、シロちゃんはダンスも問題なかったとのこと。どうやら、今日は調子が悪いようだ。

 言われてみれば、シロちゃんのモフモフな耳がしょんぼりと項垂れている。

「もしかして、まだイヌミミ族と人間が不仲なことを引きずってるのかな?」

「うぅん。どうだろう? 心配なら、ソフィアが恩恵で心を読んでこようか?」

「そうだなぁ……」

 最近のソフィアは、俺やアリスの心を読むとき意外は、むやみに恩恵を使わないようにしている。だから、あまり安易には頼みたくないんだけど……今回のシロちゃんは、落ち込み方が酷い気がする。今回ばかりは、ソフィアに頼んだ方が良いかもしれないな……なんて思っていたら、練習を抜けたヴィオラとマヤちゃんが歩み寄ってきた。


「リオン兄様のお耳に入れたいことがあるんですが、今よろしいですか?」

「ああ、大丈夫だよ。なにかあったのか?」

「実は、シロちゃんのことなんですが……」

「もしかして、元気がないことと関係あるのか?」

 学園で白魔術の教師をしていて、シロちゃんの様子を見てくれているヴィオラと、シロちゃんとクラスが同じマヤちゃん。その二人が神妙な顔をしている。

 人間とイヌミミ族がギクシャクしていることをあわせて考えると、少数派のイヌミミ族であるシロちゃん達が、学校で嫌な思いをしているのかもしれない。

 そんな風に考えていたから、

「シロちゃん、学校で虐められてるみたい」

 マヤちゃんから告げられた事実にも、それほど驚くことはなかった。だけど……そんな俺に向かって、マヤちゃんは信じられない言葉を付け加えた。

「それも、人間とイヌミミ族の両方から、なの」――と。

 

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